13

「水難事故、土砂災害、火事、エトセトラ。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名もウソの災害や事故ルーム――USJ!!」

わたしたちを待っていたのはスペースヒーロー13号。相澤先生と簡単に打ち合わせをしてから、13号はこちらへ向き直り、授業へ臨む態度について口にした。
個性によっては人を簡単に殺せるものがある。その静かな言葉に空気が変わる。わたしもさきほど写真でも見た男のことを思い出し、気分が沈んだ。相澤先生の体力テストで己の可能性を知り、オールマイトの対人戦闘では個性を人に向ける危うさを学んだ。そして、今回は人命のために個性をどう活用するかを考えていく。今朝、相澤先生からもらった言葉が脳裏をよぎる。わたしも、自分の個性をどうやって使ったら人の為になるか知りたい。

「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない、救けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな。以上ご静聴――」

ゾワ、と背筋を冷たいものが撫でた気がした。周りを見渡すが何もない。みんな13号の方を向いて、彼の言葉に耳を傾けている。輪の中から抜けて出て、もう一度周りへ目を向ける。空間が歪んだ。――13号の言葉はまだ続いていた。それでも、わたしは相澤先生のもとへ駆け出していた。そんなわたしを見かねて口を開こうとしたらしい相澤先生もパッと、わたしの視線の先を振り返る。

「せんッ」
「一かたまりになって動くな!13号!!生徒を守れ」

わたしの体をクラスメイトの輪の中に押し返しつつ、相澤先生はゴーグルをかける。切島くんが難なくわたしのことを受け止めながら、首を伸ばす。
ぞろぞろと1人、また1人とゲートの中から敵が出てくる。わたしの視線は最初にこの演習場へ足を踏み入れた男に釘付けになった。

「何だアリャ。また入試のときみたいなもう始まってんぞパターン?」
「動くな!!あれは敵だ!!」

バスの中での緊張感とは比べものにならない張り詰めた空気。足が竦むのがわかった。切島くんの腕の中から抜け出したはいいが、頭がグラグラした。気分が悪い。――アイツだ。アイツがいる。堂々と演習場の中に現れた青白い髪に、顔面を始め、身体のありとあらゆる場所を覆う手。つい先ほど写真でも目にしたあの男だ。

「せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…」

その声色も、その表情も、あの時見たままの姿だった。足に力が入らない、それでもここで地面にへたり込んでしまったらわたしはあの時よりも、もっとみっともない存在になってしまうという思いだけで地面を踏みしめる。震える手のひらに気付かないように、ギュッと握りしめる。

「オールマイト…平和の象徴… いないなんて…」

相澤先生の捕縛布が宙で広がった。生徒はまだ動いていない。でも、あの能力は危険だ。震える掌で、両頬をパチンと叩く。気合いを入れろ。そして、個性を強く意識する。

「子どもを殺せば来るのかな?」

怖い気持ちもあったけれど、そんなことは二の次だった。アイツがクラスメイトを殺すと言ったその瞬間、地面に対して個性を使った。

「苗字!!…チッ、13号避難開始!学校に連絡試せ」

その後もいくつか指示を出していた相澤先生は階段を飛び降りる。その途中で先生の捕縛布が巧みにわたしの腕を絡め取った。進行方向と真逆へ投げられ、もう一度個性を使おうとするが発動しない。相澤先生の個性だと今更ながらに気付いた時には地面に激突していた。

「動くなっつったろ!!おい、誰かその馬鹿を捕まえとけ!!」

先生は今もわたしのことを見ているらしく、まだ個性は発動しなかった。鈍い痛みと戦いながら体を起こそうとしたところで、背中に重力がかかる。

「な、なに…」
「おいクソモブ、てめぇなんで気付いたんだ?」
「か、かっちゃん、さすがに女の子の上に足を乗せるのはよくないんじゃ…」
「黙れデク。先生も言ってたじゃねぇか。この馬鹿を捕まえとけってよォ!!」

両手を床につき、首を持ち上げ自分の背中へと視線をやる。オレンジと黒のコスチュームが目に入り、出久くんの言葉もあって爆豪くんだと認識する。もう一度、個性を使えば今度は発動した。爆豪くんの足を跳ね除け、ゆっくりと身体を起こす。険しい表情の爆豪くんからもう一度足が伸ばされたが、また拒絶しておいた。

「君たち!そんなことをしている場合じゃない!早く避難を…」
「させませんよ」

真後ろから聞こえた声に振り返る。クラスメイトの前に黒いモヤが広がっていた。

「はじめまして。我々は敵連合。せんえつながら…このたびヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは――」
「ダメ!!」

アレも危険だ。そう思って、走り出す。

「平和の象徴オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして」

その後も何か話していたが、聞いてやる義理はない。とりあえずあのモヤを拒絶しなくては。アレに取り込まれたら、きっと消えてしまう。あの夜のこと、そして今日突然現れたことを考えるとアイツの能力はワープかテレポートか、そういった類のもののはず。相澤先生が言ったようにすべての現象に干渉できるのならば、きっとわたしでも少しは役に立てる。
何も考えず、飛び出した。そんな馬鹿なことをするのはわたしだけだと思っていたのに。両脇に爆豪くんと切島くんの姿があるのに気付き、慌てて個性の発動をセーブする。図らずも、何もしないのに2人と一緒に敵へ向かっていった命知らずのような形になったことに多少の気まずさを感じていればこちらをギロリ、と睨む爆豪くんと目が合った。

「ダメだどきなさい!3人とも!!」

焦りを含んだ13号の声に、すぐに敵に向き直ったが少し遅かった。わたしたちを取り囲むように大きく広がった黒いモヤにあっという間に包まれてしまったのだ。

「散らして、嬲り、殺す」