不本意トラベル



 鏡の間、どこか聞き覚えがあると思っていたがそれもそのはず。アイスに連れられてユウ達一行が訪れたのは、昨日入学式が行われていた中央の鏡と囲う様に沢山の棺が宙を舞うあの部屋であった。



「え〜っと……それで、ルーレッド先輩?」



 先程からそわそわとアイスの様子を伺っていたエース・トラッポラは、意を決した様に話を切り出した。臙脂色えんじいろの大きな瞳が自身に向けられると一瞬肩を揺らしたが、見れば見る程に稀にみる美人だと感心する。雪の様に白い肌や、それを誇張させるかの様に紅に縁どられたふっくらとした唇、まつ毛なんて瞬きする度に音がしそうな程長いし、たっぷりとした亜麻色のサイドテールからはどこか良い匂いがしている。隣を歩くクラスメイト(らしい)デュース・スペードなんて先程から恐縮したままだし、大食堂を出た直後は文句しか口にしていなかった毛玉……もといグリムも、今や彼女の腕に抱かれて尻尾まで揺らす始末。最も気になるのは、彼女が魔法も使えない雑用係の少年と親しそうに会話をしているという事だ。そもそも、この学園は男子校だったはず。女生徒がいるなんて聞いた事がないし、一体どんな経緯があって異色の彼女がこれまた異色な雑用係と顔見知りになったのだろうか。
 エースの言いたい事を大方理解したアイスは、綺麗な余所行きの笑みを浮かべた。



「2年のアイス・ルーレッドです。見た通りの女生徒ですが、学園長先生のご厚意でこの学園へ入学させて頂いたんですよ。失礼ですが、貴方方は……」

「あ、オレはエース・トラッポラ。んで、隣が同じくジュース……じゃなくてデュース…だったよな?」

「クラスメイトなんだから1回で覚えろよ。デュース・スペードです、ルーレッド先輩」

「エースさんにデュースさんですね。私の事は好きにお呼び下さい。ついでに、敬語でなくても構いませんよ」

「マジ!?いやぁ、正直オレ敬語って苦手で……」

「おい、いくら何でも慣れ慣れしすぎだろ…」



 人懐っこい笑みを浮かべるエースに対して、それを窘めるデュースはやや真面目気質の様だ。エースは気に食わないとばかりに顔を歪めるが、アイスと隣に立つユウを交互に見て思い出した様に口を開く。



「ずっと気になってたんだけど、アイス先輩は何でコイツらユウとグリムと知り合いなの?」

「嗚呼……」



 アイスはふむ、と考える素振りを見せた。一応、昨年度は万が一が無い様にとのクロウリーのアドバイスで自身が宿舎については明言を避けていたのだ。そもそもアイスがオンボロ寮を使う様に勧めたのはクロウリーであった。アイス自身も元よりとこか特定の寮に所属するつもりは無かったし、ゴーストが住み着いていると噂されているお陰もあって一般の生徒らに敬遠されているというのは非常に魅力的であった。悪戯好きと聞いていたのゴースト達が、まるで孫が出来たかの様にそれはそれは甲斐甲斐しく身の回りの世話をしてくれたのも嬉しい誤算であった。
 ただ、今後の事を考えると無理に隠し通すのにも限度があるのではないだろうか…。現に、雑用係2日目にしてユウもグリムもエース、デュースといった知り合いを作っているわけだし、今後は彼らがユウを訪ねてオンボロ寮に来る可能性だってある。後々バレて大騒ぎされるなら、今のうちに話しておいた方が利口なのではなかろうか。勿論、彼らがクロウリーの課題を達成出来ずに退学するのであればオンボロ寮の秘密と一緒に去ってくれるので、それはそれで願ったり叶ったりである。



「ユウさんとグリムさんとは寮が同じなんですよ。まぁ、昨晩にいらしたからご一緒した時間はまだ僅かなのですが」

「あ、昨日はご馳走様でした。タマゴサンド、凄く美味しかったです」

「なぁなぁアイス、今日もツナ缶くれていいんだゾ!」

「グリム、さすがに図々しすぎるよ…」

「あら、わざわざご丁寧に。ふふ、夕食にするには少し時間も遅くなってしまったので処理に困っていたんです。お腹の足しになったなら何よりですわ。ツナ缶…まだ棚にあった様な……帰ったら見てみますね」



