散々スポット



 ゴースト達はしつこくどこまでも追いかけてくる。ようやく白い大群が見えなくなった時には、一行は来た道の半分以上も戻ってきてしまっていた。



「……もう追って来てないみたいだゾ!」

「随分と戻ってきてしまいましたね……エースさん、もう自分で歩けるので大丈夫ですよ」

「あ、すいません。……つーか、アイス先輩ぼーっとしすぎ!」

「ええと、急な出来事で……つい…」



 「それもそうか」とエースは秒で納得したが、アイスの言葉の『急な出来事』真意として、『エースが勢いよく腕を引っ張る』という行動がそれに当たるとは知る由も無いだろう。彼は社交辞令の「でも、助かりました」というアイスの謝辞に気分よく鼻の下を擦っている。



「とりあえず、先に進もう。あまり時間が無いんだ」

「ふぎゃっ!?い、今何か物音がしたんだゾ!?」

「え?……さっきのゴーストは撒いたはずだが…?」




 終始アイスにその身を預けているくせに、グリムは先程から身体を強張らせてばかりだ。白い腕の中で耳を座らせる毛玉に、ユウはこんな状況にも関わらずただただ白い目を向けた。ここまでの道中、何回かグリムを預かろうと提案したがその度にグリムの尻尾がしゅるり、ときつくアイスの腕を締め付けユウの言葉を拒絶し続けた。一方のアイスはというと、得体は知れないとはいえ一見すると猫にも狸にも見える獣に好かれて特に悪い気はしていなかった。試みとして手を緩めてみると、瞬時に振り向いて目で何かを訴える様子も非常に愛らしい。



「グリム、アイスさんも腕が疲れちゃうから降りなよ…」

「お前ビビりすぎ。アイス先輩もその辺に投げ捨てちゃえばいいのにさぁ」

「ふなっ!?オ、オレ様は別にビビッてなんかないんだゾ!ただ、アイスが怖がってるから傍に居てやってるだけで…」

「ふふ、そうですね。お陰で怖い思いをせずに助かっています」



 「ほれ見ろ」と言わんばかりにグリムはユウとエースの方を見てニヤリと笑った。どこまでも生意気な毛玉である。文句を言おうにも、肝心のアイスはグリムの見栄に対して愉快そうに口角を上げ、優しい手つきでふわふわな毛に包まれた頭を撫で回している。ふぬぬ、と歯を食いしばってグリムを睨みつけていると、エースは前方から物音がする事に気付いた。



「しっ!向こうに何かいる…!」



 3人と1匹がエースの言う方に目を向けると、進行方向に先程とは別のゴースト達が蠢いているのが目に飛び込んできた。
 


「ここもゴーストがうろうろしてんのかよ!」

「いちいち構ってたらキリがない。先を急ぐぞ」



 デュースの言葉に、エースは本日何回目か分からない程に目を座らせる。この2人、性格の不一致が原因なのかどうも気が合わないらしい。



「偉そうに命令しないでほしーんだけど。大体、お前があんな馬鹿な真似しなきゃこんな事になんなかったのに」

「元はと言えばお前が掃除をさぼったのが原因だろう!」

「あら、そうなんですか?」

「ええと……話せば凄く長くなるんですけど……」



 ユウから聞くに、そもそもの原因は今朝メインストリートでエースとグリムが口論となり、双方の魔法が暴発してグレート・セブンの1人であるハートの女王の石造を傷つけてしまった事に始まるらしい。場違いながら、新入早々学園の備品を傷付けるだなんてエースもグリムも大物だと感心してしまう。大騒ぎを聞きつけたクロウリーによってエース、グリム、それと監督不行き届きという理由でユウの2人と1匹は放課後に学園の窓を100枚拭き掃除する様に罰則を下された。しかし、最初はエースが、続けてグリムが罰則から逃れようと学園内で逃走劇を繰り広げ、最終的にはアイスも居合わせたあの大食堂でシャンデリアを壊してようやく終息を迎えた、と。




