ギンコを木に縛り付けた事で帝江と頭目の元に歩けるようになった者達が二人の元に群がる。
「石を…精気の塊をくれ…!」
「駄目…だ…っ、」
彼らの言葉にギンコが割って入る。まだぐらぐらと頭が揺れるようだったが、ギンコは声を絞り出す。
「…天狗が追ってるんだろう…っ?その石を無闇に使えば…繁栄どころじゃない、あんたらの大事なもんがその力で奪われたらどうすんだ…っ」
しかし水晶を目の前にした人の前にギンコの言葉は届かない。
「俺はもう何年も前から水晶を貰うと約束してたんだ!いい加減待てない!」
「うちの里だってそうだ!これさえあれば…またあの頃と変わらない豊かな土地が…」
「そうだ!危険は承知の上!帝江さえあれば、うちの子の病だって……帝江は目の前に……」
一人の男が堪らずに帝江に駆け寄った。
水晶が折られた音が辺りに響く。
まるでその音が合図のように、そこにいた頭目の仲間全員が頭目を押し退け帝江に向かって走りだした。
「阿呆共が…」
バキバキと嫌な音がギンコの耳に響く。頭目の小さな呟きなど、聞こえる者はいなかった。
──ズドォォン!!
「「ズドーン!!」」
軽やかな声が、実際に立てた音を口にしながら空から落ちてきた。
水晶の周りに着地した二人は何と言うことは無いと笑みを湛えて顔を上げたが、着地の衝撃を頭から喰らった者達は見るも無残な血と肉の塊になってしまっている。その場は時が止まったかの様にしんと静まり返った。
「や♪こんばんは」
「何してるのかな〜?お兄さんたちは〜」
そんな静寂の中で、闇夜に光る赤と青の瞳が後ろに聳え立つ水晶を見上げる。
「あははっ、やっぱり。お姉さんを上手く使えたからって結界を緩めたね?」
「バカだよね〜」
「「みーんな、ミナゴロシだよ♪」」
──ドッ…
「え?」
「あ?」
躰に走った衝撃に視線を落とした男二人。目の前には、いつのまにか小さな少年がにっこりと笑い佇んでいた。そして、その細い腕が何故か自分の躰に突き刺さっている。
少年たちが手を引き抜けば、真っ赤に染まっているその腕と、舞う飛沫。
二人の小さな手にそれぞれ胸や腹を貫かれ絶命した男たちを見た途端、
「ぎゃああああ!!」
帝江の周りにいた少年たちの被害を免れた者達はせっかく手に入れた水晶を放り出し、訳も分からず叫びながらそこから逃げ出す。
そこからは、もう見るも無残な惨劇だった。
劈く断末魔の悲鳴と子供の甲高い笑い声が森中に響き渡り、噎せ返るような血の匂いが辺りに充満した。
木々、地面、そして帝江の水晶にも赤い飛沫が降りかかった。
ギンコは一瞬で地獄絵図と化したその出来事を声も出せずに見つめていたが…ふとした時に我に返り、堪らず叫ぶ。
「、やめろっ!」
声が震えていたのは致し方ない。その血塗れの腕が何時自分に向けられるかわかったものではないのだから。
「あれ〜?蟲師のお兄さんだ〜。何してるの〜?」
ギンコの声が届いたのか、のんびりした口調で、てててと愛らしく駆け寄ってくるのは目も躰も血色に染まる少年。
青い瞳の少年は森の中に逃げ出した者達を追いかけて行ったようだ。
自分も殺される。そう思った。
(声が…出ねぇ…っ)
目の前に居る小さな子供。何故か、それが目の前にあるというだけで躰が言うことを聞かなくなった。指一本、動かせない。瞬き一つすれば、次の瞬間には首が飛んでいるのではと思えた。
森の中からまた断末魔の悲鳴が聞こえた。
「お兄さん、大丈夫?」
──ビクッ
また上から降ってきたもう一人の子供。森に入っていたはずだが…
(まさか、跳んできた…?今の一瞬で…!?)
驚愕に絶えない。
しかし、躰が震えたことで、動けるようになったギンコは立ち上がろうとしたが、腕に巻き付けられた縄がそれを許さない。縄の存在を一瞬忘れる程、ギンコは冷静さを失っていた。
「御託はいいっ。早くこいつを解け…っ」
声を荒げたギンコに少年たちは顔を見合わせた。
「「ふはっ」」
揃って吹き出した少年たち。
「お兄さん、顔…っ顔〜!」
「真っ青のくせにそんな意気込んじゃって。僕達が怖いのか怖くないのかどっちだよ?」
笑いながら水晶に近付いて行く少年たち。その背にギンコは問いかけた。
「……おまえたちが、天狗…なのか?」
「「……」」
振り返った少年たちの顔は無表情だった。
「「そうだよ」」
──ひゅぅる…
青い目の少年の姿がぐにゃりと歪む。ギンコは一瞬眩暈でも起こしたのかと思ったが、少年以外の景色は勿論、もう一人の姿もしっかり見えている。
──ガシャ
そして、数度瞬きを終える頃には、赤い目の少年の腕に身の丈ほどもある大きなハンマーが握られていた。
もう一人は何処へ…
「便利でしょ〜、僕達の擬態能力」
「!?」
「あれ?聞きたそうな顔してたから教えてあげたんだよ〜?もうちょっと嬉しそうな顔しなよ〜」
そう言ってハンマーを振り上げた少年。それを向ける先は水晶で…
「おいっ!やめろ!!」
「大丈夫大丈夫〜♪」
──ガシャァアアン
勢いよく振り下ろされたハンマーに、水晶は砕け散る。
中で水晶に支えられていた帝江がぐらりと倒れてきた。
「帝江…っ」
ギンコは身を乗り出すが、先には進めない。
少年が帝江を抱えた。
「じゃあ僕ら行くからさ」
「!」
いつのまにか元の姿に戻っていた青い目の少年の言葉にギンコはハッと顔を上げる。
「あれれ?お兄さんを助けるなんて言ってないよ?」
「お兄さんに任せておいたら、お姉さんの身が危なそうだし」
ギンコは返す言葉がなかった。
「なんかあのお兄さんもいなくなってるし」
しかし、その言葉でハッとする。頭目の姿が無い。ガレキもだ。
「「じゃあね」」
「っ、待て!帝江を…」
言い終わる前に、三人は姿を消していた。