「せっ…ふ、…!」
素早く繰り出された足を腕でガードしながら負けじと拳を突き出す。
「甘いよ、××ちゃん」
「あ、っ…!」
足を掴まれ、ぶらん、と宙に浮く。
「ふふ、これで33戦33勝ー!」
「うー…」
解放され、足首を擦る。
粟楠茜は××の頭を撫でた。
「リーチが足りないからもっと間合いを詰めなきゃだよ?」
「…そうね。いしきしてみるわ」
胴着を緩めて息を吐く。
××は赤林に言われて、茜の通うジムに一緒に通うこととなった。
理由は、追われてばかりではいけない、力をつけろ、との事で××もそれには同意だった。
「くるまいしまいはいないのね」
タオルで汗を拭いながら茜に尋ねる。
「今日は見てないね。まだ学校かなぁ」
「ふうん…」
キキッ、と聞き慣れたブレーキ音。
暫くして赤林が姿を見せた。
「あかばやしさん、こんにちは。おむかえですね」
「お嬢に勝てやしたか?」
「ううん。まだ」
「そろそろ一本取らないとねっ!いつでも待ってるよ!」
「うん」
胴着を着たまま、送迎車に乗り込む。
スモークフィルムが貼られた窓から外を見渡した。
―――なにかあったのかな…。
くるまい姉妹、九瑠舞姉妹とは、同じ楽影ジムに通う仲間で頼りになる友達第1号ズである。
九瑠璃からは「護身用、要?」とスタンガンを差し出され、舞流からは精一杯撫でくりまわされ、抱きつかれ「きゃー!××ちゃん可愛いよぉ!お持ち帰りしていい?」と言われ。
どちらも丁重にお断りしたが。
ちなみに友達第2号は茜だ。
―――だいじょうぶよね、あのふたりなら。
信頼と確信を持って、心の内で自己完結させた。
ジムを後にしたのを確認して、胴着を脱ぎ、赤林が用意した××の私服に着替える。
今日も白いフリルがよく映える。
キ、と交差点の赤信号で車は停車した。
「ん…、」
ひと揺れしてそれに合わせるように少し前のめりになる。
ちらりと視界の端に捉えたのは、空飛ぶ自販機だった。
じどうはんばいき、なんで、とんで…。
その元を辿ると、バーテン服を着た金髪の男が目に入った。
あの人が投げたのだろうか。
同じ匂いのするその力にキラキラと目を輝かせる。
そして、投げられた先では細身の男が逃げる準備をしていた。
ゴシャ、ガシャン。
見事に命中する──筈だった。
少しばかりズレた位置に男は飄々とした顔で立っていた。
うまいこと避けたものだ。
感心していると男はバタフライナイフを取り出して、迫る、迫る、迫る。
あぶない…!
ガシッとナイフを持った腕を掴んだバーテンさんは男をそのまま背負い投げ。
ど、すん。
男の顔が一瞬苦痛に歪み、しかしすぐに体勢を立て直した。
一連の流れに思い当たる節があった××は視線を反らして、助手席に座る赤林を見た。
ちりっと視線がフロントミラー越しに絡み合う。
「お姫さん、どうかしやしたかい?」
「…、なんでもないわ」
青信号になり、再び車は発進した。
静かな車内で思い耽る。
おりはら、いざや。
まさしくその人は次の依頼人であった。
──都内某所、粟楠会事務所。
そこに四木は居た。
書類をぺらりと捲って、椅子に座る赤林に視線を移した。
「それで?お姫さんはお休み中、と」
「ええ。また拾うことになるとは思ってもいませんでしたよ、ハハ」
「書類を見る限り只者ではありませんね。随分と変わった経歴を持っている」
「おいちゃん、何か秘めてると思うんですよねぇ。それで、次の依頼人である彼が指示を仰いでくるまでウチで引き取ることに。楽影ジムにも通わせるので必然的にお嬢とも会いますよ」
「依頼人──折原臨也ですか」
書類を机に置いて、一息吐く。
「相変わらず嗅ぎまわってくれますね」
「ハハ、あの人の仕事ですからねぇ」
赤林は瞬きをして義眼の目尻を拭った。
面白可笑しいとでも言うかの様に。
冷めた目でそれを見やる四木。
「あと一月だそうですよ」
彼が動くまで。
その話を、××は廊下で聞いていた。
少し開いた扉から中を覗き込んで、静かに閉めた。
あと、1ヶ月。
残された時間は僅かだった。
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