──ジーージージージーー…ジジジ
──シャワシャワシャワシャワ…
梅雨が明ければ一斉に夏の虫達が活発になる時期がくる。
一匹、二匹で鳴いてるわけではない蝉達の大合唱にうんざりしてくる。
「…七日の命とはいえ、こいつら少しくらい鳴き止まんもんかね…」
鬱蒼と茂る木々を見上げてギンコが深いため息をついた。
「あ?なんか言ったか!?蝉が喧しくて敵わん!もう少し大きな声で喋ってくれ!」
「は?何だって!?」
「おーおーごーえで、なー!」
──ミーンミンミンミンミンミン!
「「……うるせぇーーっ!!!」」
ただでさえ暑さでイラついていたギンコと化野が、ままならない会話を作り出す原因……木々の上でけたたましく鳴く蝉達を睨み上げたかと思うと、背中を向け合い二人同時に両脇に生えている木を思いきり一蹴した。
──ジジジ…ッ!
数匹の蝉達が振動に驚いて空へと逃げ出したが、やはり森に響く蝉の声の音量は変わる事はなく、
「「余計な体力使った…」」
ギンコと化野はげっそりとしたまま、森を抜けるためにゆっくりと歩き出した。
「さ、帝江」
ギンコが化野の着物の裾を掴んでいる帝江に手を差し出す。すっと化野を見上げた帝江は、また顔を逸らし、ゆっくりとその手を離し、ギンコの方へ歩み寄る。
「ここまで付き合わせちまって…すまんな」
「いや、たまにはぶらぶら遠出するのもいいさ」
帝江の顔を覗き込めば、やはりどこか浮かない顔をしているように見える。
旅立ちの朝。見送る化野…
「また来いよ」
そう告げて、歩き出そうとしない化野に、帝江が着物の裾を掴んだ。
「あだしの?」
どうして来ないのか、わかっていないように首を傾げた。
そんな帝江にギンコが、化野はここが化野の居場所なんだと説明する。
「いつも、ここにいるんだよ」
帝江にとっては宿と違い、初めて何日も過ごした家…。
そして何日も一緒に過ごしたギンコ以外の人間、化野…。
多分帝江は、これからの旅はこの黒髪の彼も同伴するものと、これからも一緒にいるのが当たり前と思っていたのだろう。
ギンコの説明に少し俯いた帝江。理解してくれたと思ったが……帝江は化野を離さなかった。
「帝江…」
「だめ」
化野が名を呼ぶが、帝江が小さく何かを言ったので黙った。
「あだしの…も…こわがる…だから…」
「?」
昨夜の会話のことを、ギンコは知らない。
「……そうだな。でも、お兄さんが居なくなるとな、この村の奴らもきっと……怖がると……思うんだ。だから俺は、ここにいてやらんと」
「……あだしの…いない…いお、こわい?さみしい?」
「…だといいんだけどな」
ギンコが寂しいのも、化野が寂しいのもいやだ。だから一緒に行けば寂しくないと考えた。けれど、化野が居なければ、この村の人たち、いおたちが寂しがる。
黙った帝江に、一緒に行けないことが伝わったとわかった二人。
しかし、化野の着物をずっと掴んで離さないことが、帝江にとっては精一杯の【離れたくない】の意思表示…
そんな姿を見て、化野が「途中まで着いてく」と言ってくれた。
そうして暫く歩き続け、森が更に鬱蒼となる山道に差し掛かったところでギンコは歩を緩め、それを見た化野も足を止めた。そして先程の森でのやり取り。
「どっちに向かうんだ?」
「できればすぐにでも目的地に向かいたいんだが所用が出来ちまってね…、先ずそっちを優先して北に…」
「北か、涼しいだろうな」
来た道を振り向いた化野が眼下に見える自分の村や広がる海を見てから笑う。
「また二人で来いよ」
「あぁ」
「そん時は…帝江自身のこと、わかってるといいな」
「あぁ」
「気をつけろよ」
「あぁ、世話になった」
帝江の頭を撫で、ふと何かを思い出したのか、化野は着物の袖からチャリ、と何かを取り出した。
「帝江。手、出せ。手」
言われるままに両手を差し出す。その上に乗せられたものを見る。
「浜で拾ってな。首飾りにしてみたんだが…」
「おまえ、そんな洒落たことできたのか」
「うるせぇ!」
ギンコのからかいに顔を赤くする化野。
化野が渡したのは、鮮やかな水の色をした、ガラスの欠片。シーグラスだ。
受け取ったまま無言の帝江に不安になった化野は様子を窺ったが…。
帝江は光の差しこむ方に首飾りを持ち上げ、光りに透かしていた。
「うみ…」
そう呟く帝江の視線は地面に落とされている。追ってみれば、確かに海だった。光の屈折により地面に水の中を思わせる模様を描いていたのだ。
「気に入ったんならやるよ」
「!…ありがとう…」
化野は帝江の首にそれを付けてやる。
「それを見て俺を思いだしてくれ…」
「勝手に俺の言葉にすんな」
化野の後ろからさも彼が言いましたという風に台詞をつけたギンコ。
「ああもういい!早く行け!」
化野が来た道を歩きだした、が…少し歩いて足を止めた。
「……またな、」
振り向いて淋し気な表情を無理矢理笑みに変えた表情を見せた化野にギンコが目を見開く。
またギンコと帝江に背を向けて歩き出した化野を見つめながら、同じようにその背を見つめ、貰った首飾りを握り締めている帝江の頭に手を乗せたギンコ。
「旅ってな、こういうもんなんだよ。帝江」
まだ【野宿】しか知らない帝江の二番目の旅の知識は…旅は出会いと別れの、繰り返し、ということだった。