「それを言ったら、最初にハートの女王の像を燃やしたのはそこの毛玉だぜ!」

「ふな゛っ!オマエがオレ様を馬鹿にしたから悪いんだゾ!」

「お前達!今の状況が分かっているのか?朝までに魔法石を持って帰れなければ僕達は退学なんだぞ!」

「だ〜から、さっきからいちいち仕切んなよ。ムカつくなあ」



 こうなってしまえば堂々巡りだ。三者三様に「お前のせい」を繰り返すばかりで、話は一向に先に進む気配が無い。アイスとて、いつまでもここで彼らに付き合うつもりは毛頭無い。2日連続で夕食を食べ損ねるなんてごめんだし、宿題に内職にスキンケアに……やらなければならない事は山ほどあるのだ。いい加減に止めにかかろうとアイスが口を開くと、ユウが何かに気付いて肩を揺らした。



「……今、人の声が聞こえたような…」



 ユウの視線の先を目で追ってみると、暗闇の中心で揺らめく影がある事に気が付く。



「……さぬ……うぅ……ぬ……」

「「「「「!!」」」」」



 影の揺らめきに合わせて、呻きに似た声がどんどんと近づいてくるのだ。



「こ、この声……は?」

「い……し……ウゥウウ……オデノモノ……」

「なんか……だんだん近づいて……」

「ええ……来ます!」

「イジハ…………オデノモノダアアアアアオオオオオオ!!!!」

「「「「で、出たあああああ!!!」」」」


「え、ちょ……またですか!?」



 姿を現したのは先程から自分達を追い回しているゴーストなんかよりもずっと大きく、ずっと禍々しい何かだった。今度はデュースに引きずられる事になったアイスだったが、一瞬しかその姿を捉えられなかったものの、今までに1度も見た事が無い物体だという事だけは確証していた。逃げながらも振り返りながら改めてその姿を確認する。いつだかに本で見たドワーフの装いにガラス瓶の様な頭部をした化け物は、けたたましく雄叫びを上げながら脇目も振らずに此方へ向かってくる。



「何だあのヤバいの!?」

「ぶなああああ!!あんなの居るなんて聞いてねーんだゾ”!!アイス!!絶対落とすなよ!!」

「心得てますよ、グリムさん。ううん……私もあの様な化け物は初めて見ましたねぇ…」

「だから!さっきから何をそんな悠長にしてんすか!!めっちゃエグい!……でもアイツ、石がどうとか言ってなかった!?」

「えぇ!?」



 エースは中々に観察力があるらしい。確かに、逃げる間際にあの化け物は「石はオレのモノ」と叫んで此方を威嚇したのだ。



「イジ…イシ、ハ……ワダサヌ………!!!」

「「「!!!」」」



 集中して化け物の声に耳を傾けるとユウ、グリム、デュースの耳にも炭鉱内に響く「石は渡さぬ」と囂然ごうぜんたる声が入ってきた。あの化け物が言う『石』とは、十中八九魔法石の事だろう。途端にデュースの双眼がキラキラと輝きだした。



「やっぱりここに魔法石はまだあるんだ!」

「むむむむむりむり!いくらオレ様が天才でも、あんなのに勝てっこねぇんだゾ!」

「だが魔法石を持ち帰れなければ退学……僕は行く!」

「冗談でしょ!?」



 エースはバカバカしいと言葉を投げたが、ユウの目にもアイスの目にもデュースの決意が本気なのは一目瞭然であった。ユウは窘める様に「1人じゃ無理だ」と説得を試みるが、デュースは頑なに首を横に振る。



「俺は絶対に退学させられるわけにはいかないんだ!」



 そういえば、大食堂に居た時から『退学』という単語に最もナーバスなのはこのデュースであった。元々生徒ではないユウとグリムは置いておいて、エースは慌てながらもどこか諦めている様な物言いだ。確かに命に係わる現状を前にしたら、退学なんて罰則は可愛いものなのかもしれない。デュースは何をそんなに必死になっているのか、それは彼の一人称が変わった事に関係するのか……。アイスはどこか他人事には思えなかった。


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