軽率タクティクス
放課後、大食堂で生クリームたっぷりのショートケーキをつつくアイスは酷く疲れ切っていた。保健室で大袈裟なまでにぐるぐる巻きにされた首元を撫でれば、自然と込み上げてくる溜息が溢れてくる。魔法薬学では制限時間内に『忘却薬』を生成出来たのは自分達のペアだけであったが、レオナのアドバイスが無ければそれも危うかったと思うと実に釈然としない。行き交う学生らには挙って「何があった?」と問われるし、運悪く鉢合わせたヴィルからは物凄い剣幕で説教を受ける事になるし、アイスの心労はピークまで達していた。こんな時は甘いものを食べるに限る……と意気込んで大食堂を訪れてはみたものの、目の前で繰り広げられる3人と1匹の押し問答に気分は上がるどころか降下する一方だ。シャンデリアに飛び乗り悪態を吐くのは昨晩オンボロ寮に表れたモンスターのグリム、その下で慌てふためいている少年は同じく昨晩からオンボロ寮の住人となったユウ、あとの2人は見た事の無い生徒であるが、左腕に付けている赤と黒の腕章からしてハーツラビュル寮の新入生といったところか。
「へっへっへ!捕まえられるもんなら捕まえてみろ〜だゾ!」
「くっ、シャンデリアに登るとは卑怯だぞ!」
事の発端は分からないが、どうやらあの3人はグリムを捕まえようと奮闘している様だ。アイスだけでなく、食堂にいた生徒らの視線が騒ぎの中心へと集められていく。
「何か挟んだり、捕まえたるする………はっ、そうだ!」
「何か良いアイディアが……って、おいおい、ちょい待ち!何でマジカルペンこっちに向けてんの!?」
「お前を投げればいいんだ!」
何に、というのは言わずもがな、シャンデリアにぶら下がって此方を挑発し続けるモンスターに対してだろう。「嫌な予感しかしない」と眉を潜めたユウの呟きにアイスも口にはしないが同意した。黒髪の彼がこれからしでかそうとしている事について、間違いなく自分の予想は的中するだろう。次いでどんな展開が待ち受けているのかも。嗚呼、何で今日はこんなにも面倒くさい出来事ばかりが起こるのだろうか。
「冗談でしょ!?うわわわっ!浮かすな!オレの事投げる気かよ!?やめろマジで!」
「しっかり捕まえろよ。よく狙って……いくぞ!」
「ぎええええええええ!!」
「ふな゛あああ!!!!????」
「シャ、シャンデリアがーーーー!!!」
黒髪の少年がマジカルペンを振ると、隣にいた赤毛の少年の身体がふわふわと浮かび上がる。必死に降ろす様に訴えているが、その甲斐なく彼の身体は物凄い勢いでシャンデリアの方へ吹っ飛んでいった。結果的に言えば、黒髪の目論見通りにグリムは地面とお友達になる事になった。しかし、その代償はあまりにも大きすぎる。けたたましい破壊音と煙の様に舞い散る白い埃、床に無残にも粉々になったシャンデリアの残骸が散らばっている。
「ォエッ!ゲホッゲホッ!信じらんねぇ!」
「ふにゃぁあぁ……」
「し、しまった!捕まえた後の着地の事を考えてなかった……!」
「おっま……バッッッカじゃねぇの!!!!????」
顔面蒼白の様子の黒髪の少年に、のっそりと立ち上がった赤毛の少年が怒号を浴びせる。周囲の生徒同様にその光景を唖然と見ていたアイスは、大食堂の入り口に表れた影に頭を押さえた。これは本格的に面倒な事になった、と。
「グリムは捕まえたけど、シャンデリアぶっ壊したのが学園長に知れたら……」
「知れたら……何ですって?」
「あ……学園長……」
……ご愁傷様。
「あ〜な〜た〜た〜ち〜は〜〜〜〜ッ!一体何をしているんですか!!!!」
「ふにゃぁあぁ……目が回るんだゾ〜〜」
ペストマスクで素顔は見えないものの、恐らくその中の表情は鬼の様な形相だった事だろう。どすどすと足音を立てて足早に3人と1匹に詰め寄ったクロウリーは、そのままの勢いで激しくまくしたてる。
「石像に傷を付けただけでは飽き足らず、シャンデリアまで破壊するなんて!もう許せません。全員、即退学です!」
「「ええええええ〜〜〜〜っ!!??」」
全員とは言ったが、ユウとグリムは実質雑用係という立ち位置の為、正確に言えばあの2人のハーツラビュル寮生に対しての厳罰と言えるだろうか。……と、長居してしまったが、これ以上ここに居て変な事に巻き込まれるのはごめんだ。食べかけのショートケーキには悪いが、それよりも今はオンボロ寮に帰るのが得策に違いない。アイスは目の前に広げていたアフタヌーンティーセットを片付け、早々に立ち去ろうと動き始めた時だった。
「あ、アイスさん」
悪気も無く、ユウが此方に気付いて声を上げたのだ。ひくり、とアイスの口角が揺れる。このまま素通りも出来るが、今の自分は誰もが認める淑女なのだ。先の騒動で野次馬が増えているこの現状で、下手に自分のイメージを下げる事はしたくない。仕方なく小さく手を振り答えると、強張ったユウの表情が少しだけ柔らかくなった。その間も彼の隣では、黒髪の少年とクロウリーが押し問答を繰り広げている。
