04

入学当日。入学式で校長先生のありがたいお話を聞いたり、自己紹介をしたり、そういうものを思い浮かべていたわたしは未だにこの状況を信じられずにいる。なぜ登校初日からジャージを着てるんだ…?
1-Aの担任だと名乗ったのは目の下にクマがあり、無精ひげを生やした髪の毛のボサボサな相澤先生。その口から淡々とわたしたちはヒーローになるために雄英高校へ入ったのだから、そのへんの普通の学生さんと同じような浮ついた気持ちでは困るということを説明され、クラスみんなで個性使用許可を得たうえで、個性把握テストと言う名の体力テストが始まった。そのうえ、最下位は除籍処分だなんて言われたものだから気持ちが沈む。除籍って…なに。入学当日に退学するの?かなりしんどい。両親になんと説明すればいいんだ。
すみません、と声を出し「なんだ」という返事を聞いてからおずおずと疑問を投げかける。

「相澤先生、除籍って本当ですか…?先生にそんな権限があるんでしょうか?」
「苗字、同じことを2度言わせるな。今年はひとクラスあたり20名のはずがA組はなぜか21名いるし、ちょうどいい」
「ちょ、ちょうどいい…」

バッサリと切り捨てられてしまった。合格者数を相澤先生の独断で減らすことができるのだろうか。クラスの雰囲気は少し固くなったが、それ以上相澤先生に意見する生徒は出なかった。みんなそれぞれの個性をどう使うかを考えているようだ。チラ、とさきほどソフトボール投げで705.2mという驚異的な記録を出した彼に目をやる。彼の名前は爆豪勝己くんというらしい。教室から出るときに座席表で確認した。爆豪くんは相澤先生の言葉など聞こえていないかのように涼しい顔をしている。


「どうしようかな」
「名前ちゃんも悩んでる?わたしもどうしよっかな〜。透明だからってソフトボール投げじゃ結果出せないかも」
「でも…何か一つでも良い記録出せば最下位は免れるかも?」

宙に浮かんだジャージと話をしているようで慣れないが、彼女は透明人間になれるという葉隠透ちゃん。わたしもあまり人のことは言えないが、透ちゃんも今回のテストで良い結果が出せる個性ではなさそうな気がする。麗日さんがソフトボール投げ無限という圧倒的な記録を叩き出したり、飯田くんが50mを3秒台で走ったり(走るというかもはや飛んだり)しているのを見て、ふと思いついた。わたしが記録を残せるとしたら、きっと立ち幅跳び!
残すところあと3種目になったあたりで、ぼーっとクラスメイトたちを見つめていれば後ろからそこそこ強めに肩を叩かれた。あれ、なんで?久しぶりに感じた"強めに"という感触に驚きつつ振り向くと相澤先生と目があった。

「な、何でしょうか…」
「苗字、おまえ最初に突っかかってきたわりにどれも平均の枠を出てねえぞ。常に個性使ってるみたいだが記録を伸ばすためじゃないんだろ?やる気がないなら順位が出る前に除籍にしてやろうか」
「先生、突っかかったわけじゃありません…。そ、それに気が早いですよ!そんなの合理的じゃありません!わたし、次の種目だけは絶対1位になる自信あります」
「ほお。それならちゃんと順番どおり並んどくんだったな。おまえの番だよ」

相澤先生は親指でグイッと立ち幅跳びのスタートラインを指し示す。ああ、それで呼びにきてくれたのか。わたしは白線のすぐ前に立ち、助走もなく、ただ跳んだ。相澤先生は訝しげな表情をしていたが、わたしが2mほど先の地点に着地しかけた瞬間に個性を使ったことに気づくと少しだけ目を見開いた。
立ち幅跳びは、跳んでから地に着いた足跡、もしくは手跡だったりお尻の跡だったりまでの記録を測るのだから地面に身体をつけなければ良い。個性把握テストが始まってしばらくして気付いたから、少しは気が楽だった。たぶん、わたしは最下位にはならないと思う。あとの種目はパッとしなかったけど、さっき相澤先生が平均値と言っていた。枠を出ないということはあくまで平均。悪くはないということ。

「苗字、もういい戻ってこい。測定不可だな」

そんななかで、一種目ほかを抜きん出ていればもう除籍の心配もないだろう。これ見よがしに喜んでいると、先に跳び終わっていた透ちゃんから声を掛けられた。

「名前ちゃん憎いねぇ!自信なさげにしてたけど、すっごい個性持ってるじゃん!」

えへへ、と笑ってはみたが成績としては平均よりやや上位といったところだろうか。どの種目でも優秀な成績を残すことができればいいのだけれど、人生は流石にそんなに甘くない。

全種目測定が終わり、順位が発表された。9位に苗字名前という文字を見つけて、こっそりと心の中でガッツポーズを作る。ちなみに最下位になったのは指を犠牲にしつつもソフトボール投げで爆豪くんと同様に705.3mという超記録を叩き出した緑谷くんだった。ソフトボール投げ以降、良い記録がなかったから想定通りといえば想定通り。真っ青な顔をした彼に、あとでなんと声を掛ければいいのかと悩みそうになったその時、相澤先生はテスト開始時となんら変わらないテンションでわたしたちに「あれは嘘だ」と告げた。
トップの八百万さんなどは最初から信じていなかったらしいが、わたしを含めクラスの大多数は相澤先生が言うところの「合理的虚偽」というやつを信じ込んでいた。緑谷くんに至っては泣きそうな顔をしている。教師が吐く嘘としてはかなりタチが悪い。

「よ、よかった〜」
「本当によかったね!緑谷くん!」
「えっ、あ、う、うん!えっと、君は…」
「わたし苗字名前!入試の日に見かけてから気になってたんだよね!海浜公…」
「おい緑谷」

思わず話しかけてしまったが、途中で緑谷くんは相澤先生に呼ばれて保健室へ行くよう促されていた。緑谷くんが保健室の方に向かいながらチラチラとこちらを見ているのが気になったけれど、また話す機会はあるだろうと彼に大きく手を振った。

「残ったおまえたちは早く教室へ戻れよ」

そう言い残して去っていく相澤先生を見送った後に透ちゃんから「意外と良い性格してるね」と言われたのが、ちょっと腑に落ちない。なんにせよ、わたしたちの怒涛の入学初日は大きなトラブルもなく終わりそうだ。