反省ミラクル
魔法の鏡から魔法石を持って現れた一同の姿に、クロウリーはあからさまに驚いて見せた。相変わらず顔の半分はマスクで隠れているものの、間抜けにポカンと開けられた口からその心情は容易に想像する事が出来る。アイスは心の中で盛大に舌打ちをした。騒動の当人であるエースやデュースらならまだしも、何故自分もクロウリーの戯れに振り回されなければならないのか。
「————エッ!?本当に魔法石を探しにドワーフ鉱山へ行ったんですか?」
「「「「へっ?」」」」
汚い暴言の数々が脳内を巡ったが、頑なに口を閉じて言葉を飲み込んだ自分を褒めて欲しい。だから、少しばかり眉間に皺が寄ってしまった事にはどうか目を瞑ってくれ。
「いやぁ、まさか本当に行くなんて……しかも魔法石を持って帰ってくるなんて思っていませんでした。粛々と退学手続きを進めてしまっていましたよ」
「んがっ!なんて野郎なんだゾ!オレ様達がとんでもねーバケモノと戦ってる時に!」
「バケモノ?」
グリムの嘆きの中に紛れた単語に、クロウリーは首を傾げる。エースは「そうそう!」と興奮気味に口を開いた。
「モンスターが出てきたんスよ。ほんと、めっちゃエグいわ強いわで大変だったんすけど!?」
「……ルーレッドさん、貴方もその場に?」
「ええ、まぁ……」
「詳しく話を聞かせて貰えますか?」
学園長室に通されたアイス達は、応接用のソファに座って一連の出来事の説明を始めた。化け物の姿形状、破壊力や執着力、何に反応し、何に嫌悪感を抱いたか、どの様にして倒したのか……等々。
「ほほぅ。炭鉱に住み着いた謎のモンスター。それを5人で協力して倒し、魔法石を手に入れて学園に戻ってきたと?」
「や、協力したっつーか……」
「たまたま目的が一致したというか……」
「お…おぉ……おおお……………!!!お〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
突然頭を垂れて小刻みに震え出したクロウリーに一同はギョッとした。気でも狂ったのかと様子を伺うと、次第おいおいと泣き声が漏れ始める。益々顔を引きつらせた生徒なんて気にも留めず、彼はただただ『私は今泣いています』と言わんばかりに嗚咽をこぼした。
「なんだコイツ!いい大人が突然泣き出したんだゾ!?」
「この私が学園長を務めて早ン十年……ナイトレイブンカレッジ生徒同士が手と手を取り合って敵に立ち向かい打ち勝つ日がくるなんて!」
何を大袈裟な……と呆れるアイスだったが、同級生や先輩らの姿を思い浮かべてみるとクロウリーの言う事には一理あるのかもしれない。自分を含めて、この学園に通う生徒の殆どが自我や自己顕示が強く、他人よりも自分、自分第一な面が際立っている。誰かのために、誰かと共に、なんて考えを持つ生徒の方が極稀なのだ。
「んなっ!?僕はこいつと手なんか繋いでいません!」
「オレだってヤだよ気持ちわりーな!つーか学園長、歳いくつ!?」
「私は今、猛烈に感動しています。今回の件で確信しました!」
クロウリーはユウの肩をがっしりと掴むと、勢いをそのままに言葉を続けた。
「ユウくん。貴方には間違いなく猛獣使い的才能がある!」
「猛獣使い!?」
「ナイトレイブンカレッジの生徒達はみな闇の鏡に選ばれた優秀な魔法士の卵です。しかし、優秀が故にプライドが高く、我も強く、他社と協力しようという考えを微塵も持たない個人主義勝つ自己中心的な者が多い」
「ほとんど良い事言ってねーんだゾ」
全くもって同意だ。いくらなんでもそこまでは自分も口にはしない。ただ、確かに稀な存在は彼だけだった。エースもデュースもグリムも、そして自分も。主たる考えは自分中心的であったのに、彼だけは損得勘定無しに協力性を訴えてきた。そもそも、雑用係である彼には『退学』という処罰に何のデメリットも無いはずなのに。
「貴方は魔法が使えない。ですが、恐らく使えないからこそ、魔法が使える者同士をこうして協力させる事が出来た。きっと、貴方の様な平々凡々な普通の人間こそがこの学園には必要だったのです!」
「全然良い事言ってなくね!?」
その通りだ。まぁ、当人はガクガクと身体を揺さぶられてそれどころでは無いのだろうが。
