19

 蚊帳の中で沖鳴りを子守唄変わりに眠る帝江の隣でギンコが雨戸の隙間から星空を見上げている。


──ゴソ…


 寝返りを打つ帝江がうっすらと瞳を開けた。


「…ん?起きたのか。…どうした?眠れないか?」


 気付いて、起きてしまった帝江に声をかければギンコの声に帝江の目がぱちりと開く。
 眠れないのは本当らしい。
 ギンコが起き上がって、「散歩にでも行くか?」というと、帝江も起き上がった。


「あ、帝江…」


 寝返りを繰り返し縺れた髪を指で梳いてやれば灰色の髪は素直に背中へと流れる。


(柔らかいな…)


「?」


 ずっと髪を撫でるギンコに首を傾げる帝江。ハッと我に返ったギンコが急いで帝江から手を離した。
 立ち上がり、蚊帳を潜って外に出た。


「帝江」


 帝江の手をとって蚊帳の外に出す。
 雨戸の隙間から滑るように外に出て草履をつっかける。
 夜風は冷たくは無かった。
 散歩をするには非常識な時刻かもしれないが、ここは村だ。山のように大きな動物に出逢ったり、足を滑らせて転落するような危険は少ないはずだ。
 二人で海の方へ向かった。


「べた凪だな」


 あまり波のない海にギンコが石を放る。
 と、その時。


「…!」


 石が落ちた周囲の海が青く光りなんとも言えない不思議な青に帝江が立ち尽くし海に魅入っていた。


「あぁ、夜光虫がいるんだな」


 空と海がまばらに光る様子を見つめる。
 しかしふと何かに気付いたのか空を見上げた。


「…帝江、どうした?」


 ギンコもつられて空を見上げる。
 月明かりは白く薄く流れる雲を透かしていた。


「むし…」


 フワリと夜空に青白く漂う蟲。
 発光する蟲にギンコが眉を寄せた。
 蟲を寄せる体質、ギンコ。
 もう蟲除けの香でも蟲煙草でも抑えられなくなってきた。
 光り浮遊する蟲を見上げていた帝江の肩に手が乗せられ、気付いた帝江が自分をジッと見つめるギンコを見上げた。


「ぎんこ?」
「帝江、…お前、ここに残るか?」


 その言葉に、ギンコのその表情に、帝江は黙ってギンコを見ている。


「旅は少なからず危険が伴う…」


 蟲が寄り始めた今、旅立ちを考えなければいけない。勝手に連れてきた帝江に、今度は選択を任せる。
 そうすべきだ。これ以上勝手な思いで帝江を連れ回すより、安全な村の中で過ごした方が…
 なのに、何故……口から零れるのは違う言葉なのか。


「……それでも、俺と」


(違う。こんな言葉を言いたいんじゃ、ない)


「俺とこのまま───」


(違う。こんな言葉で帝江を連れ回しては、駄目だ)


 唇を固く結んで肩に置いていた手をきつく握ってからスッと力を抜いて閉じていた目を開いて再度帝江を見つめた。


(言うべきだ。おまえはここで…)


「…やま…かわ…むら…さと…た、き…?」
「え…」


 帝江が次々と単語を連ねて行く。


「…帝江?」


 ギンコが目を瞬かせた。


「たび……たくさん…いく……」
「っ」


 ギンコが息を呑む。
 たまらず掻き抱いていた。


「いお…おしえ…て…くれた」
「そうか…そうか…」


「帝江さんはこれからもギンコさんと一緒に旅をするんですか?」
「ぎんこ…と…いっしょ…」
「じゃあ、いろんなものを見られるのね」
「…?」
「山とか…川とか……沼とか…」



 帝江は初めから、ギンコと行くつもりだった。


「ぎんこ…と…いっしょ…」


 腕の中に居る帝江のか細い声にその髪を撫でる。
 ただ、自分と共に居心地のよいここを発つ事を自分の口から選んでくれた帝江に、ギンコは歯を食いしばり、その細い躰を抱き締めていた。


(おまえがそれを選んでくれるなら、俺は──俺も──)