いつの間にオールマイトが来ていたのか。今もUSJの中心部に位置取ったままの男と出久くんや梅雨ちゃんに抱えられた相澤先生に足元が竦むような気がした。オールマイトが出久くんたちに背を向けてすぐに、出久くんが走り出す。他の敵をいなしつつ走りながらそれを見ていた爆豪くんの声が響き渡る。

「どっけジャマだ!!デク!!」

こうも経験の差が顕著に現れるものなのかと驚いた。飛びかかった勢いのまま爆豪くんがワープの個性の男を捕え、轟くんがオールマイトを襲っていた脳が丸出しになっている怪物を氷漬けにしている。思わず感嘆の声が漏れる。

「平和の象徴はてめえら如きにはやれねえよ」

主犯格の男が爆豪くんに組み敷かれた男へ視線を向けた。その視線が彼からわたしへと移ったような気がして顔を背ける。

「出入り口を押さえられた…。こりゃあ…ピンチだなあ…」

怪しい動きをすればすぐ爆破すると脅迫めいた言葉を口にする爆豪くんがどんな表情をしているかは見なくてもわかる。ブツブツと呟いていた男はオールマイトと戦っていた怪物を「能無」と呼び、新たな指示を下した。

「爆発小僧をやっつけろ。そこの女が死なないように気を付けろよ」

その言葉に爆豪くんがチラリとこちらに目をやった。わたしも辺りを見渡すが残念ながら敵の視線の先にいる女というのはわたしだけだった。何故敵に気を遣われているのかはわからないが、静かな緊張感をはらんだ沈黙が周囲に訪れた。
轟くんの氷から無理に逃れ、身体がボロボロになりながらも向かってくる能無への警戒もあるだろう。しかしそれよりもまだ知り合って間もない苗字名前という人間が何者なのかということへの疑念の方が強そうだ。面倒に巻き込まれたことを感じたが、それよりも気になるのは爆豪くんの死角から急に走り出した能無のこと。地面へ個性を発動し、彼の背後に回った瞬間、能無の腕が振り下ろされた。

「かっちゃん!!!…あれ?苗字さん?!」

けたたましい音と立ちのぼる土煙。目の前には腕が千切れかけた能無。爆豪くんをかばったつもりだったけれど、彼のことは一足早くオールマイトが助け出していたらしい。つい先ほども目撃したばかりだが、この超回復という個性はとても厄介だ。この数秒の間に腕はほぼ元どおりになっている。

「早く逃げなさい!!苗字少女も下がりなさい!」
「でも、相手が多すぎてオールマイト1人では…」
「大丈夫!プロの本気を見てなさい!!」

しかし相手にはまたあのワープゲートもいる。悩んでいるわたしを一瞥し、オールマイトは静かに言った。

「敵に狙われている君を守りながらでもわたしは戦えるとも。しかし他の生徒たちを危険に晒す可能性は万に一つでも減らしておきたいんだ。わかってくれるね?」

言葉はとてもやさしかったが、同時に鋭さを孕んでいた。わたしでは足手まといだという事実を突きつけられ、恥ずかしくなる。少しなら役に立てるのではと思ったが、酷い勘違いだった。

「みんな、苗字少女から目を離さないように!」

能無とオールマイトとの戦闘が始まっても呆然とその場に立ち尽くすわたしを慌てて迎えに来てくれた出久くんに引っ張られるようにしてクラスメイトたちと合流する。
オールマイトは真正面からの殴り合いで能無を打ち負かす。そのあまりの強さに味方であるわたしたちはもちろん、敵たちも圧倒された。つう、と頬を伝うのは冷や汗だ。わたしは何故あれに勝てると思ってしまったのか。

「主犯格はオールマイトが何とかしてくれる!俺たちは他の連中を助けに…」

固まってしまっていたわたしたちに切島くんが声をかけてくれたが、わたしの注意は出久くんから逸れなかった。近いからこそ、聞こえてしまった言葉がどうしても気になった。

――オールマイトは限界を超えてしまっている

「緑谷?」

轟くんの囁きのような問いかけは彼には届かない。さっきわたしがやったのと同じように彼は飛び出した。地面を強く蹴ったせいか、両足が明後日の方を向いている。それでも出久くんは静かに、怒りのこもった声で言った。

「オールマイトから離れろ」

確かに速かった。でもオールマイトほどではない。ワープゲートの男にはきっと一撃を叩き込める。ただ、出久くんのもとへはあの男の手のひらが迫っている。
あの夜のことがフラッシュバックする。触れた途端、表面から肌が崩れ、血肉が覗いたあの女性のことを。

「出久くん!!」
「…待てって!!」

走り出そうとしたわたしの腕を切島くんが掴む。あまりに不意にのことだったからだろう。個性が発動し、彼の右手から骨の折れる嫌な音がした。

「ッごめ…ん」

一瞬、顔を歪めたものの、わたしを気遣う言葉をかけながら笑う彼に血の気が引いた。謝罪の言葉を繰り返しながら個性を消そうと意識をするが、今までうまくいったことがないのにこの土壇場でコントロールすることなどもちろんできない。どうすれば。どうしたらいいの。

「本当にごめんなさい」

泣きそうだ。でも堪えて。わたしは今加害者で、泣く権利なんて持っていないのだ。あの女性の苦しげな顔が脳裏にチラついて離れない。切島くんが声をかけてくれるのがわからないわけではないが、耳に入ってこない。USJとあの路地裏には何の関連もないはずなのに、ざわざわとし始めたそれがあの日の野次馬たちのことを思い出させる。やめて。やめて。涙がこぼれないように、目をぎゅっと閉じる。身体に力が入らなくなり、そしてわたしはそのまま意識を手放した。