07

今朝は少しだけ早起きをした。個性把握テストや、ヒーロー基礎学での戦闘訓練でも感じたが、わたしの基礎能力はあまり高くはないようだった。八百万さんや、轟くん、そして爆豪くんというスリートップの活躍ぶりを思い出すとため息が出る。中学校ではヨイショヨイショと祭り上げられてはいたが、所詮は井の中の蛙。爆豪くんと出久くんと同じ学校だったら、そもそも雄英高校のヒーロー科は目指さなかったかもしれない、と近場のヒーローのたまごたちの顔を思い出す。

なんだか場違いな気がしてきて、ネガティブなことばかり考えたせいだろうが、夢の中にまで相澤先生が出てきてわたしにこう言ったのだ。

「苗字、おまえやっぱ除籍な」

いつも通りのテンションでそう言い放ち、クラスメイトたちの驚愕の表情を見つめながら荷物をカバンにしまい込むあたりで目が覚めた。心臓がばくばくと高鳴っている。まったく最低の1日の始まりだ。





「おはよう。出久くん」
「おっおはよう。早いね苗字さん」

ホームで電車を待っている出久くんを見つけた。両手でしっかりとリュックを握り、キラキラした目をこちらに向ける出久くんは少しだけ眩しい。眠気覚しにと持たされていたブラックコーヒーの缶に口をつけ、顔をしかめる。

「コーヒー苦手なの?」
「うん。でも、今日早く起きちゃったから居眠り予防のためにね」
「僕も昨日のテストの夢見ちゃってさ」
「あ、出久くんも?わたしも相澤先生の声が耳にこびりついてるよ」

2人で顔を見合わせて笑った。電車の中で、昨日と同じように雄英のカリキュラムや、コスチューム、昼食などたわいもない話に花を咲かせる。
やはり誰かと一緒の通学路はあっという間で、気付けばわたしたちは雄英高校の前に到着していた。オールマイトが教鞭を取ることになったため、取材陣が押しかけてきているようで、門の前で先生たちが対応に追われていた。何人かに声をかけられたが、返事をする前に相澤先生に腕を掴まれ、門の中へ放り込まれた。少し後に入ってきた出久くんと一緒に教室へ向かい、それじゃあ、と軽く挨拶をしてそれぞれの席に着く。

今日は相澤先生の口から学級委員を決めるという至極真っ当な言葉が出たため、クラスの雰囲気が和らいだ。そしてほぼ全員が立候補し、収拾がつかなくなっていたところを飯田くんの案が採用され、多数決をとることとなった。ちなみに相澤先生は決まれば何でもいいとのことで、教室の片隅でお休みになっている。先生が悪いわけではないのだが、どうしても今朝の夢がちらついて先生と目が合うたびにひやりとするのでわたしにとっては喜ばしいことだ。

開票の結果、出久くんが4票、八百万さんが2票、あとの面々はほとんどが1票となり、委員長と副委員長が決定した。わたしは出久くんに入れたのだけれど、あとは一体誰が?そう疑問に思って、黒板に無いクラスメイトの名前を探して首を傾げる。

――飯田くんの名前がない?

出久くんか八百万さんかどちらに入れたのかは推測するしかないけれど、自ら多数決という決定法を提案したのに不思議だった。あとは麗日さんと、轟くん。3人ともあまり話したことがないので、誰に入れたのかはわからない。もちろん、知ったところでどうしようもないけれど。
お昼休みを告げるチャイムが鳴り、相澤先生を見送ってからクラスメイトたちはバラバラと教室を後にしていく。初めての学食に心を踊らせながら、わたしも遅れを取らないようにみんなの後を追った。

「あれ、苗字1人か?」
「あ、うん、切島くんと…えーっと…?」
「オレ上鳴電気。よろしくなー」
「上鳴くん、よし、覚えた。よろしくね」
「てか一緒に飯食おうぜ!せっかくおんなじクラスになったんだし。な!切島」
「そうだな。苗字さえよければ」
「あ、ありがとう」

