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 寄せては返す、波の音。
 そんな波音を聞きながら穏やかな夜に縁側で月の盃を眺め月見と落込んでいたのは化野。
 ギンコと帝江が旅立った後、あれから静まり返った時間を過ごしながらふと気付けば月に魅入ってしまっていた。


 夜さりは月に磨かれて可惜夜あたらよ


 ここの月もギンコ達が見る月と変わりなく一面を照らし、化野は久々の月に面と向かい合う。
 しかし夜も更け重くなってきた瞼に、そろそろ眠るかと居間に戻り一度大きく伸びをした。


「……っと」


 その時たまたま目に入ったのは、囲炉裏の側に置きっぱなしにしてあった客用の二つの茶碗。


「あぁ、すっかり片付けんの忘れてたな…」


 ギンコと帝江が化野の家にいる時に二人が使っていた茶碗が重ねられていた。といっても一人はそれで食事をした例はないが。
 それでも置き続けた茶碗に、一人笑う。
 しばらくは使うこともないだろと化野がその茶碗を片付けようと歩き出した時に帝江に用意した茶碗が化野の手から滑り落ちて


「…!、やば…っ」


 カチャンと小さな音がして茶碗は畳の上で綺麗に真っ二つに割れて転がった。


「…あー、やっちまった…って言うか…随分と嫌な割れ方してくれたな」


 綺麗な欠け口に破片が散らばることはなかったが、慌てて拾おうと手を伸ばす。


「…っつ…」


 しかしすぐに手を引っ込めたのは、割れたところに触れてしまった指に小さな切り傷…、化野は咄嗟にその指を口に含んだ。


(──…花と言えば……あの香炉…)


 茶碗に描かれた、染め付けの花。真ん中から二つに散ったその花を見て、化野は顔を上げ、自分の横顔を照らしていた月を見上げる。
 化野は蔵の方に向かって立ち上がると、拾い上げた茶碗に再び視線をやり花の絵を見つめて呟いた。


「……思い出した…」