───後ろ手に縛られた腕は滞る血流に痺れていたが、もはや感覚すら消えてしまったようだった。
感覚が無くなりすぎて、肩の辺りから腕が引き千切れてしまったんじゃないかと錯覚すら覚える。
耳に聞こえるのは虫の声。
たまに吹く風の音に葉擦れの音。
目の前には暗闇が果てなく広がっている。
あちこち痛む躰を無理矢理起こして薄く目を開ければ、真っ先に目に入るのは空に浮かぶ灰色の月…に金色の燐光。
「………くそ…っ…」
立ち木に背中を預け、どうにもならない憤りを淡々と呟けば、塞がりかけた傷からどろりとした液体と共に鉄の味が口の中に広がり、それを咄嗟に地面に吐き捨てた。
旅人達を緑の屋根で包んでくれる樹木も、今は自分を縫い留める枷でしかなく、広がる枝葉の隙間は今や獄窓。
ここから逃れることができない。
痛みからもこの場所からも。
張り裂けそうな憤懣からも。
月宿る夜。
闇夜の空に張り付いているような灰色の月を見上げては、身が引き裂かれる様な想いにかられ、願うのはただ──…
しかし願うばかりの自分にギンコは歯を食いしばる。
背中にある樹木に拘束された両腕に幾重にも巻き付く縄を何とか引き千切りたくて力を込めるが、散々それを試みて擦り切れた腕にはただ新しい赤い血が滲み出て、まるで骨にまで食い込むような縄がそれを吸うだけだった。
「……帝江……」
脱力して、やがてギンコが振り絞るように小さく呟く。
もちろんそれに応えるあの鈴の声はない。
「帝江」
それでもギンコは枷を振りほどこうと、また忌々しい拘束に反抗する。
側に行かないと。
傍にいないと。
ただその想いだけが
当に限界のこの躰を突き動かしていた。
「…帝江…」
掠れて喉をついた声が、その時びゅうと吹いた風に掻き消されて。
ギンコは崩れ落ちるようにまた柱の根元に座り込むと、虚ろな瞳でまだ浮かぶ氷輪をぼんやりと見上げた。