執着チョイス
どこまでも、いつまでも追いかけてくる化け物に一同もいい加減に疲れと焦りを感じていた。
「ウウ…ウウウッ…!イジ……カエセェエ……ッ!!」
「くそ、このままじゃ追い付かれるっ……!」
ただ、疲れているのは追いかけている化け物も同じらしい。一行に距離が開かない事には変わりないが、明らかに相手の動きも鈍り始めている。その様子を振り返りざまに目視したアイスは、そのままエースとデュースに向かって声を上げた。
「このままでは学園に戻るまでに全員捕まってしまいます!見た所、バケモノも大分弱ってきました。倒すなら今です!」
「確かに……やるっきゃないかも!」
意を決した面持ちでユウも続ける。エースは一瞬ギョッと表情を強張らせたが、背後の化け物と隣を走るデュースを交互に見て「あーっ、もぉ!」と嘆いた。
「仕方ねぇ、やったろーじゃん!チビんじゃねーぞ、真面目クン!」
「お前こそ!」
「オレ様の真の力、見せてやるんだゾ!」
良かった、やる気になってくれた。腕の中のグリムがふわりと宙を飛んだのを見て、アイスはホッと胸を撫で下ろした。空間としては広いが、木々が生い茂って障害物の多い森の中。人によっては戦うのに絶好の舞台なのだろうが、アイスにとっては相性が最悪である。ここは大人しく後方支援に回るのが利口だ。
やる気を十分に見せて化け物に対峙したエース、デュース、グリムであったが、対象に向かって魔法を放つのに不馴れな事もあってイマイチ決定打に欠けていた。グリムの炎やエースは広範囲にそれなりの火力を出せる様だが継続時間が短いのが難点だし、デュースの召喚魔法は本人の焦りによって実態するまでにかなりのタイムラグが見られる(あと、何故だか大窯しか出せないらしい)。
「やいエース!もっと向こうにオレ様の炎を広げろ!全然化け物に当たんねーんだゾ!」
「んな事言ったって、アイツ意外とちょこまか動くから狙いが……真面目クンもっと足止めしろよ!」
「分かってんだよ!だが、テンパると……うわっ!」
それぞれの今後の課題は明白だが、新入早々予期せぬ出来事に対処しているという点を考慮すると幾分か優秀なのかもしれない。アイスは2人と1匹から視線を反らさないままにポケットに手を突っ込んだ。轟々と燃える炎と、それを広範囲に拡散する強風、対象を押しつぶす重くて巨大な重し、この3つが全て揃えば勝算は十二分にあるだろう。取り出した手を一振りすると、動作に合わせて耳元でカラン、コロンと気持ちの良い音が響く。
「………?」
轟音の中で僅かに耳に入ってきた謎の音。ユウはハッと辺りを見回したが、特に変わった事は無い。首を傾げた彼の後ろで紅に縁取られた形の良い唇が静かに弧を描いたが、ガシャンッと音をたてて崩れた化け物の姿に気を取られたユウがそれに気付く事は無かった。暴風に煽られて勢いを増した炎の渦が静まり、中心に大窯に潰されて黒く焦げた化け物の姿が露わになると、目を見開いて化け物の行く末を凝視2人と1匹が歓喜の声を上げた。
「はぁ、はぁ…………っ!」
「やっ……た?」
「か、勝った……オレ様達が勝ったんだゾ!」
「よっしゃあ!」
「やったあ!」
「勝利のハイタッチなんだゾ〜!」
「「「イエーッ!!」」」
和気あいあいと勝利の美酒に酔う2人と1匹にユウは肩を撫で下ろした。一時はどうなる事かと思ったが……。
「みんなすっかり仲良しだね」
「本当に。雨降って地固まる、とはこの事ですね」
続けてアイスもふふ、と笑みをこぼす。そんな2人の様子にデュースが慌てて声を上げた。
「………あっ。ち、違う。別にこれはそういうんじゃない!」
「そ、そーそー!変な事言わないでくんない?」
「オッ、オレ様が大天才だから勝てたんだゾ!力を合わせたから勝てたわけじゃねーんだゾ!」
「ええ、3人共素晴らしい活躍でしたもの。……でも、今回の1番の功労者はユウさんですね」
「え?自分、ですか?」
ゆっくりと頷いたアイスにユウは目を丸くした。何故自分なのだろう?化け物を退治してくれたグリム達、石を1人で盗ってきてくれたアイス。対して自分は少しばかり囮になった程度で殆ど何もしていないというのに。ところが、傍からその様子を見ていたエースもがしがしと頭をかきながら「確かに」と口を開く。
