結局、自分の意思ではっきりと職場体験先を決めることはできなかった。それでも、時間は刻一刻と過ぎていく。エンデヴァーヒーロー事務所と書かれたわたしの志望用紙を見て相澤先生は「だろうな」と短く呟いた。あれは何だったのだろうかと疑問ではあったが、深く考えたところでわたしなんかに先生の真意がわかるはずはない。

「苗字もアイツのとこにしたんだな」
「うん、恐れ多いなって思うんだけど、でもせっかくのチャンスを棒に振りたくないし」
「まあ、オールマイトが教師やってる以上はアイツのとこが一番だもんな」

コスチュームの入ったスーツケースは学校で手にする時よりもずっしりと重たい気がした。轟くんと一緒にエンデヴァーの事務所へ向かいながら、ぽつりぽつりと話をする。幸か不幸か、あまり接点がなく、そんなに話をしたことがなかったから話題が盛り上がることもなかったが、尽きることはなかった。
轟くんを見ると、どうしても体育祭の日のことを思い出してしまう。出久くんを捕まえて自分の生い立ちを語っていたあの寂しそうな顔のことを。不可抗力で聞こえてしまったのだけれど、あえてそれをわたしから口にするのは違うだろうし、きっと知らないフリをした方がいいのだ。正直、轟くんが毛嫌いしていたエンデヴァーの事務所を職場体験先に選んだことに少し驚いた。やっぱり有名なところに行くべきだというのは雄英生として間違っていない選択だったのだろうか。

「あ、それにしてもあのリストすごかったよね。わざわざ知名度順に並べてあってさ」
「…知名度順?」

少しの沈黙の後に、轟くんは首を傾げた。リストを思い返しているのだろうか。

「うん、おかげでエンデヴァーさんの事務所が真っ先に目に入ってきて」
「そうなのか?オレのはアイウエオ順だった」
「そうなんだ…?気のせいかな」

出久くんのようにヒーロー情勢にとても詳しいわけではない。それでもヒーローランキング程度なら知っている。勝手に知名度順だと思い込んだだけ、というにはあまりに不自然に並んでいた。それこそ、絶対にアイウエオ順ではなかったのだから。

「気を悪くしてほしくねえんだが、苗字って相澤先生となんかあんのか?」
「なんか…?なんかとは?」
「…隠し子?」
「かっ…」

隠し子。どこかでも聞いた言葉だ。轟くんは出久くんにもそう尋ねていた。あまりに突拍子のない発言にわたしが口ごもっていると、それをどうとったのか「いや、無理にはいわなくていいんだ」なんて納得しそうになっているし。

「違う!違うよ」
「別に言いふらしたりはしねえ」
「いやいや、本当に違うからね!なんでそんなことを…」
「USJの時のバスとか体育祭の補講とか、それこそ職場体験先リストも。先生らしくねえ」
「わ、わたしがダメダメだから厳しくされてるだけだと思うよ」

USJ襲撃の前日の事件も、体育祭の翌日の補講も周りから見れば確かに怪しいかもしれない。そのうえリストまで自分だけ特別だったとなると尚更だ。わたしが轟くん側だったら、きっと同じように不審に思うだろう。リストに関してはまだわたしと轟くんのものしか比較対象はないが、それでもわたし以外の全員がアイウエオ順であるような気がして首を傾げた。けれど、もしそうなのだとしたら先生は一体どんな意図でそんなことをしたのだろう。

「苗字はどちらかといえば優秀な方だろ」
「あ、ありがとう…」
「個性も強えし、筆記も悪くねえ。実技もやりすぎる時はあるが大抵はうまくこなしてる。相澤先生は贔屓なんかしねえと思うから、ずっと気にはなってた」
「でも、本当に相澤先生の隠し子ではないからね。職場体験終わったら両親の写真でも持ってこようか?!そっくりだから…」

そこまでまくし立てて、ハッとする。しまった。轟くんに両親の話は禁句だっただろうか。

「いや、違うならいい」
「あ、えっと…」
「何だ?」
「と、轟くんはお父さん似ではなさそうだよね。エンデヴァーさんも渋くてカッコイイけどちょっと雰囲気が違うな〜と」

ダメだ。誤魔化し方が下手すぎる。自分のことをつっこまれないようにと思えば思うほど、轟くんの地雷を踏み抜いている気がする。サァッと血の気が引くのを感じながら、轟くんの顔を下から覗き込むが特に表情が変わった様子はない。

「そうかもしんねえな」
「…きっと、お母さんも綺麗な方なんだろうね」
「ああ」

わたしの言葉に、轟くんは微かに笑みを作った。その表情があまりに意外で思わず食い入るように見つめてしまう。

「…なんだ?」
「ううん、やっぱり轟くんが笑うと絵になるなあと思って」

個性のこともあって、どことなく冷たいイメージのある轟くんだけれどあんなに優しい顔をして笑うんだなあ、なんて。ほんの一瞬だけ見えた轟くんの笑顔にちょっと得をした気分だ。職場体験初日、わたしの中に緊張感というものはあまり存在していなかった。