カナカナと蜩が鳴く夕刻。
見えてきた山小屋にギンコはほっと安堵のため息をつく。
「ありがてぇ」
山小屋の扉を叩いたが、もちろん帰ってくる返事はなく、無人の小屋に入ると早速、ギンコは蟲と虫除けの香を隅に転がっていた欠けた碗に入れて焚き始めた。
「ん、これでよし。もうすぐ日が暮れるし、多分裏に薪があるはずだから持ってくる」
旅人や杣人が利用する山小屋では、泊まる者が大体次にここを利用する人の為に何かしらを用意し残していくのは暗黙の了解。
山小屋での決まり、だ。
だから当然僅かながらも薪もある。
ギンコは帝江に「ここで待ってろよ」と一言念を押すと小屋から出て行ってしまった。
小屋に一人残された帝江が小さな窓から空を見上げる。
山に入り木々の間から見える赤い空。
響き渡る蜩の声。
同じ蝉でも何故こうも感じる印象が違うのか。
昼間の蝉達とは違う清涼すら感じる声に帝江は耳を傾けた。
しばらくそのまま蜩の声を聞いていたが、ふと見上げていた空に手を伸ばす。
「……」
帝江が空を見上げるのは、何かを待っているようだとギンコは感じていた。帝江も漠然と、そう感じていた。
空から何かがやってくるのを、待っているのだと。ただ、それはあの双子では無かった。双子を見た時、違うと自分の中の何かが言った。
(やって…くる…?)
なんだかしっくりこない言い回しに、うーんうーんと考える帝江。
「帝江」
がらりと引き戸が開いて薪を小脇にいくつか抱えたギンコが小屋に戻ってきて、帝江がゆっくり灰色の瞳をそちらに向ける。
「…どうした?」
薪を床に置いて、帝江の元へと戻ったギンコが帝江の頭を撫でてあやす。
「……蟲と虫除けの香の煙が強すぎたか?」
「…きっと…そう…」
ギンコがそう言うからそうなんだろう。
「ぎんこ…そと…」
余程煙が目に滲みるのかと思ったギンコがまだ赤い空を見る。
「少し、な。煙どうにかしとくから、呼んだら戻ってこいよ」
頷いた帝江は短くだがふわりとギンコを抱きしめ、すぐに離れて外へ向かった。
ギンコは思わず驚いて、目を見張ったまま暫くその場で固まっていた。