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透ちゃんの言葉はとても嬉しかった。砂漠のように乾いた心に沁み渡る水みたいだ。いつかわたしもこんな風に誰かを気にかけてあげられたら、とそう思った。それでもわたしは心の内をさらけ出すことはしなかった。相澤先生の厳しい表情がチラついたからだ。

「今日のヒーロー基礎学はレスキュー訓練だ」

先生から前もって聞かされていたわたしと違ってクラスメイトたちはその言葉にわかりやすく色めき立った。救助といえばまさしくヒーローの十八番。上鳴くんや切島くんや瀬呂くん、そして優等生の梅雨ちゃんまで「水難はわたしの独壇場」なんて言いながらウキウキとした様子で、なんだかホッとした。わたしだけじゃなくて、みんなもちゃんとはしゃいで先生に怒られるんだ。
ピシャリとわたしたちを窘め、相澤先生は簡単にこの後の予定を告げた。訓練場への移動前に各々コスチュームかジャージに着替えるようにとのことだった。着替えるのも面倒だし、コスチュームを着ることで活きる個性もないし、わたしはこのままでいいや。みんなを更衣室に見送ってから、相澤先生に言われた通りバスの付近で待機する。

「あ、爆豪くん」
「……チッ」

最初に姿を現したのはコスチュームに身を包んだ爆豪くんだった。声をかければ至極面倒臭そうな顔をされ、ショックを受けそうになる。それでもめげずに話しかけていれば、彼はわたしの目の前に拳を突き出し、パッと開いた。

――ボォンッ

鼻先で起こった爆発に頬をひきつらせる。爆豪くんはわたしと話をする気はないらしい。ぴくぴくと動くわたしに見向きもせず、じっとバスを見つめる爆豪くんはちょっとこわい。それでも再び話しかけようとしたところで、飛んできた出久くんに険しい顔で止められた。それに続くようにみんなが集まりだし、飯田くんに言われて2列に並びはじめた。
バスは全座席が2列ずつに別れているのではなく、前半分がシートが向かい合わせになっているタイプで、上鳴くんや峰田くんから軽いブーイングがあがっていた。

「苗字、おまえオレの隣な」

出久くんに続いて、バスに乗り込む前に相澤先生からそう声をかけられる。ピシ、と表情が凍りつくのを感じながらも「はい」と返事をして最前列の空いている席に座る。他のみんなは各々に好きなところへ座っていくのを羨ましげに見つめていると、先生からA4サイズの薄い封筒を渡された。

「至急、確認をしたいことがあってな。悪い」
「何でしょうか?もうお役に立てそうなことは…」
「封筒の中に写真が入ってるんだが、昨日の事件の加害者はそいつで間違いないな?」

事件のことならわたしよりも、もう先生たちの方が詳しいはずだ。少し怪訝に思いながらも封筒から写真を取り出す。
そこにはあの夜見た男とそっくりな男がいた。顔面は文字通り、手で隠されていて、人相を確認するのは難しい。それに隠し撮りのようで、斜め後ろから、振り返ったであろうところを撮影されている。ふわふわとした髪型と、彼をとりまく手を見るに、同じ人物ではないかと思われるが確証は持てない。

「わかりません。似ているとは思いますが、しっかりとは見ていないですし、この写真はあまり…鮮明じゃないので…」
「そうか。まぁ、いい」

封筒に写真を戻し、相澤先生に返す。何故だろう。何か違和感があった。敢えてわたしを隣に座らせてまで聞くことなのだろうか。わざわざ他言するなと釘を刺しておいて、クラスメイトたちの前で事件のことを蒸し返す意味があるだろうか。好奇心に満ちたヒーロー志望たちの中で?誰が口を突っ込んでくるかわからないのにそんなの合理的ではない。
チラ、と目線だけ後ろにやればちょうど爆豪くんが梅雨ちゃんや上鳴くんに怒鳴り散らしていた。

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ!殺すぞ!!」

あまりにヒーローらしからぬその言葉に思わず笑いそうになり、口元をキュッと結ぶ。わいわいと騒ぐクラスメイト達に苛立ちを募らせたらしい相澤の髪がわずかに逆立つのを感じ取ったからだ。

「もう着くぞ。いい加減にしとけよ…」

まさに鶴の一声。先生の声で緊張感を取り戻したのだろう。残り5分ほどの道のりは驚くほど静かなものだった。