我儘スリー
化け物に追われるがまま、炭鉱内を逃げ続けてどのくらいの時間が経っただろうか。隙を見て魔法石の探索を試みたいところではあるが、残念な事に化け物は一向に諦める様子を見せない。意を決して化け物と対峙する道を選択したが、力の差は歴然であった。
「カエレ!カエレ!!カエレ!!!!」
「ぐあっ……!」
「チッ……ノーコン真面目クンは引っ込んでな!オレが仕留める!はぁっ!」
「ウウウウウウォオオォォォオォォ!!!」
「ぐはっ!!」
真っ先に化け物にマジカルペンを振りかざしたデュークは一瞬の隙を付かれて左に投げ飛ばされ、エースは無事に魔法を成功させたものの魔法諸共弾き飛ばされ後方に吹っ飛んでいく。
「ふぎゃぁ〜!!コッチに来るな〜!!!」
「ぐ、グリムさん暴れないで…!」
「グルルルル!!!」
ターゲットが自分とアイスに変わった事に気付き、グリムは慌てて自慢の炎をで応戦するが化け物には傷一つ付かない。炎の終息を待って、何事も無かったかの様に動きを再開し始める姿についには半べそをかいている。
「ぜ、全然効かねぇんだゾ〜!」
「この化け物は、一体……」
「あ!今、何か光った!?」
「え?」
「ほら!」とユウが声を上げる。一行が言われるがままに化け物の背後に目を凝らすと、薄暗い中の一角がスポットライトに照らされているかの様に光っている。エースとデュースは突然飛び込んできた光景に目の色を変えた。
「あいつの後ろ!坑道の奥で何か光って……」
「あの光は、魔法石……!?」
「……本当にあったんだ…」
幸い、アイスの呟きは誰の耳にも入らなかっただろう。いくら閉鎖されているとはいえ魔法石の欠片の1つや2つは炭鉱内に残っているだろうと踏んでいたが、まさか今日この場でお目にかかれるとは思っていなかった。現段階ではその姿形自体を目で捉える事は叶わないが、炭鉱内で輝く光は大食堂の天井に漂うシャンデリアの灯りの色と酷似している。
「ォオオオオオヲヲヲヲヲヲヲヲ!!!!ワタサンゾォォォォ!!!」
此方の視線の先に気付いたのか、化け物は更にけたたましく雄叫びを上げだした。音は炭鉱内に反響し、ビリビリと凄まじい振動になって一行の身体を震わせる。アイス1人であれば少しの間この化け物の目を眩ませて奥の魔法石を盗ってくる事も出来そうだが、自分の身を守る事すら危うい3人と1匹を置いて行動するのは非常にリスクが高い。残念だが、ここは一旦立て直す必要がありそうだ。
「オイユウ!アイス!!ひひひひとまず逃げるんだゾ!このままじゃ全員やられちまう!」
「私も賛成です。敵の正体も行動パターンも把握できていないこの状態で、あの化け物のテリトリー内で戦うのは無謀です!」
「2人共、今は逃げよう!」
ユウは床に転がったままのエースとデュースを起こすと、撤退を躊躇する2人の背中を全身の力を込めて押して動かしにかかる。だが彼らに比べて幾分か身体が小柄なユウには、文字通り大分荷が重かったらしい。顔を真っ赤にして身体を動かしているが、2人の身体はぴくりともしないのだ。見かねたアイスはグリムを片腕に納めると、先陣を切って駆けだしながらマジカルペンを振った。
「「「わっ、うわぁあっ!!!」」」
「少々荒くなるのはご勘弁くださいね!」
「ウォオオオオ〜〜〜〜〜!!!」
四つん這いの様な姿勢でふよふよと浮かびながらアイスの後に続く3人の少年の姿はなんとも滑稽な姿だろう。だが、本人達がお互いに黙っていれば名誉は保たれるのだ。この際許してほしい。とにもかくにも、今は彼らを安全な場所まで連れて行く事が先決なのだから。
+ + +
「ふぅ……ここまでくれば大丈夫でしょうか…?」
この鉱山に来て早々に立ち寄った小屋の前まで辿り着き、アイスはようやく3人の身体を地面に降ろした。いくら魔法とはいえ、そこそこ成長した男3人を持ち上げた事など今まで経験した事が無かったので、アイスは乱れた息を直すのに何度か深呼吸を繰り返す。炭鉱の方を注視しても、先程まで身体で感じていた雄叫びが聞こえてこない事から、どうやら化け物は自分たちを追う事を諦めたらしい。
