(緑谷出久視点)



轟くんとの試合が終わり、リカバリーガールの治療を受けて観覧席に戻った時にはトーナメントはかなり進んでいた。次の試合は切島くんとかっちゃんか。

「あれ?苗字さんはもう行っちゃったの」
「ああ、切島の回復待ちで名前と爆豪が先に試合だってさ」

耳郎さんにお礼を言って、手招きしてくれている飯田くんと麗日さんの隣へと腰を下ろす。。苗字さんは今日あまり積極的には個性を使っていないみたいだけど、かっちゃんと意外と良い勝負になるんじゃないかな。

「デクくんはどっちが勝つと思う?」
「うーん、言い方は悪いけど苗字さんが全力で個性を使うかによるんじゃないかな」

麗日さんにそう答えたのは本心からだ。かっちゃんは強い。個性だけじゃなくて身のこなしや反射神経、先を見通す力、どれをとってもピカイチだ。対人戦闘訓練のことを思い出し、身震いする。それでも彼女の個性はあまりに強力すぎる。

「まず苗字さんに触れることが出来ないといけないけど、どういう時なら個性が発動していないかがわからないし、場外に飛ばしてアウトを取ろうにも苗字さんはたぶんかっちゃんの爆破になんの恐怖も感じてないからその場から動かないんじゃないかな」
「それもそうやね。障害物競走の地雷原もふつうに走っとったわ。騎馬戦の時も名前ちゃんほとんど動くことなく周りを跳ね除けてたし」
「苗字くんに勝つには場外や気絶狙いよりも降参させるのが一番現実的なのだな。だがさすがに彼女も降参なんてしないだろうし」
「マジであいつチートだよなー」

そんな僕らの会話を聞いていたらしい上鳴くんの台詞に悔しいながらも同意する。僕だってオールマイトから受け継いだワンフォーオールという個性を持ってはいるが、それにしたって彼女の個性は強大すぎる。

「さあさあ!次のステージ!手堅く上位を死守しつつ特別シードを幸運にも手に入れたラッキーガール苗字名前、バーサス、やっぱり悪人ヅラ!容赦を知らない爆豪勝己!!頼む、今度はもっと優しくしてやってくれー!」
「だからやるなら公正にやれって…」

プレゼントマイクの熱の入った実況に相澤先生からの突っ込みが入る。スタートという合図とともに動いたのはかっちゃんだった。対して苗字さんはきょろきょろと辺りを見渡している。

「おいおいどうした苗字!始まってんぞ!!煙幕もないのに見失うのはまだ早いだろ」
「黙って見てらんねえのかおまえは」

バン、バン、バーン!ともはや聞き慣れた爆発音が響き渡る。一瞬にしてステージは土煙に覆われる。それが晴れる前にまた続けて爆発音。僕らからも様子が見えないように実況席からも戦況はわからないらしい。「どうなってんだ?」という言葉を最後にプレゼントマイクの声が聞こえなくなった。
しばらくして視界が開け、そこに立っていたのはお互い無傷の2人。かっちゃんの爆発を身動き一つせずに拒んでいる苗字さんに観客たちから感嘆の声が漏れる。

「やはり一筋縄ではいかないな」
「ほんま名前ちゃんすごいわ。でも…」
「うむ、苗字くんは攻勢に転じるつもりはないのだろうか」
「…うん、守るだけじゃ勝てないのに」

麗日さんや飯田くんの言葉に頷きながらステージに立つ2人を見つめる。遠目からだから表情まではわからないが怒鳴り散らしている様子を見るとかっちゃんはかなり頭にきているようだ。

「とっとと失せろやイカレ女!!邪魔くせえ!」
「イカレ女っていうのやめてくれる?!そんなんだから悪人ヅラだって言われるんだよ!」

やっと観覧席まで届いてきた言葉に思わず飯田くんたちと顔を見合わせる。

「緑谷くん、彼女は意外と勝気なのだな…」
「そ、そうみたいだね」

かなり長い間、爆発音と舌戦が続く。2人の距離感は常に一定のまま。2、3メートルほどだろうか。近接戦に持ち込むにはあまりに遠い。その距離は一向に縮まることはなく、プレゼントマイクが同じことを繰り返し言い始め、実況に飽きたんだろうなという頃のことだった。

「てめえ、こないだのことで他人に攻撃すんのが怖えんだろ!そんなやつがこの舞台に出てくんじゃねえよ!!舐めてんのか」

かっちゃんのその一言でピリッとした緊張感が走ったのに誰か気づいただろうか。苗字さんがようやく動いた。それを見てかっちゃんが大きく右手を振り上げる。

「爆豪、下がれ!!」

実況席から相澤先生が叫ぶ。スピーカーを通してのあまりの大きな声にビリビリと空気が震える。観客である僕は攻撃手段を持たないと思っていた彼女の起こした出来事に目を疑った。

「苗字失格につき爆豪の勝利。ステージの修繕作業に入るため、次の試合は20分後。ミッドナイト、そいつの保護を頼んだ」

彼女の半径5メートルほどの距離にあったはずのものが全て消失していた。ステージには大きく穴が開き、その穴の中心にいる苗字さんは恐らく相澤先生によって個性を消されたのだろう。その隙にミッドナイトが個性を使って彼女を眠らせる。担架に乗せられ運ばれていく彼女を見つめるかっちゃんは、恐らくほんのあと半歩でも先にいれば無事ではなかったはずだ。

「マジかよ!!ラッキーガールはとんだクレイジーガールだったなんて。まさかの事態すぎて頭がついていかねえぜ!」

プレゼントマイクの言葉で固くなった会場の雰囲気は多少和らいだ。それでも僕を含めた観客たちはあまりの衝撃にしばらく口を開くことは出来なかった。