「ユウくん、貴方は間違いなくこの学園の未来に必要な人材となるでしょう。私の教育者のカンがそう言っています。トラッポラくん、スペードくん。2人の退学を免除すると共に……………ユウくん、貴方にナイトレイブンカレッジの生徒として学園に通う資格を与えます!」
「「「「えぇっ!?」」」」
意外な展開に全員が声を上げた。魔法が使えない人間がナイトレイブンカレッジに入学するなんて異例中の異例ではないだろうか。
「魔法が使えないのに良いんですか?」
「ええ。なんせ私、とびきり優しいので。ですが、1つだけ条件があります。貴方は魔法が使えない。魔法士としては論外です。満足に授業を受ける事すら出来ないでしょう。そこで………グリムくん。君は今日、魔法士として十分な才能を持っている事を私に証明しました。よって、ユウくんと2人で1人の生徒として、ナイトレイブンカレッジの在籍を認めます」
「ふな゛っ!」
なんと……ここまで異例が続くと最早驚く事に疲れてきてしまった。魔法が使えない人間だけでなく、まさかモンスターまでもが入学するだなんて。
「オ……オレ様も、この学園に通えるのか……?雑用係じゃなく、生徒として?」
「はい」
「ふふ、願いが叶いましたね。おめでとうございます」
「ただし!昨日の様な騒ぎは二度と起こさないように!いいですね?」
「ふな……ふなぁ……ユウ、アイス、オレ様………」
「今日から一緒に頑張ろう」
「ふなぁ〜〜〜!!やったんだゾ!!」
身体全体で喜悦を表現するグリムの姿は何とも愛らしい。ふわふわと宙を自在に飛び回り、猫の様に尻尾を振る姿は見ていて実にほっこりとする。
「それでは、ナイトレイブンカレッジの生徒の証である魔法石をグリムくんに授けましょう」
「ほわっ!魔法石!?」
「本来生徒は魔法石が付いた“マジカルペン”を使うのが決まりですが、その肉球では上手く握れないでしょう?特別カスタムです。ああ……なんと細やかな気遣い!私、優しすぎませんか?」
「やったんだゾ!!オレ様だけの魔法石の首輪なんだゾ〜〜♪」
「全然聞いてませんね……」
グリムが首に下げた魔法石の色はアイスの持つマジカルペンのソレと同色だった。サファイア色に輝く魔法石は、どの寮にも属さないアイスに用にと実に恩着せがましい口調で用意してくれた代物である。『特別』と言えば聞こえは良いが、要は『異質』な者の象徴でもあった。これからは同じ『異質』色をぶら下げた生徒が2人も増える……そう思うと、何故だか少しだけ嬉しいような、心強いような、不思議な気持ちが湧いてくる。
「ユウくん。御覧の通りグリムくんはまだ人間社会に不慣れです。君がしっかり手綱を握って、騒ぎを起こさないよう監視するように!」
「あはっ!すげーじゃん、お前。入学したばっかで、もう監督生になっちゃったわけ?」
「でも、それなら2年生のルーレッド先輩の方が適役なんじゃ……」
デュースの言葉にアイスはギョッと目を見開いた。彼は期待を込めた視線を自分に向けているがとんでもない!これ以上の面倒事はごめんだ。アイスは出来るだけ自然に笑みを浮かべて首を横に振った。
「私にはそんな大役向いていません。今日だって皆さんを監督する役目を言付かったものの殆どお役に立てませんでしたし、グリムさんと行動を共にする時間は圧倒的にユウさんの方が多いはず。私ではとてもではありませんが補佐しきれないでしょう」
「確かに、バケモノを倒した時もアイス先輩は全然手伝ってくれなかったもんなぁ…」
唇を尖らせたエースに苦笑して見せる。内心は「どの口が言ってるんだ」と言い返したいが、今は控えるべきだ。この場を治めるためにも、自分の学園生活を守るためにも。
「この学園は実力主義です。現に、優秀であれば私と同学年でも寮長に就任する事が出来る。『猛獣使い』という点においては私よりもユウさんの方が長けているし、彼が『監督生』である事になんら不満はありませんわ」
「アイス先輩もそう言ってるんだしいいんじゃね?コイツが監督生で。……プッ……前代未聞じゃねーの?魔法が使えない監督生なんでさ。いいね、クールじゃん。魔法が使えない監督生!」
「ちょっと自信ないなぁ……」
ユウは眉尻を下げて「はぁ、」と溜息を吐いた。昨日から展開が早すぎて付いていけない。監督生、と言われても何をすればいいのか皆目見当がつかないのだ。肩を落とした彼の肩を、デュースは軽く叩いて励ました。
