1ヶ月とは早いもので、××は未だに実感が湧かないでいた。
俯き気味で瞼を閉じて座禅を組む××に九瑠璃と舞流は飛びついた。
「××ちゃん、元気ないね。どうしたの?」
「何、心配」
「くるまいしまい…きょうね、おりはらいざやさんとあうの」
ぱちぱちと瞬きをし、顔を見合わせた2人は、ぎゅうっと抱きつく腕に力を込める。
「今日、ウチに泊まってく?パジャマパーティーする?守ってあげるよっ」
「匿」
「ううん、だいじょうぶ。めいわくはかけられない」
九瑠舞姉妹にも、粟楠会のみんなにも。
これは私の問題だ。私が解決しなければいけない。再び顔を見合わせた2人はにっこり笑って、
「何かあったら連絡してくるんだよ?」
「…そうね」
そっと離れて練習に戻っていった。
「わたしの…もんだい…」
目を伏せて腹を括った。
大人しく従おう。
もう逃げられないのだから。
―――夜、粟楠会事務所。
「そろそろ本題に入りましょうか」
すらりとした足を組み替え、折原臨也はニヒルに笑った。
四木は僅かに顔を歪ませる。
「本題、とは?」
「やだなあ。四木さんも分かっているでしょう…××ちゃんですよ。連れて来てもらえません?」
「そうですね。そういうお約束でしたから」
立ち上がり、見張りに"赤林とお姫さんを呼んできてください"と頼んだ。
「保護者つきですか」
「ええ、可愛がっているもので」
「手放すのに…ですか?」
「手放すからですよ」
ふ、と四木は笑む。
臨也は気に入らないとばかりに口を開く。
「化け物に愛情を注ぐなんてらしくないですね。実にいつもの四木さんらしくない」
「いつもの私とは?」
「胸のうちに聞いてください」
ずずっと珈琲を啜る。
らしくないと言われれば仕方ないかも知れない。
だが、××のことを茜が気に入っているのだから、むやみやたらに扱うことは出来ない。
「今日の折原さんはいつもの折原さんらしくないですね」
「は?」
「幾らか感情的だと思いますよ」
四木は笑い返した。
此迄の経緯を赤林から聞いていた××は口に手をあてて驚愕の意を示していた。
「何か質問は?」
「……しつもんがありすぎてこんわくしているのです…」
口調が少し可笑しいが、それだけ混乱しているだろうことが窺える。
赤林は「でしょうね。ゆっくりで良いですよ、ハハ」と笑ってくれた。
「ええと、わたしは、にせんまんえんでうられたということですよね」
「理解が早くて助かります。言ってしまえばそういうことになりますね」
「それはいいとして、たかすぎじゃありませんか?」
「そうですかねぇ…おいちゃんにしてみれば些か安い気はしますが」
「ばけものだから?めずらしいから?」
「1人の娘として、ですよ」
「はあ…そうですか…」
あまり要領を得ない回答に、息を吐いた。
「このけいたいでんわのめいぎは、だれですか?」
チリン、と鈴を鳴らして携帯を取り出した。
ピンク色の携帯にはシンプルな白い兎のストラップがひとつ揺れている。
「折原さんですよ」
成程、チャットで特定された訳だ。
折原名義なら納得できる。
IPから辿れば一発でバレてしまう。
どうせならネットカフェで入室するんだった、と過去の安易な行動に叱咤する。
扉のノックする音が聞こえ、部下の1人が顔を覗かせた。
「赤林さん、四木さんがお呼びです」
「はいはい、分かりましたよ」
赤林は立ち上がって、××の髪を混ぜながら微笑む。
「まだ聞きたいことはあるでしょうが、生憎タイムオーバーでさぁ。折原さんのところに行きましょう」
「うん」
「またいつでもおいちゃんに電話掛けてきて良いですよ。愚痴とか折原さんの情報とか折原さんの情報とか」
「あかばやしさん、しりしよくにまみれすぎです」
ふふっと笑いながら2人で廊下に出て歩き始めた。
「お姫さん、此方が依頼人の折原さんです」
「どうも、折原です。初めまして」
案内された部屋の空気は何故かピリピリしていた。
差し出された手をとって「××です。はじめまして」と挨拶を交わす。
四木の隣、臨也の向かい側にある椅子に腰掛け、話を続けてもらうよう目配せした。
「大体の事情は赤林から聞いていると思います。それとも1ヶ月前に一度、聞いてしまいましたか?」
「……っ、」
やはり、あの扉は態と開けられていたのだ。
そうでなければ不自然である。
「何はともあれ、書類上の手続きは完了していますのであとはお姫さん次第ですが」
じいっと3人から視線を受けて小さく頷き立ち上がる。
「しきさん、あかばやしさん、いまこのばにいないあわくすかいのみなさん、いままでおせわになりました。これからはおりはらさんのもとでつつましくいきていきます」
ぺこりと2人にお辞儀をして、臨也に向き直る。
「おせわになります、おりはらさん」
此方にもお辞儀。
会釈で返され、再び椅子に座る。
「お姫さん、私服の着替えと胴着、詰めておきましたよ」
キャリーバッグを渡され、ありがとう、と受け取る。
「じゃあ、××ちゃん。行こうか」
手を差し出され、返事変わりに、そっと握り返す。
「お姫さん、またいらしてください」
「おいちゃん達、待ってるからね」
「ええ。また、いつか」
こうして、××は粟楠会事務所を後にした。
「るんたったー♪るんたったー♪」
「ごきげんですねぇ」
謎の歌を口ずさみながら、2人は臨也のマンションに向かっていた。
「機嫌が良くもなるさ。こんな綺麗な星空の下で××ちゃんを手に入れることが出来たのだから」
「はあ…」
何だそりゃ、と思いながら口には出さず。
賭けるなら今この時しかない。
するりと臨也の手から抜け出し、風を切る音と共に蹴りを繰り出した。
予測していたかの様に、臨也は、すっと避けてみせる。
「危ない危ない。いきなり何するんだか」
「あなたのもちまえのしゅんびんさならよけれてとうぜんのスピードです。もんだいなかったでしょう?」
「褒めてるつもりかい」
「まあ…」
癪に障るが決して貶しているつもりはない。
そのままご自慢のパルクールでも披露していただきたいものだ。
「そう警戒しないでよ」
「ネットにアップされたがぞうはあなたがしむけたものですね?」
「そうだ、と言ったらどうするのさ」
「…あくしゅみです」
「君は猫被りだね」
「これでも、ありのままをさらけだしているつもりなんですけどね」
「無自覚かい?へえ…」
舌舐めずりした姿に、ぞわりと鳥肌が立つ。
だが、逃げる辷はない。
「マンションまだですか?」
「もうすぐそこさ」
再び手を握られ、仕方なく歩き出す。
都心の大きなマンションに圧倒されつつも中へと招かれた。
「おじゃまします」
「××ちゃん、帰って来た時は、ただいまでしょ」
「……ただいま、です」
「今日はもうゆっくりお休み」
寝間着に着替えて、ベッドへと案内してくれる。
「おやすみなさい、おりはらさん」
「お休み、××ちゃん」
その日はとても良く眠れた気がする。
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