「おはよう、××ちゃん」

透き通るような声色に××は瞼を擦った。
眼前に迫る整った顔。

「…おはようございます、おりはらさん…なにやってるんですか…」
「遅いから起こしにきてあげたんだ。もうこんにちはの時間だよ?」
「そうですか…」

馬乗りになっていた身体を起こして、2人でベッドに座る。
ぎゅっと抱きつかれ、すんすんと鼻をひくつかせる。

「ロリコンにみえますよ」
「いいじゃない、誰も見ていないんだし」

ぼんやりとした思考のまま周りを見渡す。
必用最低限のものしか置かれていない部屋、白いシーツに白い壁。
部屋の隅には、昨日持ってきたキャリーバッグがあった。

「ずっとまっていたんですか?」
「仕事しながらね」

満足したのか解放されて××はベッドからおりる。

「ご飯にしようか。フレンチトーストで良いかい?」
「こんばんからはわたしがつくります。あわくすかいでもつくっていました」
「ははっ、頼もしいね。食事には困りそうにないな」

手を引かれて居間に顔を出した2人。

「珈琲飲む?」
「ブラックでおねがいします」

椅子にちょこんと座り、出されたフレンチトーストに噛じりつく。

「ん、」
「ありがとうございます」
「俺、税金支払いに行くけど…どうする?」
「ひきおとしじゃないんですか。てっきりおりはらさんはたいのうしゃかとおもっていました」
「きちんと納税してるよ」

そこまで薄情じゃないよ、と珈琲を啜る。

「あおいビルのおみせにいきたいです。たしかなまえは、アニ…なんだっけ」
「もしかしてアニメイト?」
「それです」
「興味あるの?ああいう店」
「いえ、なにがおいてあるかまでは…」
「漫画とか小説とかグッズとかだよ。コスプレグッズもあったかなぁ」
「そこまできいてません」

ニヤニヤと笑いながら臨也は珈琲を仰った。
フレンチトーストを頬張りながら××は答える。

「くろバイクにきいたんです。しず…へいわじまさんにきけばしりあいがいるからわかると」
「シズちゃんにねえ…俺の知り合いでもあるから聞いてみようか」
「いいんですか?」
「シズちゃんに渡しても面白くないからね」
「わたす…?」

何の話をしているのか、と首を傾げる。

「××ちゃんは鈍感だね」
「?」

何故か笑われてしまった。






「じゃあ、宜しく」
『ああ。迎えに行った方が良いか?』
「アニメイトの前で待っていてくれればいい。連れて行くから」

電話で相手と話している間に××は寝間着から私服に着替えていた。

「帰りはまた迎えに行くよ」
『了解した』

通話を終了させ、××の居る寝室へと足を運ぶ。

「××ちゃん、準備は出来たかい?」
「んー、もうちょっと…」

ノックもせずに扉を開くと××が洋服と格闘していた。

「おりはらさん、ノックしてください」
「困っているなら助けようか?」
「おねがいします」

どうやら釦に洋服が絡まっているらしく、うまく着替えが進んでいない。

「んんっ」
「ほらほら、大人しくして」

解いてやると、ふぅっと息を吐いて顔を出した。キャリーバッグから櫛を取り出して、髪を整えてやる。

「ありがとうございます」
「髪サラサラだねぇ」
「んー…」

うとうとし始める××に、人差し指でぷにっと頬を押してやると、嫌そうに顔を歪めた。
はは、面白い。

「どなたとおあいするのですか?」
「ドタチン達」
「ドタチン?かわったニックネームですね」
「そうだね。××ちゃん、携帯持った?」
「はい、かばんのなかにあります」
「着信音量MAXにしておいてね。聞こえるように」

トントン、と爪先を地に叩き、靴を履く。

「いってきます」
「××ちゃん律儀だね…」

そういうのは俺の居る時だけでいいよ。
そう囁いて、マンションを出た。






―――池袋、アニメイト前。

「ねぇ、ドタチン。誰と話してたの?」
「臨也だ。引き取った子供を連れて来るんだと。お前ら相手してやれ」
「イザイザ、ロリコン?ショタコン?」
「遂に目覚めちゃったんすかねぇ。臨也さん終了のお知らせ?」