「……悔しいけど、お前の作戦勝ち、かな」
「……ああ。ユウが落ち着いて指示を出してくれたからこうして魔法石を手に入れられた。これで退学させられずに済む。……本当に良かった」
「そんな…みんなが協力してくれたお陰だよ」
「はいはい。よかったよかったー。マジ、クッタクタのボッロボロ。早く帰ろうぜ」
「いっぱい魔法を使ったら腹が減ったんだゾ…………ン?」
突然、グリムが何かに気が付いて地面に降り立った。
「コレ、何だ?」
そのままふわふわの手でひょいと拾い上げたのは、石炭でも、黒曜石でも、モリオンでも無い。もっと黒々とした鉱物の欠片の様な物だった。
「さっきのバケモノの残骸か?魔法石……?いや、でもこんな石炭のように真っ黒な石は見た事がない」
「アイス先輩は?」
「私も全く……宝石でも無いみたいですし、何で出来てるのでしょうか?」
「クンクン……なんだかコレ、すげーいい匂いがするんだゾ……」
「うそだぁ!?」
エースに馬鹿にされながらも、グリムは鼻をひくひくさせて黒い物体から出る匂いに涎を垂らした。キャンディの様に甘いのかと思えば、ローストしたアーモンドの様に香ばしさも交じっている。嗅いだ事の無い匂いではあるが、空腹を訴える腹の音に合わせて尻尾もビタンッビタンッと揺れ動く。
「アイツが隠し持ってた飴ちゃんかもしれねーんだゾ!うう〜っ、我慢できない!いただきまーす!」
「ホントに食べた!?」
「う゛っ!!!!!!」
ユウが目を見開くのとほぼ同時に、グリムの口から呻きにも似た声が飛び出してきた。さすがに全員が慌ててグリムの様子を伺うが、グリムはぷるぷると震えたまま変化を見せない。
「おい、大丈夫か!?」
「あーあ、そんなもん拾い食いするから〜」
「ど、ど、どうしましょう、アイスさん!!」
「……あら?ちょっと待ってください、グリムさんの様子が……」
予想だにしない出来事にさすがのアイスも少し焦ったが、よくよく見ればグリムは震えてはいるものの他には何の症状も出ていない。息が荒くなったり、冷や汗が止まらなかったり、吐き気を催したり……そんな様子は一向に無く、むぐむぐと黙って口の中にいれた物体を咀嚼している様にも見える。
「う……うううう………っっっ、うんまぁあ〜〜〜〜い!!」
「「え゛っ!?」」
「……味どうこうよりも、本当に食べて大丈夫なのでしょうか……?」
どう考えても、先程目にした黒い物体はチョコレートやヌガーや飴細工の様なお菓子では無かった。どちらかと言えばデュースが口にした石炭のソレに近く、食べ物ですら無い見た目をしていた。全員が若干引き気味にも関わらず、グリムは口の中に広がる味にうっとりと恍惚の表情を浮かべている。
「まったりとしていて、それでいてコクがあり、香ばしさと甘さが舌の上で花開く……まるでお口の中が花畑だゾ!」
「なんともまぁ完璧な食レポですねぇ……」
「げーっ。全然食う気ないし起きないし!やっぱモンスターってオレ達とは味覚が違うの?」
「……かもしれないな。というか……落ちている得体の知れないものを口に入れる事自体ほとんどの人間はやらない」
昨日からの付き合い、モンスターとはいえ、一応はルームメイトなのだ。夜中に急に症状が悪化、なんて事にでもなったら非常に後味が悪い。「本当に大丈夫かな…」と小さく呟くユウとは反対に、当人は上機嫌で味の余韻に浸っていた。
「はっはっは!美味美味!心配しなくても、オレ様はオマエ達と違ってそんなやわな腹はしてねぇんだゾ」
「もー、あとで腹下して泣いてもしらねーからな」
「帰ったら学園長先生に報告だけしておきましょう。何かあった時に対処して頂ける様に…」
「はい、そうします」
「さぁ、気を取り直して。この魔法石を学園長に届けに行こう!」
すっかり夜も更けてきた。エースも口にしていた様に、アイスとて心底疲れ果てていた。首に巻かれた包帯の下が嫌にじくりと痛み、そういえば自分が今日1日碌な目に遭っていない事を思い出した。ミドルスクールでだって、こんなに進級初日から憂鬱な気分になった事が無い。彼女の最悪な1日も、ようやく終わりを迎えようとしていた。
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