「初めまして、苗字名前です。ご指名いただき光栄です。よろしくお願いします」
「うむ、よろしく」

さっきまでの穏やかな表情はどこへやら。轟くんは見事な仏頂面になってしまい、エンデヴァーさんと会話をする様子は微塵もなかった。エンデヴァーさんはそんな轟くんに慣れたように話しかけ続けているが、見ているこっちがハラハラしてしまう。

「今日は雰囲気を感じてもらう程度でいい。周辺のパトロールをするからオレの後をついてきてくれ」
「パトロール…!」
「だが、念のためにまず個性の話を聞かせてくれるか?体育祭でチラリとは見たが君自身から聞いておいた方がいいだろう」
「は、はい!わたしの個性は"拒絶"です。まだ未熟なので使いこなせてはいないのですが、他者の介入への拒絶と周辺の分子結合への拒絶との2パターンあります。ただ、分子結合への拒絶に関してはまだ探り探りの状態なので相澤先生のいないところでの使用許可が下りていないんです」

自分でも理解しきれていない個性についてまくし立てる。ほとんどが先日の伏見さんからの説明の受け売りだったが、エンデヴァーさんはたったそれだけの説明に満足気に頷いた。

「ほお、やはり良い個性だ」
「あ、ありがとうございます」
「個性、個性ってうるせえな。何のために苗字のこと指名したんだよ」

顎を撫でながらわたしに対する賞賛の言葉を口にしたエンデヴァーさんに、事務所についてから無言を貫いていた轟くんが噛み付いた。察しはついていたが、あまり親子仲は良くないようだ。ちょっとだけ、気まずい。わたしはどういうスタンスでいればいいのだろう。

「いや、なかなかに珍しい個性だ。純粋に興味があってな」
「…興味?なんだよそれ」
「将来有望なヒーローの卵に唾をつけておこうというのは誰しも思うはずのことだ」
「はっ、どうだかな」
「と、轟くん、」

思わず呼びかけてしまったが、なんと言えばいいのかはわからずそのまま口ごもる。こんなとき、どんな言葉をかければいいんだろう。わたしは褒められて嬉しいというのは本心だけれど、そんなことを言っても仕方ないのだ。だからといって轟くんの肩を持ってエンデヴァーさんに一緒に噛み付くのもおかしな話。あたふたとするわたしを一瞥し、エンデヴァーさんは何事もなかったかのようにこう言った。

「まあいい。初日のパトロールから焦凍や苗字くんが個性を使うことがない方がいいんだからな」

会話はそこで切り上げられた。空き部屋へ案内され、荷物の整理や着替えはここでするようにと指示を受ける。トランクを開き、コスチュームへ着替えながらつい先ほどの2人の様子を思い浮かべて頭を抱えた。たった数日のことだけれど、わたしはうまくやっていけるだろうか。変に轟くんとエンデヴァーさんの間のしがらみのことを知っているだけに、どこかでおかしなことを言ってしまいそうで怖かった。

「すみません、お待たせしました」

着替え終わり、部屋から出ると2人が同時に振り向いた。似ていると言われればそんな気もする。親子と言われて驚くほどではないな。ああ、だめだ。思考がどうしても2人のことばかりに偏っていることに気づき、ブンブンと頭を振る。もっと職場体験に集中しなくちゃ。

「では、行こう」









パトロールはあっけにとられるほどつつがなく終わった。わたしは迷子の道案内をした程度だし、エンデヴァーさんに至っては本当にただそのあたりを散歩していただけと言われても納得するくらいだ。意外と何にも起こらないものだ。

「つまらないと思ったか?」
「えっ、いえ、でも…拍子抜けしたのは事実です」
「そんなに毎日オレが出ないといけないような事件が起きていたら世も末だ」
「確かに、そうですね。なんだか、気を張りすぎていたので…」
「まぁ、確かに。肩に力が入ってんな」

轟くんにそう言われて、力なく笑う。どうしてもヒーローというものへのイメージが強くて力んでしまうのだ。エンデヴァーさんの言う通り、何も起こらないことが一番だけれど。

「今日は事務所の側を回るだけだったが、明日以降は保須市の方へ出向くつもりだ」
「保須、市…」

その言葉に、脳裏に浮かぶのはわたしにヒーローとしての軸を教えてくれた飯田くんの顔。"雄英生にふさわしい行動を"と言って笑う彼はここ最近あまり元気がないようだった。保須市では彼の兄であるインゲニウムがヒーロー殺しに襲撃される事件があったばかり。何となく、嫌な予感がした。

「ここ数日は何もなかったようだが、用心するに越したことはない。少し気にかかることがあるんでな。保須にホテルをとらせてあるから、このまま移動しよう」
「は、はい!」

第六感を鍛えたつもりはないのだけれど。最近、嫌な予感とやらが的中するばかりで嫌になる。何事もなく、職場体験が終わりますようにと願うわたしの気持ちをあざ笑うかのように、敵はすぐ傍に潜んでいたのだった。