食堂前の廊下で上鳴くんと切島くんと一緒になったのは幸いだった。だだっ広いこの雄英高校の大食堂で1人で昼食をとるのはなかなかハードルが高そうだったからだ。ガラガラだった中学の食堂とは違って、受渡口まで長蛇の列が続いている。
そういえば出久くんが、ランチラッシュのご飯目当てにOBも足しげく通っているって言ってたっけ。

「つーかさ、苗字と切島って何の知り合いなん?中学が一緒とか?」
「入試の組が一緒だったの」
「そうそう!オレが早とちりして手ェ出しちまってさー」
「へー。オレ、誰と一緒だったっけな」

わいわいと話をしながら料理を受け取り、近場の空いているテーブルに3人で腰を下ろした。

「つかさ、昨日も思ったけど苗字の個性って何なん?轟もビビってたじゃん」
「あー、拒絶だよ。常に使っちゃってるから氷も跳ね除けちゃっただけ」
「疲れねェのか?」
「うーん…ずっとこうだったらわからないや。透ちゃんもそうなんじゃない?」
「確かに。葉隠もいっつも見えねェもんな」
「めっちゃ強そうじゃん。あ、連絡先交換しようぜ」

上鳴くんがズボンのポケットからスマホを取り出してニカッと笑う。話の腰を強引に折ったような気もするが、断る理由もないのでわたしと切島くんもスマホを取り出す。3人で一緒にスマホを振って、それぞれの連絡先が入ったのを確認して、再び個性について話し出した瞬間、耳をつんざくようなけたたましい音が鳴り響いた。

「なに?!」
「警報か!」
『セキュリティ3が突破されました。生徒のみなさんは――』

電子音での非難誘導に一気に恐怖が伝染していくのがわかった。周りに座っていた生徒たちが食器もそのままに慌てて駆け出していく。目の前の上鳴くんと切島くんと顔を見合わせるが、2人の顔は少し強張っていた。わたしもきっとこんな表情をしているに違いない。

「セキュリティ3ってなに?」
「わっかんねェけど、それよりこの人波のほうが危なくね?」
「苗字、とりあえずこっち来い」

行儀が悪いとは思ったけれど、切島くんに手を差し伸べられて机を飛び越える。3人で一応固まって食堂の入り口の方向へ向かうが、あまりの人の多さになかなか進まない。

「うおっ、つ、つぶれる…」
「上鳴くん、大丈夫…?」
「いや…無理かも…。てか苗字の個性便利だな」
「あ、そっか。ちょっと待ってね」

人の多さに押しつぶされそうになっている2人をよそに、見えない壁があるかのようにわたしの周りには空いているスペースがある。よく知らない生徒たちがそこへ入ろうとして跳ね返されているのを申し訳ない気持ちで見ながら、切島くんと上鳴くんへと両手を伸ばす。

「2人とも、つかんで!」

うまく使えるかはわからなかった。2人を自分のもとへと引き寄せ、円を広げるイメージをする。ゆっくり、ゆっくりと。

「すっげえな」
「んー…ごめん、あんまり広げられそうにないからもうちょっと近くまで来てくれる?」

半径1mほどだろうか。息苦しくはない程度にはパーソナルスペースが確保できていると思う。

「女子に守られるとか漢らしくねェ…!」
「えっ、ごめん」
「気にすんな!オレは助かった!しかも役得!」
「上鳴、こんな時に何言ってんだ」
「ふたりともこのままゆっくり窓に向かって歩いて。外の様子をちょっとだけでも覗けたら何が起こってるのかわかるかも…」

出来るだけもみくちゃになっている生徒たちの邪魔にならないように。そう思ってそろそろと3人で進んでいれば、遠くの方から聞き覚えのある声がした。

「だいじょーーーぶ!!」

セキュリティはマスコミに反応して発動してしまったらしい。飯田くんの言葉で生徒たちが少しずつ落ち着きを取り戻していく。ふう、と小さく息を吐いて切島くんと上鳴くんの手を離した。それぞれがお礼を言ってくれたので、笑顔を返したけれど「雄英生にふさわしい行動」というフレーズが頭の中をぐるぐると回って離れない。
――きっと、今朝の夢のせいだ。