「ドワーフ鉱山で見せた気合はどうした?ルーレッド先輩も認めてくれてるって事だろ?頑張れよ、監督生どの」
「なるほど、彼が監督生ですか……丁度頼みたい仕事もありますし、肩書があるのは都合がい……いえ、素晴らしい!」
面倒事を押し付ける気満々だ。隠しきれていない。アイスが白い眼を向けていると、クロウリーはデスクの引き出しから何かを取り出してユウに手渡した。
「監督生くん。貴方に、これを預けましょう。これは通称『ゴーストカメラ』と呼ばれるものです」
「カメラ?」
ユウとは首を傾げた。どれどれ、とアイスが覗き込んでみると、その形状はライバルトイメーカーが販売しているポラロイドカメラによく似ていた。
「いつだか文献で読んだ事はあったけれど……確か大昔の魔法道具でしたよね?」
「あ!オレもばーちゃんに聞いた事ある」
「大昔という程でも………ゴホン。確かに、貴方達のひいお祖母様や、ひいひいお祖母様が子供の頃に発明されたものかもしれません。このカメラには特別な魔法がかけられていて、被写体の姿だけでなく、魂の一部をも写し取る事が出来るのです」
「魂の一部……?」
「『記憶の欠片』とも呼ばれています。そしてこの魔法のカメラの面白い点は、撮影者と被写体の魂の結びつきが深くなると写真に写された『メモリー』が飛び出してくるところです!」
小さく呟かれたデュースの言葉に対して、クロウリーは実に楽しそうに頷いて答えて見せた。つまり、撮影者が被写体と親しくなる事で移したモノが動画の様に動いたり、実体化して写真から抜け出たりする仕組みになっているらしい。描かれた人物が動く肖像画は学園内に幾つも飾られているが、被写体が抜け出す写真なんて見た事が無い。
「写ったものが抜け出す?まるで心霊写真じゃないですか!」
「成程……だから、通称『ゴーストカメラ』なんですね」
デュースの感想を聞いて呼称の由縁に合点がいった。合わせて、何故このカメラが流行しなかったのか、その理由も何となく想像がついた。要は、今の自分達の反応以上に当時では考えられない発明だったという事だ。
「その通りです。まだ動画の無い時代、より鮮明に思い出を残す為に開発されたものらしいのですが……スペードくんの言う通り、昔の人は飛び出したメモリーを見て「ゴーストだ!」と驚きこのカメラで写真を撮られる事を非常に恐れたんだとか」
「なんか人騒がせなカメラだな……」
エースの言う通りだ。だから、このカメラはあまり流行らなかったのだろう。今であれば玩具として人気が出たのかもしれないが、時代が早すぎたのだ。そうこうしている間に動画を残す技術が発明されてしまい、このカメラは日の目を見る事無く生産終了を迎えてしまったらしい。
「ユウくん。貴方はこのカメラでグリムくんや他の生徒達を撮影し、学園生活の記録を残して下さい。」
「らんらららん♪オレ様がかっこいいところ、じゃんじゃん撮るんだゾ〜♪」
「……特にああいうお調子者が悪さをした時には必ず『メモリー』を残しておく事」
クロウリーの視線の先、自分の前で次々とポーズを決めるグリムに苦笑した。何回か賞賛の言葉をかけてやると、「アイス、こんなのはどうだ?」と益々調子に乗って終いには小さく炎を吐いて見せる始末。流石にマズいと宥めてはみたものの、念願のナイトレイブンカレッジ入学が決まった事で浮かれ切っているモンスターには効き目が無いようだ。ユウには悪いと思いつつ、アイスは彼の監督が自分の勤めにならずに済んだ事を心から嬉しく思った。
「私への報告書代わりにうってつけでしょう?監督生としてしっかり周囲に目を光らせ記録をとるように。魔法士でなくても使える希少な魔法道具を気前よく渡すなんて……私の優しさ、天井知らずじゃありません?」
自画自賛するクロウリーに対してユウは律義に感謝の言葉を述べているが、体良く面倒事を押し付けられただけに過ぎない。まぁ、だからと言って口を出すつもりも毛頭無いのだが。だってそうだろう?誰が好き好んで面倒事に首を突っ込むものか。
