01

倍率300倍は伊達じゃない、といったところか。会場は多くの学生でごった返していた。プレゼントマイクによって入試の説明が行われたが、その内容にわたしは背筋をピンと伸ばすことになったのだ。
雄英高校での実技試験は余りに過酷なものだった。10分間の模擬市街地演習――街で暴れる仮想敵を倒し、獲得したポイント数を競えとのこと。個性の使用はオールオッケー、攻略難易度によって与えられるポイントが異なる敵が4種類出現するらしい。戦闘なんて今までやる機会がなかったし、どうすればいいのか。避けたり逃げたりなら絶対に大丈夫だという自信があるけれど、敵前逃亡をヒーロー科が良しとするはずがない。

「ついでにそこの縮れ毛のきみ!」

さきほどまでプレゼントマイクに向かって試験の内容に対する質問をしていた前列の銀縁の眼鏡をかけた男子学生が、険しい顔をして振り向くものだからつられてわたしも後ろへ顔を向ける。ヒィっと小さく声をあげた彼の姿に「あっ」と声が漏れそうになり、慌てて口を塞いだ。あの子、今朝海浜公園で見かけた子だ。あとで声をかけて…あれ?

「物見遊山のつもりなら即刻ここから去りたまえ!」

物思いに耽りそうになった瞬間に、その言葉が耳に入ってきてハッとした。彼とわたしではヒーロー業界屈指の名門校、そのヒーロー科の入学試験に挑むというのにまず心持ちが違う。雄英に願書を提出したのを中学校の先生のせいにして言い訳ばかりして、ダメだった時のことまで考えている。雄英高校に入ったからといってヒーローになれるとは限らないのに。まず、スタートラインに立つためには入学しないといけないのに。とりあえず、集中だ。







目の前に飛び出してきた緑色のロボットを見上げて身震いする。これが仮想敵。振り上げられたアームを個性で跳ね除けながら、どうやって壊すかを考えていると目の前で大きな爆発が起こった。爆弾まで装備してるとか雄英高校エグいな。

「どけモブが!突っ立ってんじゃねーよ!!」

またすぐに連続して爆発音。この爆発が敵ではなく、目の前で悪態を吐く男子のものだと気付く。あの子はさっきの縮れ毛の子の隣に座っていた――ヘドロ事件の時の子だ!

「片っ端からぶっ殺す!!!」

ヒーローらしからぬことを叫びながら爆音とともに飛び立った男の子を目で追いながら、自分の個性の使い方を考えようとして、やめた。今の男の子のやり方が通用するなら簡単だ。懐に飛び込んで、そこで個性を発動させればいいのか。
周りを見渡すも、あたりにいるのはさっきまでのわたしと同じようにどうしようか悩んでいる様子の学生たちとすでにどこかしらを破壊され足止めされた仮想敵たち。スタートからまだ1分と経っていないはずだが、受験者の行動は二分されていた。このままでは、わたしも落第者側になりかねない。
地面に対して個性を発動させ、近場のビルへ飛び移り上から仮想敵を探せばそこかしこにロボットが配置されている。さっきのヘドロの子と同じ方向に行けば、すべてのポイントを取られかねない。彼とは真逆の方向へとわたしは再び足場を"拒絶"した。

「みんな巻き込まれたくなかったらよけて!」

叫びながら戦場へ突っ込み、仮想敵の腕を掴み"拒絶"する。わたしを避けるように腕がバキバキと変形する。よし、いける。続けざまに首元と頭を破壊して、反対側の腕から地面へと滑り降りつつ他の箇所にもヒビを入れていく。目の光が消えたことから、恐らくこれでポイントが稼げているのだろう。思ったよりも簡単そうだ。
あちこちで起きている戦闘に混ざりながら、確実に敵を潰していく。試験時間残り3分というプレゼントマイクの声から暫くして、市街地に大きな影が立ち上った。

「なんだよあれ…」
「0ポイントだろ!逃げようぜ!他の仮想敵を探そう」
「オレたちまじで死なねーんだよな…?」

一気に蜘蛛の子を散らすようにして走り出す受験生たち。確かにあれはやばい。思考停止して、ぽかんと見上げている間に距離を詰められあっという間に0ポイントは目の前に迫っていた。

「てか、あいつなんで逃げねーんだ?!」
「足が竦んでるんだろ」

もはや遥か後方から聞こえてくる半ば呆れも入っているような声が聞こえていないわけではない。それでもわたしは固まったまま、超大型敵を見つめていた。仮想敵の腕があと10m、5m、4、3、すぐ目の前に。

――ギュイイイイン

あまりに大きな不快な音に耳を塞ぎつつ、その光景をしっかりと目に焼き付ける。無意識のうちに作れる拒絶の壁は2mはありそうだ。あくまでそのままを意識してゆっくりと前に歩みを進める。ギュルギュルと0ポイントの腕がいびつに歪み、先端がちぎれた。もう一方の腕もわたしへ向かってくる。

「おい、おまえ 何してんだよ!そいつ倒したってムダだって!早くこっち来い!」

さっきまでの馬鹿にした様子とは違う切羽詰まった声に振り向くと、わたしのすぐ後ろで赤髪の男の子が手を差し伸べてくれていた。反対側の腕はゴツゴツと尖っている。か、硬そう。この人はもしかして、わたしを救けにきてくれたのかと気付き目を丸くする。それでも、これ以上やったところで意味もなさそうなので大人しく彼の言葉に従うことにした。後ろからの攻撃を跳ね除けながら、彼の手を取る。

「あの、ありがとう」
「このままみんなのところまで走るぞ!」
「あ、はいっ!」

数歩足を動かしたところで、プレゼントマイクの「試験終了」の声が響き渡る。へなへなとその場に崩れるように座り込み、さきほどの彼へと声をかける。

「あのっ、赤髪の!」
「ん?オレ?」
「さっきは声かけてくれてありがとう。わたし苗字名前。また会えたらいいね」
「あーいや、別に平気そうだったのに悪かったな。オレ、切島鋭児郎!よろしくな!」

ギザギザの歯を見せながら、切島くんはニカッと笑った。おお、なんかすごくヒーローっぽい。
試験の後、リカバリーガールによる診察を受け入試はお開きになった。こんなに個性を使うことなんてなかったから、ドッと疲れた。スマホで母に帰宅時間を伝え、なんとか座れた電車の中でわたしは襲い来る睡魔に身を預け、目を閉じた。