お昼休み。みんなと食堂でご飯を食べた後、パワーローダーのいる開発場へと向かい、コスチュームの改変について尋ねようと思っていたのだが思わぬ邪魔が入ってしまった。教室の少し手前で相澤先生と目が合い、何か嫌な予感がしたのだがわたしの第六感というやつは意外と侮れないらしい。

「悪い、苗字。このファイル、クラスのやつらに配っといてくれ。授業の最後に伝えた職場体験先のリストと希望調査票だ。指名があるやつにはスカウトリストも入ってる」

返事も聞かず、相澤先生は持っていたファイルをわたしの両手に押し付け去っていった。昼休みはまだ残ってはいるが明らかに個人情報らしきファイルを人数分持ったまま校内をうろつくことには抵抗がある。別に、コスチュームについて何か案があるわけでもないし今日のところはパワーローダーと会うのは諦めるか。ため息を一つ吐いて、ずっしりとした重みのファイルを持ち直す。
A組の教室は珍しく誰もおらず、静まり返っていた。食堂でだいたいのクラスメイトは見かけたし、まだ戻ってきていないのだろう。21枚のファイルの中から自分の名前が書かれたものを探し、中を確認する。

「…うわ、分厚い」
「なんだそれ」
「あ、轟くん。相澤先生から預かったの。職場体験先のリストと希望調査票だって。轟くんの分は…これだね、はいどうぞ」

ついさっきまで誰もいなかったはずなのに。気配なく近づいてきた彼に少し面食らいながらも、わたしのものよりも重たいファイルを轟くんに手渡す。轟くんはその場でファイルを開き、書かれている文字を目でなぞってすぐにあからさまに嫌そうな顔をした。

「どうしたの?」
「クソ親父のとこの事務所がある」
「家族でも職場体験先としてオッケーなんだね。なんか意外だ」
「……確かにそうだな」

しかめっ面から無表情に戻った彼はぽつりと呟いた。そしてわたしの顔と手に持ったファイルとをまじまじと見つめる。

「おまえのとこにも来てんじゃねえか」
「そうみたい」
「行くのか?」

轟くんの質問にすぐに答えることはできなかった。困ったように笑って首を傾げる。パラパラとめくって分かったが、名の知れたヒーロー事務所から順にファイリングしてある。非合理的なことを嫌う相澤先生らしい。だからこそ、轟くんも1番に目にしたのがお父さんであるエンデヴァーの事務所の名前だったのだろうけど。ヒーローランキング1位であるオールマイトは雄英高校の教師をしている。だからランキング2位であるエンデヴァーからの指名を得ることは、実質的に最も有名な事務所で経験を積むことができるということ。

「わたし、体育祭であまり良いところ見せられなかったしちょっと自信なくて」
「そんなこと言ったら俺も最後の最後で気が抜けちまったし、気にしすぎるのは良くねえと思う」
「…ありがとう。轟くんはエンデヴァーの所にするの?」
「アイツの思惑通りに動くのはいけ好かねえが、多分そうする」
「轟くんがいると心強いかもしれないね」
「おー!珍しい組み合わせじゃん。どしたん?」

わたしの言葉に轟くんは首を傾げ、何か言おうとしたようだったが、ガラガラと扉を開けて入ってきた上鳴くんを見て開きかけた口を閉じてしまった。続々と教室へ戻ってくるクラスメイトたちにそれぞれのファイルを配るため、わたしも席を立つ。

「これ、さっき相澤先生が言ってた職場体験先のリスト。スカウトある人はそれもあるって。はい、切島くん」
「おー!!サンキュー苗字」
「おまえ相澤先生のパシリだな」
「…上鳴くんはリストいらないみたいだね」
「ちょい待ち!ごめんて」

わいわいと騒ぎつつもほとんどのファイルを配り終え、ホッと息を吐く。こういう時のために学級委員がいるのではないか、と途中からは飯田くんと八百万さんが手伝ってくれたので思ったよりも早く片付いた。

「どこにしようかな」

エンデヴァーの事務所が1番良いに決まっている。それでも安易にそこに決めていいものなのだろうか。自分の席に戻り、ぱらぱらとリストをめくりながら小さく呻いた。

「ねえねえ爆豪くんはもう決めたの?」
「悩む必要ねえだろ」

前の席で切島くんと話していた爆豪くんはチラリとわたしを振り返り、そう言い放った。そんな爆豪くんを切島くんは「潔いなぁ」なんて笑っている。爆豪くんと違ってわたしはそんなにすぐには決められないのだ。将来を左右するかもしれないこの大きな選択をスパッと決める潔さはない。
だからといって仲の良い子と一緒だから、なんて理由で決めるわけにもいかないから悩ましい。1つの事務所からのスカウトは2名までらしいから着いてみたらB組がいることもある、と相澤先生は言っていた。

「つーか先生も言ってただろ。仲良しこよしじゃねえんだ。自分で考えろって」
「おっしゃるとおりです」

鋭く光る赤色の瞳に射抜かれたような気分になる。それでも決断には至らなかった。せめて、明日までには決めよう。相澤先生に相談してみようかな。時間の無駄だと取り合ってもらえないだろうか。眉間にぎゅっとシワを寄せた我らが担任の顔を思い浮かべながら、ファイルをカバンへとしまいこんだ。