「今までの傾向からしてヤツはまた保須に現れるだろう」

保須に来たのは巷で噂のヒーロー殺しを追うためだということを知って、まず恐怖を感じたわたしはヒーロー志望としてどうなのだろうか。明らかに顔を曇らせたであろうわたしとは対照的に轟くんの表情は特に変わらなかった。
出来ればエンデヴァーさんの推測が外れてくれればいいなと思いながら市中のパトロールに同行していたが、事件らしい事件は起きず、毎日ホテルに帰る時にはホッと胸を撫で下ろしていた。テレビを見ていても毎日事件があるわけでもないのだからたまたまわたしが職場体験をしている時に大事件が起こるはずなんてないか。現状としては轟くんと2人、エンデヴァーさんの後をついて保須市を散策しているだけだ。

「そう簡単には見つからんか…」

エンデヴァーさんが顎髭に触れ、そう呟いた瞬間のこと。かなり近くからドーンという大きな衝突音、そして悲鳴が聞こえてきた。音の方からはもくもくと煙が上がっている。この町に異常が起きたことは明確だった。嫌な感じ。胸の中にじわじわと広がっていく落ち着かない感情を押しつぶすようにギュッと拳を握る。

「行くぞ」

飛び出したエンデヴァーさんの後をついていくので精一杯だった。そのうえ、少しずつエンデヴァーさんの背中は小さくなっていく。実力不足を改めて痛感するが、今は落ち込んでいる場合ではない。荒れた街の中、燃え盛る彼の背中を追いかけて騒ぎの中心に近づく程に不穏な空気が色濃く立ち込めていく。

「あれって…」

見覚えのある異形の姿に背筋を冷たい汗が伝う。体育祭の時とは違うが、あれはきっと脳無だ。エンデヴァーさんに声をかけようとしたその瞬間、ポケットの中のスマホが震えたことに気付く。こんな時にスマホを見ていたら怒られてしまう。そうわかってはいたけれど、ポケットからスマホを取り出し差出人の名前を見た瞬間に指が勝手に動いた。

「…轟くん!!」

出久くんからクラス全員に一斉送信された位置情報。誤送信で済ませるにはあまりに私たちのいる場所と近過ぎる。轟くんもそれに気付いたように踵を返す。

「どこ行くんだ焦凍ォ!」

今受け取ったばかりのアドレスをエンデヴァーさんに伝え、友だちがピンチかもしれないという言葉とともに轟くんは駆け出した。それに続こうとしたわたしの目の前に炎の壁が立ち昇る。

「苗字くん、君はここでうちのサイドキックとともに避難誘導を!悪いが君を1人で行動させるわけにはいかん」
「……でも、」
「目の前にも助けを求めている人々がいる。焦凍の言っていた細道へは他のプロヒーローに応援要請を出す。同じことは2度は言わんぞ」
「…はい。すみませんでした」

わたしは本当に成長していないとそのとき痛感してしまった。自分の力を過信して窘められたのはこれで2度目だ。以前もこうして脳無を前にした時だった。オールマイトよりも厳しいエンデヴァーさんの言葉が胸に突き刺さる。
そうだ。目の前の人さえも救えず何がヒーローだ。出久くんのみに何が起こったのかはわからないけれど、今わたしの目の前でこの人たちは敵の脅威に晒されている。出久くんのもとへは轟くんが向かったのだから大丈夫。

「賢明な判断だ」

その言葉が皮肉めいて聞こえたのはわたしがひねくれているせいだ。見知らぬ年配ヒーローと一緒になって脳無と戦うエンデヴァーさんを横目で見ながら逃げ遅れた一般人がいないかに気を配る。この騒ぎだ。野次馬もほぼおらず、人影は見当たらない。見境なしに人を襲っていた脳無も黄色いヒーロースーツを身に纏ったおじいさんによって道路へ沈んだ。
たった数分のことだ。それでもとても長い時間のように感じられる。今、自分の目の前で起こっていることが現実離れしすぎていて理解が追いつかない。3年間、学校で学んだからといってこんな事件に対応できるようになるのだろうか。そもそもわたしはヒーローになってどうしたいんだ。自分が誰かのことを助けることができるなら、それは嬉しいことだけど。

「ここは片付いたな。…苗字くん、このご老人を焦凍のもとへ案内してくれるか」

考え込んでいたわたしにエンデヴァーさんがそう言ってくれたのはきっと優しさだ。他のプロヒーローも何人か連れて走るおじいさんヒーローの後を追いながら頬を叩く。無駄なことを考えるのはやめだ。そんなことはいつでもできる。今は目の前のことに集中しよう。