 すみません、と眉を下げたユウにアイスは「いえいえ」と手を振ってこたえる。3人でオンボロ寮に帰れればの話、という言葉を飲み込みながら。一方で、一連の会話を聞いていデュースは目を丸くして、次の瞬間顔を真っ赤に染めた。さも当たり前の様に説明されたが、聞き流していい様な内容だっただろうか。いや、絶対に違うだろう。



「一緒の寮って…大丈夫なんですか!?」

「おうおう、顔真っ赤にしちゃって。やらし〜ですねぇ、デュース君」

「いや、だ、でも……さすがにマズいだろ!!」

「マズいっていうか、羨ましいっつーか……まぁ、いいのかって聞かれたら即答できないけどさ」



 確かに、昨晩床に就いたユウも考えないわけでは無かった。いくら寝泊まりする所が無いといえ、女性が1人(この際ゴーストは省くとして)で暮らしている寮に足を踏み入れて良かったのかと。ただ、朝になってそれは要らない心配だったと学んだ。今朝、自分たちを起こしに部屋へ乗り込んできたゴースト達は、目を開けて頭が覚醒しないうちにアイスに対して牽制する様な言葉を放ちだした。



「お嬢の眠りを妨げない様、夜は静かにする事」

「お嬢が自室に籠っている時は出来るだけ邪魔をしない事」

「給湯室の戸棚の上から3段目にあるティーセットはお嬢専用なので絶対に使わない事」



 ゴースト達が一斉に言うもんだから全ては聞き取れなかったが、アイス・ルーレッドはここオンボロ寮のゴースト達に守られて1年を過ごしてきたのだと思い知った。だからこそ、学園長は彼女の宿舎としてオンボロ寮を指定したのだろう、と。



「お気遣い頂きありがとうございます。でも心配はいりませんよ。ユウさんの事は信頼してますし、何より私には沢山のボディガードがいますから」



 くすくす、とグリムの頭を撫でながらアイスは綺麗に笑った。何となくだが、ユウが今まで見た中で1番自然な笑みだと感じた。



「あ〜あ……なんっでこんな事になっちゃったかなぁ。ついてなさすぎ……」

「う〜ん……それは僕の科白では……」

「ん?今何か言いました?」

「いいえ、何も。時間は限られてますし、早く鉱山に行きましょうか」

「賛成です!ぶつぶつ言っている時間はない……闇の鏡よ!僕達をドワーフ鉱山へ導き給え!」



 デュースが唱えると、鏡の中に段々と波紋が広がっていく。ユウとグリムが初めて見る光景に戸惑っていると、次の瞬間波紋の中から光が差し込み目がくらむ様な感覚を覚えた。



「ユウさん、グリムさん、もういいですよ。目を開けてください」



 アイスの声に恐る恐る目を開ければ、先程までいた鏡の間から一変し、一行は気が生い茂って薄暗い森の中に立っていた。



「ここがドワーフ鉱山……一昔前は魔法石の採掘で栄えたらしいが……」

「うぅ…何か出そう何だゾ……」

「あ、奥の方に家がある。話聞きに行ってみよーぜ」



 薄暗い森の奥によくよく目を凝らしてみれば、エースが指す方に薄らと小さな小屋の輪郭が浮かび上がってくる。外観からして何年も放置されている事は明らかだったが、中の荒れ具合も相当悲惨なものであった。足を踏み入れた瞬間に蓄積された埃が白い煙となって舞い、天井の至る所に蜘蛛の巣がガーランドかの様にかけられている。



「こんばんは………って、空き家か。荒れ放題だ…」

「炭鉱の閉鎖と同時に使われなくなったのでしょうか……」

「ぷわっ!顔に蜘蛛の巣が…ぺぺっ!」

「なんか机とか椅子とか全部小さくねぇ?子供用かな?いち、に……7人!多っ!」



 エースは近くにあった椅子を引いてまじまじとその大きさを確認する。次いで周囲をぐるり見回せば、同じ様な椅子が複数転がっていることに気が付いた。言われてみれば、この家全体が背の低い人物達の為に作られた様な大きさをしている。



