06

「わーたーしーがー!普通にドアから来たー!!」

オールマイトの登場に教室が湧いた。午前中の一般教養の授業では無かった活気に思わず笑ってしまう。
しかしながら、実際にナンバーワンヒーローであるオールマイトをこんなに近くで見ることができるなんて。雄英高校に入ってよかった、と改めて感じた。

初めてのヒーロー基礎学はまずコスチュームに着替えることから始まった。それぞれコスチュームが入ったケースを持ち、ウキウキしながら更衣室へ向かう。

「なんかドキドキするね!」
「うん!みんなが思ったより本格的なコスチュームでびっくりしたよ〜」

隣で着替えていた麗日さんに話しかけられ、コスチュームに腕を通しながら答える。麗日さんのコスチュームは宇宙服をイメージしているのだろうか。ピンクを基調としたかわいらしいものだ。対してわたしはベースはダークグレーのパンツスーツ。ヒーローといえば顔を隠すというイメージがあったため、一応マスクも用意したが、ほかのクラスメイトたちのコスチュームを見て自信を失った。自分のコスチュームがあまりにも地味すぎたからだ。

「みんなセンスいいね…。これで外出るの恥ずかしくなってきた」
「そんなことないよ!かっこいいじゃん!露出しないミッドナイトみたいで」
「お茶子ちゃん、それフォローしてるつもりなのかしら?」

隣から蛙のようなコスチュームを着た女の子が声を挟んできた。ゴーグルもついているし、ヒレを見るに足元までこだわりが感じられる。ますます適当に決めた自分を責めたくなった。

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで。名前ちゃん、気にしなくたっていいわ。コスチュームはどんどん改良していけばいいのよ」
「うん、そうする。ありがとう!」

ベルトをつけ、ブーツを履いて、最後にマスクをつけて準備完了。鏡にうつる自分にむず痒さを感じながら、麗日さんに手を引かれて更衣室を後にした。
確かにコスチュームのケースに入っていた説明書にはデザイン事務所の連絡先が書かれていたし、多少の改造であれば校内にある工房で可能だと聞いた気がする。ただ、見た目がダサいからという理由で請け負ってもらえるかは疑問だ。

麗日さんは後から出てきた出久くんにコスチュームを見せに行ってしまったが、わたしはあまり人に見せられるようなコスチュームではないので遠慮することにした。全員が更衣室から出て来たのを確認して、オールマイトが口を開く。

「格好から入るってのもたいせつなことだぜ少年少女!!自覚するのだ!今日から自分は、ヒーローなんだと!」

たったそれだけの言葉なのに、勇気が出てきて、曲がっていた背中をピンと伸ばした。

今回の戦闘訓練は2人1組で敵とヒーローに別れて戦うチーム戦。敵チームの守る核に触れることができればヒーローチームの勝利、ヒーローを捕獲するか制限時間内に核に触れるのを防げば敵チームの勝利。チームは厳正に抽選で決めるとの事。

「あのーオールマイト」
「なんだい?苗字少女」
「このクラスは21名なのですが、どこかのチームが3対2での対決になるんですか?」
「そうだったね!何人かに2度出てもらうのもいいが、時間の都合上そうはいかないな。どこかの敵チームを3人にしよう!!」

オールマイトはその他にも何点か質問に答えてから抽選を行い、結果を発表した。わたしは尾白くんと透ちゃんと同じチーム。少しは話したことのある透ちゃんがいることに安心し、初戦を見るためにモニタールームへ移動する。
まずは飯田くんと爆豪くんの敵チーム、出久くんと麗日さんのヒーローチームでの戦いとなった。スタートの合図とともに核のある部屋から飛び出した爆豪くんは出久くんに襲いかかった。

「戦闘訓練、どう動けばいいかわからないけどああいう感じなんだね」
「イメージできても実際動けるか怪しいかも」
「透ちゃんは透明になれるから有利だね」
「でもなんかこの戦闘…怖くない?」
「確かに爆豪くん、かなり気合入ってるね」

良くも悪くもわたしが持っていた戦闘訓練のイメージはぶち壊された。出久くんと爆豪くんはお互いに本気でぶつかっているように見えた。訓練だからと寸止めの攻撃などはひとつもない。爆豪くんの攻撃で大怪我はしているわけではないものの、出久くんはボロボロだ。
出久くんが個性を使うたびに腕が変色しているのを見て、顔をしかめる。追い詰められているのは出久くんのはずなのに、どうしてだろう、爆豪くんの方が焦っているみたい。

「名前ちゃん、わたしたち爆豪くんとじゃなくてよかったかも」
「うーん、でもまだわからないよ。わたしたちの相手がもっと酷いことしてくる可能性も捨てきれない」
「確かに。敵になりきるんだもんね。それは考えてなかった」

見学する方も見入ってしまったこの戦いは、出久くんが床をぶち抜き、その床の破片を麗日さんが飯田くん目掛けて打ちまくったことで隙を作ったことが勝因となりヒーローチームに白星が上がった。4人が帰ってくるのを待って講評を聞き、自分たちの訓練への糧にする。
訓練での勝利がイコール好成績につながるわけではないようだ。今回に関してはMVPは役割に徹した飯田くん。爆豪くんと出久くんは私情での勝手な行動がマイナス。麗日さんは気の緩みで減点。八百万さんの言葉に納得しながら、自分がどう動くかを考えるが、あまり策は浮かばない。

