「いや〜実に興味深かったよ。君がこの個性を使いこなせるようになった時が今から楽しみだ」

伏見さんの実験から解放されたのは日付がすっかり変わった頃だった。相澤先生はその間ずっとわたしたちのことを見つめていたが、結局わたしが個性を使われることはなかった。
別室に入ってすぐ、真後ろからわたしに蹴りを入れようとした伏見さんの右足が真逆の方へと曲がったのに気付いた時には血の気が引いたが、ものの5分としないうちに彼女の身体は元どおりになったのだ。聞けば、彼女の個性は「不死身」なのだという。全身が散り散りになっても死なないから気にしないでいいよ、という言葉には戸惑ったがその反面で少しだけ安心したのも事実だ。

「とりあえずお疲れ様。わたしからアドバイスをするとすれば、君はしばらく攻撃に個性を使うことよりも防御に徹した方が良いってことかな。君の周りにいる人たちはわたしと違って君の個性なら簡単に傷つけられるし、それどころか死んでしまうからね」

伏見さんによるとわたしが入試やUSJの事件時に使ったのは自身の周辺への他者の介入への拒絶で、体育祭の時に明確な意思を持って攻撃しようとしたのは自身の周辺の分子の結合に対する拒絶だということ。言葉の意味がわからず、首を傾げれば彼女は朗らかに笑った。

「うーん、この説明でわかってくれるかは微妙なんだけど、前者の場合は君の周りに円を描いて『この中はわたしの陣地だから入らないで』っていう拒絶。一定の距離以上は近付けないし、近付こうものなら無理に形を変えられるから物質なら壊れるし、人体なら怪我をする。後者の場合は『この中にいてもいいのはわたしだけなの』っていう他者の存在そのものの拒絶って感じかな」

わかったような、わからないような。そんなわたしの気持ちを見透かしたかのように彼女は続ける。

「まあ何にせよ、体育祭で使ったような攻撃手段は学内では使わないことだね。あとは個性の範囲をコントロールする術を身につけること」
「はい。ありがとうございます」
「あと戦い方も変えた方が良いよ。できれば盾とかそういうものを持つことだ。そうすれば自分の中で個性の範囲についてイメージしやすくなるからね。じゃあね、君のこれからの活躍を期待しているよ」

ひらひらと手を振り、伏見さんは自分の椅子へと腰を下ろした。相澤先生が軽く頭を下げ、部屋を出て行くのに続いてわたしもお礼を言って彼女のもとを後にした。

「遅くまですみません。ありがとうございました」
「気にしなくていい。仕事のうちだ」
「不死身だなんて個性、存在するんですね。驚きました」
「まあな。だがあの人のことは絶対に誰にも言うなよ。この施設の外では名前はもちろん、不死身という個性があるということも口にするな」
「どうしてですか?」
「国家機密だからだよ。その理由も機密事項だから言えん。クラスのやつらからなんか聞かれたら体育祭の件でオレと補講だったとだけ言うように」

国家機密という言葉に胸がざわついた。そんな大事なことを事後報告するのはどうかと思ったが、相澤先生に口答えをしたところで仕方がないのでやめた。
雄英と書かれたバスに乗り込み、自宅へ戻った頃にはヘトヘトだった。個性を使いすぎたからなのか、気疲れしたのかはわからない。深夜2時にもかかわらず、眠ることなく待っていてくれた両親に感謝して用意されていた遅めの夕食に口を付ける。考えることはたくさんあるけれど、今はそれをするのも面倒くさい。明日は休みだし、ゆっくり眠って疲れを取ろう。