せっかくの休日は考え事をしていたらあっという間に終わってしまった。伏見さんの言葉に従ってコスチュームを改造してもらおうと思ったが、わたしの乏しい想像力ではまったく何も思いつかなかったのだ。三人寄れば文殊の知恵とのことわざに基づき、両親に相談してみたが所詮は素人。大した考えは出てこなかった。
さすがに通い慣れてきた通学路を歩きながら、クラスメイトたちのコスチュームを思うが武器らしい武器を付けている人などいた覚えがない。みんな自分の個性をきちんと把握しているんだろうな。思いつくとすれば相澤先生の捕縛布くらいだが、あれは使い方がわからない。聞いたら教えてくれるのだろうか。でもあれを装備したところで使い道が思いつかない。

「おはよう、名前ちゃん!難しい顔しとるね」
「おはようお茶子ちゃん…うん、ちょっとコスチュームについて考えてて」

教室へ足を踏み入れたわたしに最初に話しかけてきたのはお茶子ちゃんだった。続いて透ちゃんや芦戸さんが寄ってくる。

「コスチューム?」
「うん、なんか攻撃手段になるものを…」
「え、名前ちゃん、まだ火力上げるつもりなの?爆豪のことビビらせたし充分じゃん」
「苗字って意外とエグいね」
「ビビってねえわ!クソが」

透ちゃんの言葉に反応したらしい爆豪くんの怒声が芦戸さんのセリフとかぶる。わたしを振り返って青筋を浮かべる彼を見て、相澤先生から聞いた体育祭の結果を思い出し、祝福の言葉を口にする。

「爆豪くん1位でしょ?おめでとう。あと無茶な攻撃してごめんね」
「うるせえ。その話は2度とするな」
「まあまあ落ち着けって爆豪。苗字は最後まで見てねえんだから勘弁してやれよ」
「苗字、気にしなくていいよ。アイツ最後の最後に轟が炎引っ込めちゃったから拗ねてるんだよ」
「拗ねてねえわ!」

フォローに入ってくれた切島くんと芦戸さんの言葉に轟くんに目をやる。彼はわたしたちのことは気にもしていない様子だった。

「ていうか武器ってありなん?」
「爆豪も籠手つけてるしありっしょ」
「籠手は防具なんじゃないの?」
「でもあれでガッツリ緑谷のこと攻撃してたじゃん」

再び、女子4人でコスチュームについて話を進める。再確認したが個性を増幅させるという意図以外での装備をつけているクラスメイトはいなかった。確かにそれらしい装備といえば爆豪くんの籠手と青山くんのベルトくらいだろうか。

「ていうか、なんで突然そんなこと言い出したの?」
「コントロールできない個性を使うよりはマシかなと思って」
「爆豪戦で攻撃に目覚めたとか?」

芦戸さんがわたしのおでこをつつきつつ、いたずらっぽく笑う。それを見たお茶子ちゃんがただでさえ丸い目をさらに丸くした。

「あれ?名前ちゃんって普通に触れるんだ」
「本当だ。すごーい」
「え、なになに?苗字って触れない系女子?」
「普段は触れるはずだよ。ただ、突然後ろからだと個性発動しちゃって無理かも」

わたしのその言葉に透ちゃんとお茶子ちゃんが腕や頬を控えめにつつき始める。

「相澤先生みたいにナイフとか!」
「バリバリの近接戦だけどね」
「そうそう、バリバリといえばなんだけど、バリア的な個性の使い方がしたいんだよね」
「その話の繋ぎ方はダサいよ苗字」

人数が多いからだろう。話が飛び飛びになるばかりであまり進まないうちに、予鈴がなった。みんながそれぞれ自席に戻り、授業の準備をし始める。目の前に座る爆豪くんの背中を見つめながら、彼のコスチューム姿に想いを馳せる。
手榴弾のような形をしたあの籠手の攻撃力は素晴らしいものだった。自分の個性を理解して、あんな装備を入学当初から付けているなんて彼の頭の中は一体どうなっているのか。誰かに相談、なんてしてないだろうし。

「おはよう」

本鈴のチャイムと同時に教室へ入ってきた相澤先生は今日のヒーロー情報学はヒーロー名の考案だと告げた。先生の登場で一瞬にして静まり返っていた教室にどよめきが起こる。

「「「胸膨らむヤツきたああ!!」」」

色めき立った生徒をひと睨みして黙らせた相澤先生は淡々と体育祭での結果を見たプロからの指名を黒板に貼り出した。

「例年はもっとバラけるんだが…まあ、二人に注目が偏った」
「だー 白黒ついた!」
「見る目ないよねプロ」
「1位2位逆転してんじゃん」
「表彰台で拘束されてたヤツとかビビるもんな…」
「ビビってんじゃねえよプロが!!」

圧倒的すぎるほどに票数を獲得した轟くんと爆豪くん。順当といえば順当だと思う。2人の個性も、体育祭での結果もすごかったし。ただ、それよりもわたしの視線は爆豪という名前の下に書かれた苗字という文字に釘付けになった。相澤先生がさっき「まあ、」なんて歯切れの悪い言い方をしたのはきっとこのせいなのだ。表彰台に登れなかったどころか、第3種目を失格という形で退場したわたしの名前の横に1406という得票数。

「つーか苗字やばくね?」
「まさかの指名3位」
「当の本人固まってんじゃん!おーい!3位だぞ喜べー!」
「うれしいけど複雑な心境…」

上鳴くん、瀬呂くん、芦戸さんと続いた言葉に力なくそう返す。今後の職場体験についての相澤先生の言葉もあまり耳に入ってこなかった。

「はーい、じゃあそろそろ出来た人から発表してね!」

相澤先生の代わりにわたしたちのコードネームにアドバイスをくれるのはミッドナイトらしい。確かに合理性を最重視する相澤先生はこういうのは向いていなさそうだ。15分ほど考える時間を与えられ、決まった人から教壇で発表。他のクラスメイトたちがどんどんと前に出ていくなか、まったく何も思いつかず配られたホワイトボードと睨み合いを続けていた。

「名前ちゃん、まだ一回も出てなくない?大丈夫?」

こそっと声をかけてきたのはつい先ほど「インビジブルガール」というコードネームでオッケーをもらった透ちゃん。真っ白なままのホワイトボードを見せて首を振る。

「じゃあさ、名前ちゃんさえよければおそろいにしようよ」
「おそろい?ヒーロー名だよ?さっきよく考えろってミッドナイト先生が…」
「全く一緒ってわけじゃなくて、名前ちゃんの個性の拒絶を英語にしてリジェクトガールとか」
「うわぁ、それっぽい!」
「あら苗字さん、決まったのかしら?」

思ったよりも大きな声で話し合っていたらしい。わたしの声にミッドナイトが反応する。慌ててホワイトボードに透ちゃん発案の通りに「リジェクトガール」と走り書きをして、教壇で発表する。

「うん、いいんじゃない?じゃああとは再考の爆豪くんと…飯田くんと緑谷くんね」

あっさりとした評価に、ほっと胸をなでおろす。透ちゃんに向かってピースを作り、自席へ戻った。授業が終わる頃には爆豪くん以外の生徒のヒーロー名が決まった。何パターンか発表したのに全て却下された爆豪くんはとても不服そうだったけれど、どれも爆豪くんらしくてわたしは笑ってしまうのだった。爆殺王も爆殺卿もヒーローというよりは敵だよ、爆豪くん。