ああでもない、こうでもないと考えているうちに訓練の順番は回ってきた。わたしたちの相手は轟くんと障子くん。

「よろしくね」
「…ああ」

轟くんからは短い返事が、障子くんからは軽い頷きが返ってくる。与えられた5分の間にビルの中へ入り、核のある部屋で待機する。透ちゃんが透明になって奇襲を仕掛け、わたしと尾白くんはこの部屋で核を守る。他のチームと違って2人いると心強い。

「スタートだ」

耳につけた無線からオールマイトの声が聞こえてきた瞬間のことだった。ひんやりとした冷気が頬を撫でていく。ひんやり?おかしい。わたしが冷たさを感じるなんて。警戒しつつ、核の方へ一歩下がる。まだ開始して数秒と経っていないのに何をしたのだろう。

「ッ、尾白くん!」
「…ごめん」

バリバリという音とともに床を氷が這ってきた。尾白くんの足はしっかりと氷に絡め取られている。床や壁も一面氷漬け。核も下半分は凍っている。わたしは無意識に氷を跳ね除けたらしく、足元の床はブーツの周りだけコンクリートが覗いていた。

「…オールマイト、この場合はヒーローチームが核に触れたことになりますか?」
「いや、敵の手中にあることに違いはない。これだけならまだ核の脅威までは拭い去れていないからね」

そうは言われても、この様子だとすぐには溶けないだろうし、核を持って移動も出来ない。ヒーローを待ち構えて捕まえるしかないのか。尾白くんは動けない。たぶん、透ちゃんも。動けるのはわたしだけ。核の前に立ち、すうっと息を吸い込む。大丈夫。あのときと同じようにしたらいい。

部屋の入口から轟くんが入ってきた。両ポケットに手を入れて、ゆっくりと。

「動いてもいいけど足の裏剥がれちゃ満足に戦えねェぞ」
「残念だなぁヒーロー」

轟くんが伸ばした腕は核に触れる前に弾かれる。わたしの言葉でようやく、わたしの足元が凍っていないことに気づき左手を床に添える。わたしの目の前まで迫ってきた氷も、わたしが手を伸ばせば形をいびつに変えながら崩れていく。

「わたしは捕まえられないよ」
「チッ」

氷を出されるたびに壊し続け、何分間かにらみ合いは続いた。わたしなりに結構うまくやっているんじゃないかと思っていたが、訓練は思いがけず終了した。

「ヒーローチームウィーーン!!障子少年が核に触れたぞ」
「…ッ、なんで、いつの間に」

パッと振り返れば確かにさっきまでは姿が無かったはずの障子くんがそこにはいた。轟くんに気を取られて、すっかり忘れていた。
それにもし、障子くんに気付いていたとしてもわたしじゃ2人を同時に相手にしながら核は守れなかった。

「アンタの崩す氷とは別に障子の目隠し用の氷の壁を作ってた。気付かれなくてよかった」
「うー…障子くんが入ってきたのさえ気付かなかった。完敗。尾白くん、透ちゃん、ごめんなさい」
「オレも最初から動けなくてごめん」
「そんなこと言ったらわたしもごめんだよー!」

反省会をしながらモニタールームへ戻る。オールマイトから労いの言葉をもらい、そして恒例となっている八百万さんの講評に耳を傾ける。

「敵チームのみなさんは葉隠さんの透明になれる個性を過信したところがありましたわね。苗字さんはお一人でよく戦ったとは思いますが、氷を壊すことのできる個性なら尾白さんの足元から崩してみても良かったのではないかと」
「た、たしかに。最初の数秒でそうしてたらもしかしたら2対1で轟くんを迎えられたかも…」
「そうだね!敵にしろ、ヒーローにしろ、現場での一瞬の判断が勝利に繋がる。そして判断の速さは経験によって培われる。今日の訓練を明日の糧としてくれよ!」

その後も、何組かの訓練を見学し、それぞれ意見を交換してヒーロー基礎学の授業は終わった。オールマイトは授業の途中から保健室へ行った出久くんに講評を聞かせると言って嵐のように去って行った。
わたしは教室へ向かいながら、いつもより小さく見える爆豪くんの背中を見つめていた。モニタールームでは音声が聞こえてこなかったからあのときどんな会話があったのかわからなかった。それに、2人の問題にあまり首を突っ込むのもどうかと思う気持ちもある。

SHRが終わり、ヒーロー基礎学の反省会をしようと盛り上がるわたしたちに見向きもせずに教室から出て行く爆豪くんを追いかけようとして立ち上がるが、声を掛ける前に透ちゃんから腕を掴まれた。

「名前ちゃんも一緒に反省会しよー」
「あ、うん」

この手を振り払わなかったのは、追いかけたところで彼にかける言葉がわからないからだ。つくづく、ヒーローにはなれそうにない。