「いってぇ……何だったんだよさっきの!あんなの居るなんて聞いてねーって!」
「ただのゴーストではなさそうだったな……」
「私もそう思います……ゴーストにしては禍々しすぎる…」
もしかして、あれって……。アイスは昨年授業で習ったとある事象について思い返していた。ミドルスクールの時も本で読んだ事はあったが、実例を見た事は生まれてこの方一度も無かったので確証は無い。化け物の頭部から溢れていた墨汁よりもイカ墨よりも黒い、ドロドロとした液体。どことなく、自身が握るマジカルペンの宝石のくすみに似ている様な……。
「もう諦めて帰ろーよ。あんなんと戦うくらいなら退学でいいじゃん、もう…」
「なっ!?……ざっけんな!退学になるくらいなら死んだ方がマシだ!魔法石が目の前にあるのに、諦めて帰れるかよ!」
物思いにふけていたアイスは、デュースの怒号にハッと我に返った。慌てて視線を口論する2人に向けると、今度はエースが鼻で笑いながら黒髪を挑発しだす。
「はっ。オレより魔法ヘタクソなくせに何言ってんだか。行くなら勝手に1人で行けよ。オレはやーめた」
「あぁ、そうかよ!なら腰抜け野郎はそこでガタガタ震えてろ!」
「はぁ〜〜〜〜??腰抜け?誰に向かって言ってんの?」
これが引き金だったらしい。終始『優等生』の姿勢を崩さなかったデュースは、人が変わった様に言葉と口調を荒げてエースに詰め寄る。ボキボキと両指を鳴らす様はとてもではないが『優等生』とは程遠い姿だ。超展開にユウもグリムを目を丸くしたが、アイスは彼に既視感を覚えていた理由がはっきりとして、どこか晴れ晴れしい気持ちだった。口調や言動はさておき、彼は自分によく似ているのだ。
「な、なぁ……デュース。オマエ、何かキャラ変わってる気がするんだゾ?」
「……ハッ!ご、ごほん!悪い、少し取り乱した」
「そ、それより、これからどうしよう……」
「オマエら、バーンとド派手な魔法とか使えねーのか?」
「大がかりな魔法や複雑な魔法の使用には訓練が要る」
「だから魔法学校があるんだけどね。パッと思い浮かべた通りに魔法を使うにはかなり練習が必要ってワケ。ぶっちゃけ、テンパッてるとミスりやすい」
魔法は一種のプログラミング作業と似ている。昔テレビで見た子供向け番組の様に、ただ呪文を唱えて杖を振るだけで使えるのなら随分と気は楽なのだが、実際は事前に細かく設定を組み込んでおく必要があったり、使用したい魔法毎に手を振る角度やタイミングを変化させる技術も求められる。2年生のアイスですら学園で学ぶべき魔法の半分以上も習っていないのだから、入学したての彼らに於いては一般的とされる魔法すら上手く使いこなせないだろう。加えて今回は魔法を使うのに最も大切な冷静さを保つことが極めて難しい環境ときたものだ。
「みんなテンションで使ってるんだとばかり…」
「魔法を上手く使う1番の近道は練習と慣れです。得意とする魔法が練習せずに出せるのは、身体が自然とその感覚を覚えているから……だからこそ、学校で訓練を積む必要があるんです」
「そうそう。だからそこの毛玉は火を出すしか出来ないってわけ」
「んなっ!こ、これからもっと凄い魔法を使える様になるんだゾ!」
エースの言葉にグリムは毛並みを逆立てて不快感を露わにする。一行に話が進まない、と苦笑しながら頭を撫でてやれば、グリムは鼻をぷすぷす鳴らしてそっぽを向いた。
「とにかく、僕はなんとかしてあいつを倒して魔法石を持ち帰る」
「だーかーら。お前さー、シャンデリアの時といい実は相当バカでしょ。さっき全然歯が立たなかったくせに『なんとか』って何?何度やったって同じだろ」
「何だと!?お前こそ……」
折角落ち着いたと思ったのに、どうもエースは一言二言余計な言葉が多いらしい。再びデュースの逆鱗に触れたせいで、またも口論へと逆戻りしてしまったのだ。確かに、この短時間でもエースの言う通りデュースには向こう見ずな所がある事は明白である。まだろくに魔法が使えないにも関わらず、がむしゃらであの化け物が倒せる程現実は甘くない。下手すれば命をも落としかねないのだ。ただ、一方でエースには楽観的な考えと言動がやや目立つ。シャンデリアの件も、元を辿れば原因はエースにもあるのだ。そのくせ真っ先に「退学で良い」と諦める根性が気に食わない。
