05

「あ、爆豪くん!」

金色に輝く髪の毛を見つけて呼び掛けたわたしの言葉が聞こえていないのか、爆豪くんは振り向くことなくスタスタと歩いていく。ここ何回かのやり取りで気づいたけれど、彼は結構クールだ。

「爆豪くん!この間会ったのってお家の近く?わたしもあの辺に住んでるんだ。一緒に帰ろうよ」
「ウゼェ」
「辛辣だね。それにしても今日のテストすごかったね!特訓とかしてたの?」
「テメェに関係あんのか」

取り付く島もないとはこのことか。彼はこちらを見ることもなく、食い気味に返事をくれる。うーん、この様子だとこんなに格好いいのにモテないだろうな。ヒーローとしての人気も出るかどうかあやしいところだ。
早歩きで声を掛けつつ付いていくが、爆豪くんはわたしに歩幅を合わせるつもりがないどころか、むしろ撒こうとしているらしい。どんどん速くなるスピードに思わず苦笑する。そこまでして付いていく必要もないだろうし、同じクラスだからそのうち仲良くなれるだろう。

「あ!……爆豪くんまたね」

信号が点滅しているにもかかわらず、歩みを止めない爆豪くんに別れを告げ、立ち止まる。大きく手を振ってはみたが、もちろん反応はなかった。
うーん、せっかく席も近いから仲良くなっておきたかったんだけどな。どうやって距離を近付けるべきだろうか。

「あ、えっと、あの!苗字さん!」

大きな声で名前を呼ばれ、振り向けば緑谷くんが立っていた。

「緑谷くん!指は大丈夫なの?」
「あ、うん。リカバリーガールに診てもらったから大丈夫、なんだけど…あのさ」
「それならよかった!」
「えっと、それは置いといて、体力テストの時のことなんだけど…」

もごもごと口ごもる緑谷くんに首を傾げる。体力テストの時に何かおかしなことがあっただろうか?何も言わず、緑谷くんから言葉が出てくるのを待つが彼は自分の靴を見つめながらブツブツと呟いているだけでなかなか会話が始まりそうにない。

「そういえば緑谷くんって名前なんていうの?」
「…えっ?」
「爆豪くんはデクって呼んでたけど、本名じゃないでしょ?今日自己紹介の時間もなかったし、何ていう名前なのかな〜と思って」
「あ、うん。あれはかっちゃんが付けたあだ名で…。出るに久しいって書いて、出久っていうんだ」
「そっか!それを音読みしてデクって呼ばれてるんだ。お互いあだ名で呼んでるなんて仲が良いんだね」
「いやっ!仲が良いっていうか、幼馴染だから!そ、それにデクっていうのも蔑称みたいな感じで…」

緑谷くんの表情は青くなったり、赤くなったり、コロコロと変わって面白い。しかめっ面ばかりの爆豪くんにも見習ってほしいものだ。

「じゃあ出久くんって呼んでもいいかな?入試の日に見かけてからずっと、気になってたんだ」
「あ、うん!もちろん!…き、気になってたって?」
「だって、人生が決まる高校入試の日にわざわざ砂浜で奉仕活動してたでしょ?大講堂で出久くんを見てすごくびっくりしたの。ヒーローになろうと思う人って、やっぱり心がけからして違うんだなって」

わたしは出久くんのことを褒めたつもりだったけれど、彼の顔からはサァッと血の気が引いたようだった。再びブツブツと呟きながらその場をぐるぐると回りだした出久くんは、しばらくしてわたしに頭を下げた。

「そのことなんだけど!黙っててもらえないかな?!」
「えっ、でも悪いことしてたわけじゃないのに…」
「体力テストの時にも言ってくれようとしたよね?ありがとう。見てくれてたのは嬉しいんだけど、あれは褒めてもらおうと思ってやったわけじゃなくて、体を鍛えてただけだからクラスのみんなにバレちゃうと恥ずかしいっていうか…」
「と、とりあえず頭上げて!言い触らしたりしない!約束するね」

わたしの言葉に彼は心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。そんな姿を見て、つくづく素晴らしい人だと思った。滅私奉公がヒーローの第一歩だとはよく言われているけど、少しの見返りも求めない彼が眩しい。わたしは褒められたいし、認められたいし、感謝もされたい。
多少の善行ならばそこまで思わないだろう。でも出久くんがやったことは"多少"なんて言葉で済まされることではない。何年もかけてじわじわと汚れていった水平線をたった一人で取り戻したのだから、もっと胸を張ればいいのに。

「本当はわたし、入試の当日まで雄英に入るか悩んでたんだ。でも、あの日、目が覚めた時に真っ平らになったあの水平線を見て吹っ切れたの。どこかで見てくれる人のために働ける人になろうと思って」

複雑そうな顔をしている彼の手を取り、ぎゅっと握る。

「一人であんなことができるなんて、本当にすごいね」
「……えっ、一人?!」
「あれ、違った?出久くんしかいなかったよね」
「う、うん!そう!そうだよ!一人で秘密の特訓してたんだ!だから余計に恥ずかしくて!」

食い気味に返事をくれた出久くんに思わず笑ってしまう。そんなわたしにつられてか、彼も笑みをこぼし、そして重なった手を見つめて顔をボンッと赤くした。パッと手を離し、バツが悪くなりへらりと笑う。そんなに照れられるとわたしも恥ずかしくなってしまう。

「あ!ごめんね、衝動的につい…」
「う、ううん…苗字さん、あの辺りに住んでるんだね」
「そうなの。電車も一緒だね!それにしても入学式がないとは思わなかったから今日疲れちゃったな〜」

一緒に駅まで歩きながら、たわいもない話をする。わたしが求めていたのはクラスメイトとのこういう時間だ。まだ緊張はしてるみたいだけど、出久くんとは仲良くなれそうでホッとした。爆豪くんが特殊なだけで、ヒーロー科は切島くんや透ちゃんをはじめ社交的な面々が揃っている。
相澤先生について教えてもらったり、リカバリーガールの治療について話したり、時にはお互いの個性について喋ったり。話し相手が一緒だとこんなに帰り道があっという間なのかと思いつつ、最寄りの駅で出久くんに大きく手を振った。爆豪くんの時とは違って、出久くんは頬を染めながら手を振り返してくれた。