駅中のケーキ屋で新しいホールケーキを購入した俺が師匠の洋館へ戻ると、姉御が嬉々として迎えてくれたのち、ぱちりと瞬いた。
「すいません、ケーキちょっと駄目にしちゃって……これ代わりです」
「うん、ケーキはいいんだけど、……秋津くん、なにつれてきたの?」
「え?」
姉御の大きな双眸がじぃっと俺を見つめてくる。
その動作の一コマ一コマ、ポートレートのモデルにでもなれそうなほど造作の整った女性なので、穴が空きそうなほど見つめられると居心地が悪くなってくる。どぎまぎしながら背後を振り返ると、「おおっ」と声が漏れた。
なんかいる。
二メートルほど後ろに、黒っぽい影がいる。
俺が一歩進めば影も進み、横にずれれば横にずれる。ぴったり二メートルの位置を保ちながらじりじりとついてくるその影は、じっくり見ているうちにざわざわと人影を作り始めた。
四レベの俺には余程のことがない限りはっきりと視えることは少ない。背丈は俺より下という程度のことしかわからなかったのだが、姉御は顎に手を当てて「心当たりある?」と首を傾げた。
「黒いキャップを被っていて……中学生くらいかな。男の子。ボーダー柄のティーシャツとカーゴパンツ。割りと新しめで、亡くなってから五年前後」
「…………心当たり、ありまくります」
なぜついてきた!
服装なんて憶えちゃいないが、男子中学生で死後五年程度というと、先程丁字路でかち合った少年に決まっている。
膝から崩れ落ちそうになりながら姉御にケーキの箱を手渡した。苦笑いで肩を竦めた彼女は「まあ、もともとお化け屋敷だし、しぃちゃんも気にしないでしょ」と踵を返して食堂へ向かう。
俺は後ろを振り返ってぼんやりとした黒い影を睨みつけた。
この洋館に帰ってくるまでに変なことは起きなかったし、今も何をするでもなく後ろに立っているだけだ。姉御のあっけらかんとした様子から見ても寿命が削られるとか呪われるとかではないようなので、別に今すぐ失せろこの野郎と言うつもりはないものの、なぜついてきたのか判然としないものは不気味だ。
ひとまず食堂へ入ると師匠はこちらをちらりと見たものの、特に言及することなく手元に目を落とした。何をしているのかと覗き込むと、どうやら折り紙を細く切ったもので輪っかを作っているらしい。
「うわ、懐かしい」
「お誕生日会にはこれが欠かせないってフルカが聴かないんだよ、お前どうにかしてくれ」
師匠は基本的に俺と巽に対してはオカルト的無理難題を吹っ掛けてくる傍若無人な血も涙もない鬼だが、唯一、彼の相方と呼ぶべき姉御に対しては砂糖菓子にガムシロップを三つかけたくらい甘い。
姉御のおねだりを断れなかったんだろうなと生暖かい気持ちになりながら、上座に座っている師匠の隣に腰掛ける。少年の人影はぴったり二メートル離れたところで静止していた。
折り紙と糊を手に持って、小学生の頃のお楽しみ会でよく作った輪っかを量産していく。師匠も若干不本意そうな顔つきではあったものの、文句を口に出すことなく黙々と製作に勤しんでいた。
「……で、お前は一体なにに首を突っ込んだんだい」
「突っ込んだっていうか、巻き込まれただけですよ……」
輪っかを作りながら、丁字路での出来事を手短に説明すると、師匠は「ははぁ」と少年に目を向ける。
「……五年前に中学二年生ということは、生きていればお前と同い年だね。それでついてきたわけか」
「ああ成る程、そういうことですか」
なんだか腑に落ちると同時に落ち込みが加速した。
「これくらいで一々落ち込むんじゃないよ。もう生きていないんだから」
「そりゃわかってますけどね……」
「生きている人間が『ヒトでないもの』に意識を傾けるのは、よした方がいい」
「…………」
師匠はそんなことを言っているが、俺は知っている。
巽にも、姉御にも、会いたい『ヒトでないもの』がいるということ。その二人がもしも彼岸へ引きずられることがあろうものなら、師匠は顔面を殴りつけてでも此岸に連れ戻す覚悟でいること。
俺はそういう三人に惹かれてしまって、こんなところまでついてきた。
背後の物言わぬ人影を一瞥する。俺にひっついてきて何がしたいのか、何かしてほしいことがあるのか、四レベの俺にはわからない。
姉御から渡された短冊状の折り紙を全て輪っかにし終える頃、彼女がキッチンの方から顔を覗かせた。
「終わったら食堂の壁につけてね。料理はほとんどできたよ」
「そこまでやるのか……」
「壁に飾りつけもせずにこの輪っかをどうするつもりなの、しぃちゃんは」
仰る通りである。
ちなみに巽には本日のお誕生日会の計画は秘められており、今日は師匠が一日家を空けるからと来訪しないよう言い含めてある。会場の準備が整ったら、師匠が「おい巽アイス買って来い」と電話をかける予定なのだそうだ。
巽が他の友人に誕生日を祝ってもらっていたらどうするのかと訊いたところ、「あれに誕生日を祝ってくれるような友人がいるのかい?」と右眼をかっ開いて驚かれた。よく考えなくとも巽の交友関係は俺のそれともろ被りなので、俺にその話が来ていないということは有り得ない。
つまり巽は現在、ぼっち誕生日中ということである。
なんだかかわいそうだ。