師匠の車の助手席には大体あざらしのぬいぐるみが乗っている。
白いマークXに乗って遠出しようとするとき、俺たち弟子二人が後部座席に座り師匠の相方たる女性が助手席に乗るのがいつものパターンだが、彼女は部活動に所属していて忙しいらしくあまり頻繁には顔を出さない。したがって彼女の席が空くことが多いのだが、その場合、師匠は必ず助手席にぬいぐるみを置くのだった。
いい年した男子大学生三人の乗る車にでかいあざらしが乗っていることのシュールさったらない。
それでも必ずあざらしが鎮座するのには理由がある。
簡単だ。席を空けていると、乗ってきてしまうのだ。
今日も今日とてあざらしを乗せたマークXが深夜の鹿嶋市を走り抜ける。
一昨日の心霊番組で取り上げられた、白い服を着た女が出るという廃墟へ向かうためだった。
ああいう番組で紹介される動画や写真というのは、近年の技術の向上のせいでほとんどが合成・やらせ・捏造の偽物ばかりだ。俺たちみたく視えてしまう人間には本物と偽物の見分けが容易についてしまう。だから基本的にああいった手合いのものは見ないようにしているのだけれど、一昨日はついつい、巽と一緒に「あれはどうだ」「これはどうだ」みたいなノリで盛り上がってしまった。
今までは家族が見ている後ろから眺めながら大人しく心の中で(すげー合成)(やべーなこれ)と思うに留めていたのが、一緒に議論できる存在を得たことで調子に乗ってしまったのだ。
大半は偽物だが、中には本物がある。
これから向かうのは『本物』が撮影された場所だ。
「師匠、本当に行くんですか? 遠くないですか?」
テレビで動画が紹介されるや否や、ネット上ではその廃墟の場所が特定された。鹿嶋市からは遠く離れているものの同じ県内にあるT市である。別にあれが本物だから特定されたというわけではなく、その番組で出てくる動画や写真を片っ端から面白半分で場所を推測しているスレッドがあったのだ。
今日日、飛行機の翼の写真から、その人の乗っている便の離陸時間や行き先まで特定できてしまう時代である。高度情報社会恐ろしい。
「あと二時間かかるよ」
問題の場所は、我らが幸丸大学が本部キャンパスを構える鹿嶋市から、西へ四つほど市を越えた先の丘の上にあるらしい。
欠伸を噛み殺している巽に「しりとりしようぜ」と持ちかけると、面倒くさそうな顔をされた。
「……ぜってぇ嫌だ」
「だってあと二時間も暇だろうが」
「我慢しろよ。ガキじゃあるまいし……」
「しょうがないじゃんか。寝落ちしそうなんだよ」
巽の欠伸が移ったのか、俺の目尻にも涙が浮かぶ。時刻は十一時を越えた頃だ。現地に到着する頃には一時になっているだろう。
「夜更かしできるようにならねぇとな、お前も」
「も、ってどういう意味?」
「……身一つで有名な元旅館の押し入れに突っ込まれて、一晩中閉じ込められたことがある。そういう時は大体寝たら死ぬから死ぬ気で起きてないといけない」
「いやそれ死ぬだろ」
「廊下から足音が聞こえたり、襖がガタガタ揺れたりしてな……」
遠い目になった巽が当時のことを詳細に語り始めたので、ビビりの俺はその肩を掴んで「やめてくれぇぇ」と揺すった。
「ハイ秋津の敗け」
「ちくしょう!」
後部座席でわちゃわちゃ騒いでいる俺たちをバックミラー越しに見た師匠は、「お前ら仲いいね」と呆れたような表情になる。
文章でしりとり、かつ意味のつながる会話にしなければならないというのがここ最近のブームなのだ。今のところ俺と巽で五勝五敗の引き分け中である。
「それにしても師匠がああいう動画に興味を示すとは思いませんでした」
巽が運転席のシートを掴むと、師匠は前を向いたまま溜め息をついた。
「まあ、基本的には偽物ばかりだからどうでもいいんだけどね。少し気になることがある」
「気になることですか?」
こてんと首を傾げながら、一昨日見た動画をぼんやりと思い出す。元は病院だったという廃墟に訪れた大学生二人組が、白いワンピースを着た女性の霊を見つけたという内容だった。俺が視えたのはなんとなくそれっぽいシルエットのみで、収録していたスタジオの人たちにもその程度にしか見えていないらしい。
だけど師匠には、ものすごく頭の大きな女性に視えたのだという。
「尋常でないほど体の一部が肥大して視えるものっていうのはね、得てして性質が悪いと相場が決まっているのさ」
性質が悪いと相場が決まっているものをわざわざ視に行く師匠の気が知れない。