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相澤先生と一緒に学校に着いたのはいつもの登校時間よりも1時間半ほど早かった。高校の前でタクシーを降りると同時に相澤先生が携帯を耳に当てた。ちらほらと他の先生たちの姿も目に入る。こんなに早くからお仕事とは先生たちもたいへんだなぁ。

「はい。着きましたが…今からですか?わかりました。連れて行きます」

連れて、ということはわたしのことだろうか。耳聡く言葉を拾ったわたしに気づいているらしく相澤先生は手招きをして、歩き始めた。どうやら着いてこい、ということみたいだ。
電話の内容を盗み聞くに相手は相澤先生よりは先輩のヒーローで、事件についてわたしから直接話をさせたいようだった。職員室を通り過ぎて、応接室へ入る。少し緊張したが相澤先生の電話の相手はまだ来ていなかった。まあ、室内にいるとしたらいまだに電話を繋いでいるわけがないか。わたしだけを部屋に置いて、相澤先生は電話を耳から離すことなくヒラヒラと手を振り去っていく。一人にされるとは思っていなかったので驚いた。ドキドキしながら壁にかかっている真ん丸の時計を見つめる。こういう時、時間が過ぎるのは遅く感じるものだ。ソファに腰をかけ、ブラブラと足を揺らす。生徒の数が少ないからか、校舎が静かなことも相まって1分でさえとても長い。

「やあ!苗字名前さん」

待ちくたびれて、背中を丸くしていたらノックと同時に応接室のドアが開いた。聞き覚えのある声だ。ドアの隙間からは艶やかな白い毛につぶらな瞳が覗いていた。慌ててソファから立ち上がり、ペコリと頭を下げる。

「おはようございます、校長先生」
「すまないね、簡単に話を聞かせてもらえるかな。雄英の門を壊した輩がいただろう?塚内くんから貰ったデータを見てから少し気になってたんだ。分かる範囲で構わないから教えてくれるかな」

校長先生はわたしにソファに座るように促しつつ、自分も向かいのソファへポンと飛び乗った。お言葉に甘えて腰を下ろし、手は膝の上に揃え背筋をぴんと伸ばす。マル秘と書かれた校長先生の身体に対しては大きめのファイルが気になるが、恐らく相澤先生が見ていたものと同じなんだと思う。"塚内くん"が誰なのかわからないまま、校長先生からの質問に答え続け、15分ほど経っただろうか。先生はパタン、とファイルを閉じた。

「それにしても今回は運が良かった。君がこうして無傷でいること、とても嬉しいよ。でも次からは警察やプロヒーローの到着を待って指示に従うんだ。いいね?」

どうやら質問は終わったらしい。校長先生はポーカーフェイスなので、怒られているのか、心配されているのかはよく分からなかったけれど素直に頷いた。

「長い時間拘束してすまなかったね。授業にはまだ間に合うからお茶でもどうだい?」
「ありがとうございます。いただきます」

校長先生と煎茶を飲みながら談笑する。さっきまでとは違って、中学時代のことや両親のこと、雄英での生活についてなどを話のタネにしてもらったため、気まずさを感じることはなかった。
8時過ぎには解放され、A組の教室へ向かったが午前中の授業はいまいち頭に入って来なかった。ジャージで登校していたわたしを上鳴くんや芦戸さんは茶化したけれど、相澤先生から事件については緘口令を敷かれたため、曖昧な言葉でごまかしておいた。わたしが詳しく話さなかったからか、それ以上のことをクラスメイトたちが聞いてくることもなかった。そういうあたりがヒーロー志望らしいなと感じて、そしてふと思い出すのだ。

――雄英生らしく、最高峰の人間にふさわしい行動を

わたしは心がけないとできないことがみんなは自然にできるんだ。基礎能力だけでなく、わたしに足りないことは多々あるようだ。だけど、どうやって身につければいいのかわからない。

「ねぇねぇ名前ちゃん、とっくにチャイム鳴ったけどお昼食べないの?」

透ちゃんにつつかれて、パッと顔を上げる。周りを見渡すが、透ちゃん以外に人影がない。

「た、食べる。待ってくれたの?ごめんね」
「ううん、大丈夫!早く行こー!」

変に考え込む必要はないはずだ。わたしは今出来ることに集中しなければ。少しでも早くみんなに追いつきたい。胸を張って雄英の生徒だと言いたい。わたしの手を引く透ちゃんの手をぎゅっと握った。

「どうした?何かあった?」
「あ、ううん!大丈夫!ありがとう」
「ホント?空元気っぽいけどなー。なんかあったら言ってね。友達でしょ!」