目が覚めた時には表彰式は終わっていた。わたしが起きるのを待っていたという相澤先生は相変わらずのポーカーフェイスだが、この後に起こることはさすがにわかる。お説教の時間だ。

散々だ。その一言に尽きる。この前のことで懲りていなかったわけじゃない。でもあんなことになるとは思わなかった。自分の個性の範囲があんなに広いとは思っていなかったし、まさか地下まで届くなんて考えもしなかった。
相澤先生の怒鳴り声がスピーカーから漏れる前に後方に飛び退いた爆豪くんには本当に頭が下がる。たぶん、どうあがいても今のわたしでは爆豪くんには勝てなかっただろう。

「おい聞いてんのか」
「すみません」
「ったく。オレが個性を消したから良かったものの、あのままだと確実に爆豪やミッドナイトさんまで巻き込んでたぞ。2度目はないからな」
「気をつけます…」
「明日、明後日は学校は休校だ。それで、だ。これはあくまで提案であって強制ではないんだが明日うちと提携している研究施設へ行ってみる気はないか?」

相澤先生の言葉に首を傾げる。発言の意図が汲めなかったからだ。

「おまえの個性をおまえ自身、もっと知る必要がある。専門家に診てもらった方が合理的だろう。その気があるなら暴走対策でオレも同行するが…」
「いっ、行きます!行きたいです!」
「…ただ、1日がかりになるし、先方はかなり癖のある人なので心の準備をしておくように」





さすが天下の雄英高校が提携していることはある、というのが第一印象だった。雄英も周辺の施設も入れればかなりの大きさだが、ここもそのくらい広そうだ。昨日の体育祭の会場よりははるかに大きい。相澤先生と逸れたら、2度と外へ出られないのではないんだろうか。

「お世話になります。イレイザーヘッドです。昨日連絡した件で苗字名前を連れて来ました」
「おー!待ってました!久しぶりだよ、生命の危機と隣り合わせのカウンセリングなんて。楽しみすぎて寝られなかったんだよね」

施設のかなり奥であろう最後にくぐった部屋の扉には室長室との文字が刻まれていた。てっきり白衣を着たひげ面の老人でも出てくるのだろうと思っていたが、その部屋で相澤先生とわたしを出迎えたのは綺麗な女の人だった。外見だけだとミッドナイトと年齢も変わらないのではないかというくらいの若々しさだ。

「あはは、みんなそんな顔するんだよね。この施設の管理をしてる伏見です。大丈夫、腕は確かだから。こんなんでも国家公認だからね」
「あ、いえ、すみません」
「じゃあオレはその辺で待機してます。ヤバそうになったらすぐ個性使いますんでよろしくお願いします」
「はいはーい。じゃあ、苗字名前さん、まずは簡単なことから聞いていくね。わからないことはわからないでいいから気にせずに。で、ある程度のメドがついたらその奥の部屋で個性使ってみてもらおうかなーと思ってるんだ。一応、うちの施設の地下部分は核にも耐えられるシェルターになってるけど、まあ君の個性に耐えられるかはあとで試してみようね」

入り口で固まったままのわたしに向かってほぼ一息で言い切った伏見さんはカチカチとボールペンを鳴らしながらくたびれた応接用であろうソファーに腰を下ろす。わたしにも向かいの椅子に座るように促し、大きなあくびを一つした。

「ごめんね。徹夜は慣れてるんだけど、こういう簡単なお仕事は久しぶりで気が抜けちゃってさあ」

ついさっき命の危機がどうこう言っていた人のセリフとは思えなかったが、そこに食いついても仕方がないので軽く聞き流す。両親の個性、初めて個性が発現した時のこと、普段の過ごし方など拍子抜けするほど普通の質問に段々と緊張はほぐれていく。

「うーん、じゃあとりあえず部屋を移動してわたしに個性使ってみてくれる?」
「えっ!」
「大丈夫大丈夫。わたし死なないし」
「いや、でも、お怪我を…」
「対物に関しての君の個性はもうデータとして持ってるし。同じことを繰り返し確認するのは非合理的だ。多分、目に見える危険を感じた時の個性の範囲が入試時の2mくらい。明確な意思を持っての個性利用時は上下左右半径5、6mくらい。その辺りは後で正確に測るとして、通常時はどの程度なのかを知りたいんだよね。あと対人効果の程度と有無も」
「でもわたし、本当に、制御とかコントロールとかができなくて」

両手を前に出し、ぶんぶんと振るわたしに構うことなく、ソファーから立ち上がりテーブルを飛び越えた彼女は何の迷いもなくわたしの腕を掴んだ。

「……あれ?今個性使ってないの?」
「使ってないわけではないと思うんですが、でも普段の生活で誰かに触られて怪我をさせたことはないです」
「ふーん。イレイザーヘッド、ちょっとそこのマグカップ取ってくれる?」

伏見さんは奥にある資料だらけのテーブルに目をやりながらそう言った。相澤先生からマグカップを受け取り、そしてそれを掴んだままのわたしの腕の上でひっくり返す。

「…苗字さん、君の個性すっごく便利だね。やっぱり熱さは感じない?」
「そ、そうですね」

わたしの腕を掴んでいる伏見さんの腕も避けるようにしてマグカップの中に入っていたコーヒーが地面へ滴り落ちる様子を彼女は興味深そうに見つめる。そのあとも刃物に始まり、火炎放射器、銃などあらゆるものを向けられわたしの心は穏やかではなかったが彼女はひどく楽しそうだった。

「USJでは君に触れようとしたクラスメイトが怪我したらしいけど、現状としては君に触れることは可能だ。わたしは君の体温も感じることはできるから拒絶の個性がわたしに発動しているとは考えにくい。そのうえ君に触れているわたしも刃物や銃弾で傷を受けることがないなんて!わたしがもっとたくさん居れば何人くらいまで耐えられるか確認したいところだよ!!君は核シェルターより優秀じゃないか!」
「はあ…」
「しかし興奮のあまりまたこの部屋で実験してしまった。今度こそ部屋を移そう。そして次は君が危険を察知した時にどうなるかの検証を改めてやりたい。休憩がいるかい?」
「いえ、特に疲れていません。大丈夫です」

ウキウキした様子の伏見さんに腕を掴まれたまま、隣の部屋へと移動する。今さらながら昨日の相澤先生が言った「心の準備」とやらがちっともできていなかったことを少し後悔した。