「また始まったんだゾ……」
あのグリムですら、幼稚な口論を止めない2人に呆れ顔の様子だ。まぁ、ここで自分の名前を出さないだけまだマシか……とアイスは溜息を吐く。すぐさまその口から自分に頼る科白が吐かれたらその時点で見限ってやろうかと思ったが、どうやら彼らにもそれくらいの常識はあった様だ。そろそろ2人を宥めて、魔法石を盗ってくる為の作戦を練る様に促すとしよう。
「2人共いい加減にしなさい!!」
「「「!!」」」
「うわっ。ユウ、いきなりデケぇ声出してどうしたんだゾ」
それよりも早く、隣に立つユウが限界を迎えた様だ。ここ1番の大声に、アイスを含めて目を丸くする。
「もう少し協力しあおうよ…」
「……この突っ走り真面目クンと?ヤダね。絶対ヤダ」
「突っ走り……!?俺だってゴメンだ!」
「お二人がその調子では仕方ありませんね……それでは、全員仲良く退学という事で」
「「えっ……?」」
残念ながら、ついにアイスにも限界がきたらしい。とても柔らかい声であるが、声色に似合わずその内容は酷く辛辣である。にこり、と笑顔を浮かべてはいるがその腹の内は全く見えない。腕の中のグリムもアイスが放った言葉が信じられない様子で、恐々と「オ、オイ、アイス…?」と様子を伺っている。
「ユウさんの言う通り、今の貴方方では1人であの化け物に立ち向かうのは不可能……デュースさんだけで立ち向かっても時間の無駄です。エースさんは元々退学でも構わないとおっしゃっていましたし、丁度いいではありませんか」
ねぇ?と尋ねられ、エースもデュースも顔を青くする。ぐさぐさと突き刺さる単語の数々と、目が離せない程に美しい笑みに喉がヒュッと鳴る。
「あ、あの……アイスさん、怒ってます…?」
「あら、とんでもありません。ただ、先程からエースさんもデュースさんも口論ばかり……力を合わせれば打破出来るかもしれないのに…」
すると、よせばいいのにエースはビシッとデュースを指さして反論を始める。
「こんなヤツと協力しろって?冗談でしょ?そんなダセー事するわけないじゃん」
「同感です。ルーレッド先輩には申し訳ないですが、こいつと協力なんて出来るわけない」
「なら仕方ありません……このままここに居てもそれこそ時間の無駄です。私はこのまま学園に戻りますので、後はお好きに」
「んな゛!?ここでアイスが帰ったらそれこそおしまいなんだゾ!?」
必死に引き留めようとするグリムをユウに預け、アイスはユウにしか見えない角度で鼻を鳴らした。
「まぁ…入学初日で退学程『ダサい』事は無いかと思いますが」
「うっ、それは……」
「……………っ」
あ、コレは相当怒ってる…。ユウは口角がひくひくと痙攣する感覚を覚えた。昨晩からの短い付き合いとは言え、彼女がここまで表情を強張らせるのは見た事が無い。魔法の鏡に入る前、何気無しに首元に巻かれた痛々しい包帯について質問した時も表情を歪めていたが、ここまで酷くは無かったはずだ。ただ、ここで彼女に帰られるわけにはいかない。今この場に於いて魔法が自由に使えるのはアイスだけなのだ。彼女が居なくなってしまえば、魔法石を持ち帰れるかもしれないという僅かな希望も一緒に無くなってしまう。
「アイスさん、1つ、1つだけ提案があるんです!ね、2人共!」
「………はぁ、わぁったよ。やればいいんだしょ、やれば!」
口元をキュッと閉めて不満気な表情のアイスがユウの顔をじぃっ、と見つめている。どんな顔をしても、美人はどこまでも美人だった。やがて諦めたかの様に眉尻を下げると、アイスは肩を落として「仕方ありませんね」と息を吐く。
「それで、どんな作戦なのでしょう?」
アイスの言葉にエースもデュースもホッと肩を撫で下ろす。この場に居た彼女以外の全員の脳内に、『美人は怒らすべからず』という教訓が叩き込まれた瞬間だった。
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