「そういえば……何かの文献で、昔ドワーフ鉱山には文字通り小人達が鉱物の採掘に勤しんでいたと見た事があります」

「鉱山が栄えていた時は凄く賑やかな家だったんでしょうね…」

「ここでこうしててもしゃーない。魔法石があるとすれば炭鉱の中だよね。とりあえず、行ってみよーぜ」



 夕暮れ時に学園を出たはずなのに、夏ももう終わりだからだろうか。薄汚れた小屋の窓から見える外はどっぷり日も暮れ、青黒い夜の色で染まっていた。



+ + +



 何の収穫も得られないまま、一行は所変わって小屋のすぐ付近に作られた炭鉱の入り口を訪れていた。先程の小屋同様、この炭鉱も閉鎖されてからすっかり人が訪れる事が無くなったのだろう。明かりらしい明かりも無く、炭鉱の中は漆黒の闇が広がっている。



「こ、この真っ暗な中に入るのか!?」

「ビビッてんのかよ。だっせー」

「なぬっ!?ビ、ビビッてなんかねーんだゾ!」

「あ……」



 売り言葉に買い言葉。エースの一言に機嫌を悪くしたグリムは、アイスの腕からするりと抜け出してふよふよと悪態を吐いた相手の前に飛び出した。



「オレ様が隊長だ!オマエらついてくるんだゾ!」



 勢いで先陣をきったグリムの後に続き炭鉱の中へと進んでいく。経緯はどうあれ、結果として青白く光る耳を持ったグリムを先頭にした事は非常に有意義な作戦だった。というのも、外からも感じてた通り炭鉱の中は漆黒の闇に包まれていた。栄えていた時の名残でランプや蝋燭の残骸があちらこちらに転がってはいるが、どれも欠けたり、溶けたり、滴る湧き水に浸っていたり、とどこまでも続く漆黒を灯し続けるには心許ない。グリムの耳の炎が揺れると、炭鉱に取り残された鉱石がキラキラと反射して目に飛び込んでくる。アイスは一瞬本来の目的を忘れ、見た事も無い光景に目を輝かせた。



「……随分と楽しそうですね?」

「あ、ごめんなさい。軽率でしたね。炭鉱の中に入る経験なんて、今まで無かったものですから……」

「い、いや、そうじゃなくて…」



 僅かに眉尻を下げたアイスに、ユウは慌てて首を振った。何となく、気のせいと言われればそれまでであるが、ユウはアイスが見せる笑顔に違和感を感じる事が稀にあった。自分が見ている限り、彼女は常に綺麗な顔で柔らかな笑みを浮かべている。一つ一つの所作や言葉遣いもとても綺麗だし、自分の見せ方が非常に上手い人なのだと実感する。ただ、大食堂でゴースト達の話をした時、或いは今炭鉱の中を凝視している時に見せた表情は、普段の彼女と比べるとどこか幼い印象を受けたのだ。綺麗、というよりは可愛らしい……と言えば良いのか。



「!?待て!」

「んだよ」



 突然大声を上げたデュースに、エースは訝しげな表情を浮かべた。文句の一つでも、と口を開こうとするが、間髪入れずにデュースは言葉を続ける。



「何か……いる!」

「ぴゃっ!」

「ヒーッヒッヒ!10年振りのお客様だあ!」

「ゆっくりして行きなよ。永遠にね!」



 その姿を目にしたグリムは、一目散に後方にいたアイスの腕の中に避難してきた。咄嗟に黒い塊を受け止めながら、顔面蒼白で立ち尽くしているユウ、エース、デュースを他所に、アイスは目の前に現れた複数体のゴーストの姿をしげしげと観察した。オンボロ寮以外でゴーストに会うのはこれが初めてだが……成程。本来のゴーストというのはかなり好戦的な性質をしているらしい。と、悠長に構えていたアイスの腕をエースが力強く掴んだ。



「くそっ、ゴーストに構ってる暇なんか無いっていうのに…!」

「んな事言ってる場合じゃないだろ!とりあえず逃げろ!」

「え……ちょっ!」



 アイスはエースに引きずられる様にその場から離れる事になった。ゴーストの類であれば簡単な魔法で後退させる事くらいわけないのだが、テンパっている1年生コンビには彼女の小さく戸惑った声は届かないらしい。あまりのチカラに何度かグリムを落としかけたが、グリムはその度にひしとアイスの腕にしがみ付いてそれを許さなかった。


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