「心霊動画の作りにも最近の傾向が表れていてね」
鹿嶋市から車で走ること二時間半、小高い丘の上にある廃病院の傍に車を停めた俺たちは、立ち入り禁止のロープを跨いで敷地内に侵入した。
深夜一時を越えてもどこか蒸し暑い。
幸丸大学はようやく前期期末考査を終えて夏休みに突入したところで、夏ど真ん中の八月上旬、さすがに歩いているうちに汗をかいてきた。
「昔は携帯電話なんてなかったから、ビデオカメラで撮影した映像に何かが映り込んでいて、後から確認してそれが発覚するというタイプばかりだった。ちなみにその時代の映像にはやたらめったら本物が多い。言わずもがな、一般の人が修正や合成を施すことのできるソフトなんて当時はなかったからね」
師匠はつらつらと平気な顔で並べ立てながら懐中電灯で辺りを照らしまくる。
廃して何年経っているのかわからないが、かつては待合スペースだっただろう空間には、中綿の飛び出したイスが散乱していた。床のタイルは半分以上が剥がれて下地が露呈している。カーテンは朽ちて破れ落ちているし、とにかくひどく埃っぽかった。
「だが近年、一般人でも簡単に映像を編集できるようになったことで、安っぽい偽物の心霊映像が激増してきた。ビデオカメラの映像が主流だったそれらは、今やスマホの動画が大半を占めているね。撮影したあとで確認したら映っていた、ではなく、撮影中に何かが映り込んだことに気付いた撮影者が驚く、というパターンに変化した。臨場感やリアルタイム性を高めるためなんだろうね……」
ちなみにビビりの俺は巽のシャツを引っ掴んで後ろにぴったりくっついている。
巽はものすごく鬱陶しそうな顔をしている。
師匠は臆することなくずんずん前に進んだ。受付らしきカウンターの前を通り過ぎて、その横の階段を躊躇なく上がり始める。この人の怖いもの知らずなクソ度胸は俺からしてみると崇拝の対象ですらあった。
どうやら上の階から攻めていくスタイルらしい。師匠は一旦五階まで上がると、そのフロアをうろうろし始めた。言うまでもないが例の女性を捜しているんだろう。
「ちなみに僕が見た中で一番怖かった動画の話をしてあげようか」
四人一部屋の大部屋がいくつも並んでいる。錆びたベッドの骨組みやぼろぼろのカーテンがなんとも不気味だ。
「もう十分怖いんで帰ってからでいいです……」
「小さな女の子が鏡の前で、母親の口紅を塗っている映像でね」
「聞いてます?」
「ビデオカメラで撮影している母親が声をかけるんだ。女の子が笑顔で振り返る。普通なら鏡の中の女の子も一緒に振り返るだろう? ところが鏡の中の彼女は恐ろしいほど無表情で、母親を振り返る女の子をじっと見つめているんだ……」
ぱっ、と師匠が照らす先には大きな姿見があった。
どきりとした心臓を押さえるように左胸をぎゅうっと握ると、鏡に映る師匠が右眼だけでうっそりと微笑む。
懐中電灯を鏡に向ける師匠、その後ろにいる巽と俺。
――その背後に、俯いた女。
三人一斉に振り返る。
「……今、いましたよね? 視えます?」
「まずいな」
何がまずいの!?
神妙な顔つきになった師匠が平然とそう言うので、俺はどきどきしながら巽にひっついた。いざとなれば巽を盾に差し出す所存である。
「鏡に映ったのが見えたのに、視えない」
師匠の言葉に巽が凍りついた。
「……待ってください、師匠に視えないって相当……」
「そうだね、かくれんぼが得意な女性のようだ。逃げよう」
「うおっ……!?」
巽に乱暴な手つきで背中を押されて、俺は師匠の後を追って走り出した。しんがりを務める巽の手首をがっちり掴んだ俺はひとまず、懐中電灯の明かりを頼りに階段を駆け下りる。
ばりんっ、と音が鳴って天井の白熱灯が落ちてきた。
「もしかしてこれ怒ってるんすか!?」
「たいそうね!」
三階まで一気に駆け下りたところで師匠はその階のナースステーションに飛び込んだ。カウンターの下に潜り込んで懐中電灯を消すと、「喋るな」と小声で囁く。口を両手で覆った俺たちは、荒れる呼吸を必死で整えながら息を潜めた。
ばきん、ばきん、と床のタイルを砕く音が近づいてくる。それに混じって何かを引きずるような音も聞こえていた。ばきん、ずるずる、ばきん、ずるずる、一歩ずつ女性が足を踏みしめる。
日本の幽霊には足がないのが一般的なのになんで足音が聞こえるんだろう。
今度師匠に聞いてみよう、と現実逃避しながら薄目を開けた俺の視界に、ゆっくりとナースステーションの中に入り込んできた女性の細い脚が飛び込んできた。
口から心臓が飛び出てきそうだ。
よせばいいのに、俺の視線は彼女の脚から順にその全体像を視ようとしてしまう。
「っ……、……」
劣化したタイルを踏み砕きながら歩く女性は、白いワンピースに身を包んだ、至って普通のものに視えた。ほっそりとした体つきはむしろスタイルがいい方に入る。だが決定的に頭が大きかった。
何かを引きずるような音ではない。
普通のサイズの体に乗っかった尋常でないほど大きな頭が天井に擦れる音だったのだ。
女性はゆっくりと俺たちの隠れるカウンターの前を通り過ぎると、デスクの周りを徘徊して、やがて遠ざかっていった。