きゃっきゃと笑いながら危ない話をするのは、狩沢絵理華と遊馬崎ウォーカー。
ドタチンこと門田京平は、溜め息を吐きながら周りの様子を窺った。

「来たみてぇだぞ」

我先にと乗り出して、門田の言う子供を探す。

「臨也さん発見っす!」
「きゃー!可愛いー!ゆまっち、イザイザとロリータちゃんが手繋いでるよ!」
「天使っす!しっかりこの目に焼き付けるっすよ、狩沢さん!」
「三次元GJ!!」

バンが前後に揺れる。
臨也はその様子に気付いたのか笑いを噛み殺しながら近付く。

「ドタチン、やっほー」
「イザイザ!その子抱かせて!」
「狩沢さん狡いっす!その次、俺の番っすよ!」
「きゃっ…」

むぎゅむぎゅと抱きつかれ、何だか九瑠舞姉妹とデジャヴだなあ、なんて考える××。

「ロリータちゃん、お名前は?」
「××です…」
「××ちゃん、可愛いね。私は狩沢絵理華。こっちが遊馬崎ウォーカー。あっちの運転席に居るのが渡草さん、その隣がドタチンね」
「紹介するならきちんと紹介してくれ…。俺は門田だ」
「ラブラブラブリーな××ちゃん、アニメイトに興味があるんだって?」
「そうなんすか?将来有望株じゃないっすかぁ!」

狩沢の膝の上に座る××は流されるままに話を聞いていた。ぷにぷにと頬を押され、あうあうと呻き声を漏らす。

「コスプレ衣装買っちゃおう!何が良いかなぁ!ハトアリ?アムネシア?」
「ハトアリ良いっすねー!」
「え…?えっと…?」

訳の分からない話をされて、まるで呪文を唱えられているかのよう。再び溜め息を吐いた門田は2人に声をかける。

「××が困ってんぞ」
「ありゃ。ちょっと弄りすぎたかな?」
「で、どうするんすか?」
「ハトアリに決定!サイズがあれば、だけどね」
「きっと似合うっすよー」

頭を撫でられ、ふにゃりと笑顔をつくる。

「ああ、もう天使っ!」
「そろそろ俺、行くからね」
「あっ、ばいばい、おりはらさん」
「また後でね」

そう言うと、臨也は携帯を弄りながら、バンから去って行った。
遊馬崎に頭を撫でられながら××はその後ろ姿を見つめていた。






「ふぅ、買った買ったー」
「今月も大豊作っすね」
「××ちゃん、どうしたの?」
「ん、なんでもない」

グッズコーナーにあるハトアリのティーセットを見つめている××に声をかける。

「欲しい?」
「うーん…おかねないからいい」
「買ってあげるよ!これで良いんだよね?」

ぶんぶんと首を振って拒否する××に微笑む。

「お姉さんに甘えなさい」
「ええっ…」
「じゃ、会計してくるね」
「あう…」

荷物を持っている遊馬崎の隣でそわそわと待つ。ぽん、と頭に手が乗った。ちらりと遊馬崎を見上げる。

「狩沢さんの言う通りっす。もっと甘えるっすよ」
「でも、めいわくじゃ…」
「何でそう思うっすか?狩沢さんがそう言ったんすか?違うでしょう?」
「わたしの…かんがえで…」
「嫌って言わない限り、狩沢さんは嫌だと思わないっす。もっと信用しても良いんじゃないっすかねぇ」
「しんよう……」

していない訳ではない。
だが、一定の距離を保つ様にしているのは図星であった。
もっと心を開け、ということか。
交遊関係って難しいなぁ。
うー…だの、あー…だの唸っていると、狩沢が戻って来た。