「どうかそれだけはお許しください!俺はこの学校でやらなきゃいけない事があるんです!」
「馬鹿な真似をした自分を恨むんですね」
「許して頂けるなら弁償でも何でもします」
「このシャンデリアはただのシャンデリアではありません。魔法を動力源とし永遠に尽きない蝋燭に炎が灯る魔法のシャンデリア。伝説の魔法道具マイスターに作らせた逸品です。学園設立当時からずっと大切に受け継がれてきたというのに……。歴史的価値を考えれば10億マドルは下らない品物ですよ。それを弁償出来るとでも?」
「じゅ、10億マドル……!?」
「で、でもさ。先生の魔法でパパッと直せちゃったりとか……」
「魔法は万能ではありません。しかも、魔法道具の心臓とも呼べる魔法石が割れてしまった。魔法石に2つと同じものは無い。もう二度とこのシャンデリアに光が灯る事は無いでしょう」
クロウリーの良い方は随分と嫌味っぽく聞こえるが、魔法が万能でないという教えについてはその通りである。例えばその物体を構成する構造や材料が分からなければ生成する事は叶わないし、唯一無二の材料に関しては代用品を生み出す事も出来ない。日常的に良く目にする機械や道具なんかを修復するのは容易でも、材料も構成も複雑な魔法道具等の類についてはその限りではないのだ。
「そんなぁ……」
「ちくしょう……何やってんだ俺は……母さんに何て言えば……」
落胆する生徒らには悪いが自業自得である。ただ、このまま素知らぬふりをするのも後味が悪い。アイスは小さくため息を吐き、人の良い笑みを浮かべてクロウリー声をかけた。
「あの学園長先生、そのシャンデリアの魔法石……確かドワーフ鉱山で採掘された物でしたよね?」
「ええその通りです。本校設立時の記録にもその旨はきちんと書かれています」
「同じ性質を持つ魔法石が手に入れば、シャンデリアの修理も可能なのではありませんか?」
「「えっ!?」」
アイスの言葉にハーツラビュル寮の2人は歓喜の声を上げる。学園の外に出るには教師陣の許可が必要となるが、この場合はクロウリーに許可してもらえば問題が無い。唯一の難点といえば、採掘されたのは学園設立時……つまり何百年も昔になるので、今もまだ採掘可能か確証が持てない事である。
「僕、魔法石を取りに行きます!行かせてください!」
「ですが、ルーレッドさんの言う鉱山は閉山して暫く経ちますし、魔法石が全て掘り尽くされてしまっている可能性も高い」
「その時は運が無かった、という事でしょう。可能性があるのであれば、その寛大な心で挑戦するチャンスくらいあげてもよろしいのでは?」
ねぇ、と黒髪の少年に問えば、彼は少しだけ顔を赤らめ強く頷く。クロウリーは暫く低い唸り声を上げたが、彼が次に発した言葉によって渋々承諾の意を見せた。
「はい!退学を撤回してもらえるなら、何でもします!」
「………いいでしょう。では一晩だけ待ってさしあげます。明日の朝までに魔法石を持って帰ってこられなければ、君達は退学です」
「はい……!ありがとうございます!」
「はーぁ。しゃーねぇ。んじゃパパッと行って魔法石を持って帰ってきますか」
「ドワーフ鉱山までは鏡の間の扉を利用すればすぐに到着出来るでしょう」
どうやら話は無事に付いたらしい。後はどちらに転んでも自分の知ったところではない。クロウリーにも言った通り、魔法石を持ち帰れなければそれまでの事だし、持ち帰れたとしたら多少なりとも自分の好感度は上がる事だろう。何せ、自分の一声で退学を免れた生徒が2人も(とついでに雑用係1人と1匹)出るのだから。リドルに恩を売って暫くの間タルトを献上させるのも良いかもしれない。
「それと……ルーレッドさんには彼らの監視役として同行をお願いする事にします」
「はい?」
今度こそオンボロ寮に帰ろうと意気込んでいたアイスは、クロウリーの思いがけない言葉に耳を疑った。
「あの、何故私が?」
「いくら単なるお使いとはいえ彼らは学園の外、しかも他所の国に出るのは初めてだ。新入生なのでまだ魔法も上手く使えないでしょうし、ユウさんに至っては魔法を使う事すら出来ない。彼らの今後を案じてアドバイスする程に優しい貴方が、ここで彼らを見放すなんて事はしませんよねぇ?」
この狸オヤジめ…。此方が言い返さないのを良い事に、いけしゃあしゃあと!!好感度を上げる代償としてはどう考えても損失の方が大きすぎる。しかし、クロウリーの言い回しのせいで断る事すら出来なくなってしまった。
「ルーレッド先輩、でしたっけ?すみません、僕達のせいで……よろしくお願いします!」
「う〜ん……こんな美人と一緒に炭鉱に行けるならむしろ得しちゃったかも?」
「……ハッ!な、なんだぁ……?オレ様は一体何を……」
「ずっと気絶してた方が幸せだったかも…」
嗚呼、本当。今日は厄日に違いない。何とも結束力が欠如してそうな一行の姿に、ついにアイスは隠す事無く盛大な溜息を吐いたのだった。
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