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雄英高校からの手紙が届いた日のことは記憶に新しい。母がポストから持ち帰ってきたはいいものの、もし悪い結果だったら自分一人では受け止められないからと父が帰ってくるまで肌身離さず持っていたため、わたしは生殺しの時間を10時間ほど過ごすことになった。父から帰宅すると連絡を受けた母は玄関で直立不動で立ち尽くしていて、わたしに恐怖を植え付けた。なにを話しかけても上の空の状態で「お父さんが帰ってきたらみんなで見ましょう」と繰り返すだけでまったく会話が成立しないことはその恐怖心を煽るのに充分すぎたので、一旦わたしは母を置いてリビングへと戻った。
まだかまだかと待ち構えていれば、玄関で錠が回る音がした。母はおかえりと言ったそのままの勢いで封を開けようとしている。「え、なに?どうした?」と混乱した様子の父と「待って!お母さんわたしに見せて!」とリビングから飛び出して来て半狂乱のわたしの言葉は母には届いていないようだった。あのときの母の険しい顔をわたしはしばらく忘れることができないと思う。

「苗字名前さん、こんにちは。雄英高校の校長です。さて、君に嬉しい報告をしてあげなくちゃね」その言葉とともに空間に投影されたあの映像を思い出すたび、身震いしてしまう。校長の明るいトーンでの「合格だよ!」の一言がどんなにうれしかったことだろう。本当に嬉しいとまったく声が出なくなるなんて、知らなかった。大きく口は開いたけれど、言葉が出てこない。両手を口に当てて喜びを噛み締めていると、母に思い切り抱きしめられた。父はそんなわたしと母の肩にやさしく手を置き、微笑んでいる。
3人揃って、玄関に立ち尽くしたまま結果発表の続きに耳を傾ける。筆記試験は8割ほどの得点率でクリア、実技試験は敵ポイント49、救出ポイント15の合計64ポイントで通過したらしい。加点はありがたいが、15ポイント分も誰をどうやって救けたのかまったくわからない。まさかの合格という衝撃で頭もうまくまわらないこともあって、深く考えるのはやめた。合格は合格だ!


「よかった!名前ちゃん合格おめでとう!お母さんも嬉しい!信じてたわ」
「…あ、ありがとう。でも絶対信じてなかったよね」
「がんばったな名前!明日お祝いしような!ケーキ買って来るから!」







合格が決まってからも忙しかった。入学手続きに必要な書類を集めたり、コスチュームのデザインを考えたり、今まで以上に体力作りに励んだり、春休みはあっという間に過ぎ去ってしまった。それでも、どこかワクワクした気持ちがあるのはこんなわたしでもヒーローになれるかもしれないという希望が持てたから。むずむずする口元を片手で隠し、もう一方の手で通学かばんをぎゅっと握る。今日は記念すべき雄英高校の入学式だ。
そういえば、あの爆発くんは合格したんだろうか?実技試験に関してはおそらくなんの心配もいらないはずだけれど――数日前に出会った路地裏でのことを思い返す。お世辞にも筆記試験が好成績には思えないタイプだった。それからその隣に座っていた緑色の縮れ毛の男の子も!自ら海浜公園の清掃活動をしていたことにお礼が言いたかったのに、実技試験の会場が違ったようで会えずじまいだった。彼に関してはまったくの未知数だが、褒められるわけでもないのにあの広い海岸を一人で掃除するような奉仕の心があるのだからヒーローにふさわしい気がしていた。
ヒーローの素質といえば、切島くんもだ。よろしく、と人懐っこい爽やかな笑みを浮かべた彼。わたしでさえ救出ポイントが15ポイントもあるのだから、彼はきっともっとたくさんの救出ポイントを獲得しているはずだ。

ずんずんと校舎へ入り、1-Aと大きく書かれた扉の前に立つ。中からは誰かの声が聞こえてきている。少し早めに来たつもりだったけれど、一番乗りにはなれなかったみたい。すぅ、と息を吸い込んでからその扉に手を掛ける。

「おはよー…あ!」
「おー!おはよう苗字」

ついさきほど、頭に浮かんでいた切島くんがクラスの中心から返事をくれた。クラスメイト数人とまとまって話をしている。見知った人がいることにほっとして、周りを見れば入試の時に見かけた顔がちらほらと目に入る。

「あ!爆発くんだ」
「…アァ?」
「このあいだも会ったよね。おはよう。わたし苗字名前、よろしくね」
「興味ねぇ」

撃沈した。もう知り合いだと思って親しげに挨拶したら氷点下の冷たさで対応され、ハハハと乾いた声が出る。会話を続けるのはなかなかに難しそうだ。黒板に貼られた席順によるとわたしの机は彼のすぐ後ろ。数回話をしただけだからこんな調子だけれど、このあいだは友人連れだったし一匹オオカミっていうわけでもなさそうだからそのうち仲良くなれるよね…。ワクワクした気持ちが多少しぼむのを感じながらわたしは自席に腰を下ろした。