人工心霊スポット 02



 師匠の運転するマークXに乗り込み、途中少し早めの夕食を挟んで車に揺られること一時間。
 夏真っ盛りだけあって日も長く、まだ西の空が赤らんでいる中、俺たちは例の廃屋があるという山の麓に到着した。時間も時間だし、まだ明るいのでそんなに怖くない。適当な路肩に駐車してガンガン山へ分け入っていく師匠に慌ててついていく。

「なんかあると思うか?」

 俺の一歩後ろをついてくる巽を振り返ると、眉を顰めて「いや」と答えた。

「いつも連行されるようなヤバイところはそもそも山に入った時点でヤバイ。この分だと本当になんの謂れもないただの廃屋なんだろうな」
「だよな。なんもいねぇもん」

 例えば霊感にレベルをつけたとして、常識の範囲を〇から十とすると、俺が四レベで巽が五レベ程度。それでもよっぽどヤバイものは空気に触れた時点でわかる。山とか家とか、明確に外との境界がある時は敷地に入った時点で背筋が震えるものだ。
 心霊スポットツアーに慣れている巽はともかく、危うきには近寄らぬスタイルを十八年貫いてきた俺でさえなんにも感じないのだから、多分本当になにもないだろう。

「それにしても暑い……」

 額から流れてきた汗を拭う。見鬼の俺たちには夜も昼も、もちろん夏も冬も関係なくヒトでないものが視えているのだから、なにもこんな暑い時期にやらなくてもいいのに。
 だが世の中では肝試しや怪談というと夏が定番なのであって。
 また偽物と本物の入り混じる心霊写真や動画を紹介する特番が増えてくるなとうんざりしていると、後ろから背中を叩かれた。

「おい、師匠見失うなよ、置いて帰られるぞ」
「ああそれはマズイ、洒落になんねぇ」

 あの人なら本気でやりかねない。
 気を引き締めて、遠ざかりつつある師匠を駆け足で追いかける。あの人、着物に草履のはずなのに何であんなに早く歩けるんだろう。

 がさがさと草木を掻き分けながら山を登っていくと、ようやく件の廃屋が姿を現した。
 長年の風雨や木々に浸食されて今にも崩れそうな小屋だった。屋根も壁もところどころ抜け落ちているところがあって、不気味といえば不気味だが、少なくとも子どもの霊がいるようには見えない。
 山登りの最中さすがに暗くなってきていたので、師匠が袂から懐中電灯を取り出す。

「……ま、こんなもんか」

 師匠もわかっていたかのように微笑んだ。
 どうしてだかほんの少し、寂しそうな表情に見える。

「じゃあ、肝試しに来た連中が子どもの声を聞いたっていうのも嘘ですかね」
「まあそうだろうね。人は話を誇張して自分を大きく見せたがるものだよ。あるいは恐怖は五感を歪ませる――本当に聞いた人もいるかもしれないけど、『子どもの声が聞こえる』という先入観が刷り込まれた結果の幻聴だろう――」

 バサっと背後で音がした。
 俺ひとりが大袈裟に悲鳴を上げてそちらを振り返るが、ただ鳥が木から羽ばたいただけだった。

 ここで俺はふと違和感に気づく。

「……蝉って、夜は寝るんでしたっけ」

 二人が黙り込んだ。
 師匠の家を出たときはまだ蝉の大合唱が窓の外に聞こえていた。夕飯をファミレスで済ませたときも、みーんみーんとやかましい泣き声がしていた。山の麓について車から降りたときはどうだったっけ。
 そうだ。夏の山のくせに静かすぎる。
 いくら夜に差し掛かっていて日が沈みつつあるといったって、大抵一羽か二羽、じーじー言っていたりするものだ。

 ぱき、と廃屋の中から音が聞こえてきた。
 ああこりゃなんもねぇなとさっきまで舐めきっていた俺は両手で心臓を押さえる。どきどきする。最高に嫌な感じにどきどきしている。

「し、師匠、なんか音が」
「動物でもいるんだろ。帰るよ」

 おかしい。いつもの師匠なら「動物でもいるんだろ。ほら巽、行ってこい」とかって俺もろとも巽を廃屋の中に閉じ込めて外から高笑いしているはずなのに、即帰るとか言い出した。
 師匠は踵を返して歩き出す。

「音を立てないように。気付かれる」

 ――気付かれるって、何に。
 縋るように巽を見るが、こっちも何が起きているのかわかっていないらしく、いつものふてぶてしい顔つきはそのままで真っ青になっている。俺たちはとにかく歩き出した師匠について廃屋から距離をとった。

「サービス精神旺盛なのはいいけど……、こりゃやりすぎだ……」

 小さくぼやきながら静かに草を踏み分けていく師匠に、巽が蒼い顔で呟く。

「……師匠。俺なんか服掴まれてるんですけど」
「やかましい」

 やかましいじゃなくて!

「振り返るな。山を下りればついては来ないだろうけど、構ったら面倒だ」

 振り返ったらなんかいるんですか!

「師匠……子どもが……」

 図体のわりに心細げな声を上げた巽が項垂れて額に手を当てる。俺は怖くて隣を並ぶそいつの背中に目をやれなかった。代わりにぶわっと鳥肌がたつ。
 なんにも感じない。
 山にも廃屋にも悪いものはなんにも感じないのに、なんかいる感じは確かにする。
 心霊スポットなんて大抵そりゃもう手のつけようもないほどおどろおどろしかったり、禍々しかったり、恐ろしかったりするものだ。ここはそんな感じが一切ない。それなのに廃屋から音がする。何かがいる。何かが巽の服を掴んでいる。

 怖いなら怖いでいいんだ。怖いものがそこにいるとわかるから。
 怖くないけどなんかよくわからないものがいるっていうのが、俺たちにはたちが悪い。

「気のせいだ。あの廃屋には何もなかった。子どももいなかった。この山には何もなかった。何もいなかった」

 呪文のようにぶつぶつ呟く師匠の着物姿を必死で追いかける。
 そこまで言うってことはなんかいたんだろ、絶対なんかいたんだろ!

「かえして」

 小さな男の子の声が聞こえた気がした。
 全力で聞こえないふりをして、俺たちは山を下りた。

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