「はい、××ちゃん。お友達の印!」
「ともだち…」
「もう友達っす!」
「……うんっ!」

ふわりとはにかんで、ありがとうと告げた。

「ぐはっ!ゆまっち、シャッターチャンス!」
「はいっす!」
「えっ…」

素早く携帯を構える遊馬崎に××は慌てて、狩沢の後ろに隠れた。






「ドタチン、この角度良いと思わない?」
「ああ」

急な申し出にも関わらず、借りることの出来たスタジオで何故か一眼レフを持っていた遊馬崎は写真を撮りまくる。
対抗するようにデジカメを構える狩沢。

「やっぱりハトアリ選んで正解ね!」
「ハトアリ?」
「門田さん、ハトアリ知らないっすか?アリスシリーズでも人気のある作品でアニメ化もされてるんっすよ!」
「知らん」

一蹴して、既にフラフラな状態の××に声をかける。

「大丈夫か?」
「な、なんとか…」

水色のワンピースを着て、茶色のウィッグまでつけられているアリス姿の××は息をあげていて。そんな××に狩沢は微笑んだ。

「そろそろ休憩挟もうか」
「ふいー…」

持参していたペットボトルに口をつけて、ごくごくと水を飲む。
じいっと視線を感じて狩沢と遊馬崎を見た。

「? なあに?」
「水も滴るいい女っす!」
「妖艶だよね」

口端から零れ滴る水を手で拭い、何のことだろうかと考える。
ああ、勿体ない!だの喚いている狩沢達を尻目に、門田を見る。
退屈そうにスタジオのバックを見つめているのに気付き、とててて、と近寄った。

「かどたさん、ひま?」
「お?どうした、××。疲れたか?」
「ちょっとね」

水分補給したから、もう大丈夫よ。
そう言って髪を整える。

「悪いな、あいつらに付き合ってもらって」
「ううん。たのしいからへいき」

にへら、と笑って答えた。ぽふんと頭に大きな手が乗る。

「お前は"良い子"なんだな」
「なにかいった?」
「いや、なんでもねぇ。ほら、もっと撮られてこい」

トン、と背中を押されて狩沢達の元へ戻る。

「次は兎抱いてみよー!」






バンの中で、すやすやと眠る××の顔を覗き見て、狩沢は笑む。

「遊び過ぎちゃったね」
「相当疲れたんすねぇ」

頬を押しても嫌がるどころか起きさえしない××に一同が安堵していた。
多少、強引に連れ回しはしたものの目的であったアニメイトには行ったし、狩沢達も××のコスプレ姿に満足しているし、両者ともご満悦の様子。
臨也が"子供を引き取った"なんて言った時にはそれこそ驚いたが、何てことのない普通の少女だった。
少しばかり大人びた性格の、小さな少女。
暫くして、夕陽に照らされた池袋の街に、黒い男がやってきた。
言わずもがな、臨也である。

「やあ、ドタチン。引き取りに来たよ」
「後ろで眠っている」

ぴっ、と後ろを指差し、臨也は頷く。
ぺちぺちと頬を軽く叩いて起床を促した。

「××ちゃん。××ちゃん」
「ん…、う…、おりはら、さん?」
「そうだよ。迎えに来たんだ」
「わたし…ねちゃってた……」

ぼんやりとした思考が抜けきっていないのか、目は虚ろであった。
その瞬間を待ってましたとばかりに携帯のカメラで激写する2人。
それに制止を掛ける門田と、アイドル・聖辺ルリの音楽を再生する渡草。

「帰るよ、××ちゃん」
「ん…。きょうはありがとうございました、かりさわさん、ゆまさきさん、とぐささん、かどたさん」
「どういたしましてっす」
「はい、これ。忘れないで持っていって。また遊ぼうねー!」

手渡された青い袋の持ち手をしっかり握り、臨也におぶさる。
しっかり歩くにはまだ時間が掛かりそうだ。

「また…ね…」

すう、と寝入る××。
狩沢は臨也に問い掛ける。

「イザイザ、××ちゃんのコスプレ写真いる?3枚でいいよ」
「全く、良い商売をしてくれるね」

財布から福沢諭吉を3枚取り出して手渡す。

「まいどー」

ヒラヒラと自分を扇ぐように手を動かした。

「静雄に会わねぇようにな」
「昼間バトったから流石に会わないでしょ」

これで会ったら自分を呪うね。
そう薄く笑う臨也に門田は苦笑する。
夕陽に溶け込むように小さくなる背中を見送って、池袋の街をバンは走り抜けた。



バン、さらに増える


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