「なあ、お前さん。どこから来たんだ?名前は?なんでそんな【気】を持ってる?」
後日、ギンコは木の上に居た娘を見つけた。気のせいでなければ、娘はヌシが望むままに動いている。ならば、少なくともこの山からは出ないだろうと踏んでいたので、見つけることができた。
腕の中のヌシも、無事なようだ。
そして、ギンコは問うた。まくしたてるようにではなく、呟くように、囁くように。
「いったい、何者なんだ?」
娘に問いかける。
死ぬはずの命を生かす程の生命力。それも山を覆う量の力。娘の正体は何もわからない。それに加え、声をかける程度では反応もしない。
「帝江」
夢の中で、あの獣がそう呼ばれていたのをふと思いだした。
「帝江、か」
すると、視線を感じた。娘が、自分を見ていた。視線が交わる。
ゆっくりと瞬きをする娘に、ギンコは目を大きくした。
(目が…)
金色だったはずの目が、蟲の気が抜けたためか、灰色になっている。まるで、宵闇に浮かぶ月のような。
(あれが元の色だったのか…金色は……光酒の色…山の……そうか。山に気をやっていたから、山の気もまたあいつに流れていたのか)
こちらに目を向けている娘。こちらに気づいても逃げる様子が無い所を見てほっと一息つくと共に、疑問が浮かぶ。
(何に、反応した?)
今までと違う。意識を持って、自分を見ているような気がした。しかしすぐに視線が別の方へ向いた。
「帝江…?」
もう一度、半信半疑に言葉を紡いだ。
娘がもう一度自分の方を見た。
「帝江…もしや、おまえさんの名か」
ギンコは少し興奮気味に言った。それがその娘の名ならば、あの夢はいったいなんなのかとか、夢の中の帝江と呼ばれていた獣はいったいなんなのかとか、疑問に思うべきところは多々あったが、ギンコは、とにもかくにも娘が明確な反応を示したことが嬉しかった。
「帝江」
何度も名を呼ばれ、帝江は小さく首を傾げた。ようにギンコには見えた。
ギンコは頬を緩めた。
驚くほど白かった顔には血の気が戻った。
うすぼんやりと光り、透けていた躰は輪郭を取り戻していた。
娘の意識が山から戻ってきたため、無闇に力が流れ出なくなったのか、蟲たちの動きも落ち着いてきた。
「この前は悪かったな。もうしないから、降りてきてくれないか」
ギンコはそう言ったが、帝江は聞いているのかいないのか、それとも言葉がわからないのか。帝江は木から降りてこなかった。梟だけがじっとこちらを見下ろしていた。
一日中帝江の様子を窺っていたが、帝江は本当に動かなかった。
時折山の動物たちが木の実なんかを持ってやってきた。しかし帝江はそれにも反応を示さず、食べるのはヌシばかり。帝江自身は何も口にしていないようだった。
「おい、あんたも何か食べろ」
帝江はそれから更に数日経っても、食べ物どころか水さえ口にしなかった。体調を崩すようなら無理矢理にでも食わせようと一日中監視していたが、帝江の様子は変わらない。
いや、僅かだが、大きく、変わっていた。
帝江が木から降りてきていたのだ。
ギンコが何もせずに傍に居る様を見て、ヌシの警戒が緩んだようだった。おかげでギンコはヌシの手当ができるようになった。
しかし、驚くことに傷はほとんど治りかけていた。
「この様子なら、もうしばらくすれば自力で飛べるようになるだろ」
ギンコが口角を上げているのを見て、帝江は無言のままヌシを抱いていた。