学園長室の窓から見えた空はすっかり深い藍色に覆われ、夜もそこそこ更けてきた事を物語っている。「今日はもう遅い。詳しい話は明日にしましょう」というクロウリーの言葉に従って、一同は自分の寮に戻ろうと連れ立って出口へと足を向けた。
「あぁ、ルーレッドさんだけ少し残ってもらえますか」
「……はい?」
勿論アイスもそそくさと学園長室を後にするつもりだったのだが、敷居を跨ぐ寸前に声をかけられて前に出した右端をピタリと止めた。同時に笑顔を張り付けたまま表情も固まってしまった。出来れば今すぐにでも自室に帰ってゆっくりしたいと視線で訴えてみるが、通じているのかいないのか、クロウリーは口元に弧を描いて此方を見つめたまま譲ってくれる気配が無い。数秒間の冷戦の末、折れたのはアイスであった。後輩らが寮に帰る背中を泣く泣く見送り進められるがままにソファへ逆戻りしたアイスは、相変わらず笑みを張り付けたままの表情でクロウリーに対峙する。
「すみませんねぇ、お疲れのところ」
白々しい科白にこめかみがヒクヒクと痙攣したのを感じた。クロウリーが自分をこの場に残した理由は何となくだが想像が出来る。恐らく、エースが口にした言葉が原因だ。
「とんでもありません。学園長先生こそお疲れでしょう?ユウさんから伺いましたよ。朝からグリムさん達が騒動を起こして大変だったとか」
「その通り!ああ、昨日から過去に経験のない事件ばかりで心休まる間もありませんよ……私、結構ナイーブなんですよね」
「お察ししますわ」
勿論社交辞令だ。言葉の真意としては「誰よりも図太いと思います」である。
「それで、早速ですが私が残された理由を伺っても?」
「ふむ……察しの良い貴方なら既にお分かりだと思いますが……まぁいいでしょう。トラッポラくんの言葉が少し引っ掛かりましてね」
「エースさんの……ですか?」
あくまでもアイスは知らぬフリを続けるが、クロウリーは特に気にする様子も無い。つまり、アイスの態度も想定済みだったのだろう。
「炭鉱でトラッポラくん達がバケモノを倒した時、貴方が『全然手伝ってくれなかった』と」
「嗚呼……学園長先生も人が悪いですね。私が彼らの監視役を務めきれなかった事を改めて指摘するだなんて。これでも可愛い後輩を守れなかった事に随分と落ち込んでいるんですよ?」
「指摘だなんてとんでもない。勿論、咎めるつもりもありませんよ。貴方が彼らをサポートして下さったお陰で誰も大怪我をする事無く魔法石を持ち帰る事が出来た……非常に感謝しているんです」
「何を……おっしゃっているのか分かりません。エースさんの言っている事が全てですよ。私は何もお役に立てなかった」
「そうですか……いやね、不思議でならないんですよ。まだ入学したばかりの生徒2人と炎を出すだけのモンスター……3対1だったとしても、炭鉱の巨大なバケモノに勝てるものなのか……」
間違いなく、クロウリーは自分がユニーク魔法を使ったのだと確信の上問いかけている。咎めるつもりが無いのは事実だろうが、ユニーク魔法の効果が分からないが故に警戒しているのだ。自他に副作用が無いのか、使用する魔法力はブロットの許容量を超えないものなのか、万が一でもオーバーブロットする危険性は無いのか……そんな感じだろうか。しかし、根本的にユニーク魔法とは自分を守るために切り札だ。リドルの様に周知されているケースは極稀で、基本的には発動条件や効果に関しては極秘にする事が殆どである。例え相手が学園長であったとしても、そう簡単に自ら手札を明かす事なんてするはずが無い。
「素行は褒められたものではありませんが、今年の新入生はなかなかに優秀だった、というだけではないでしょうか?」
「………貴方がそう言うなら、そうなのでしょうね」
ついに諦めたらしく、クロウリーは小さく溜息を吐いた。アイスは満足そうに目尻を下げ、制服の裾を払いながら静かに立ち上がる。
「申し訳ありません、私も少し疲れてしまいました……もう帰ってもよろしいでしょうか?」
「構いません、此方こそ引き留めてしまい申し訳ありませんでした。ゆっくりと休んでください」
アイスは深々と一礼をしてようやく学園長室を後にした。本当に長い長い1日だった。ゴースト達に何も言わないまま外出してしまったので、もしかしたら心配をさせているかもしれない。とりあえず、まずは最優先でシャワーを浴びたい。それから入念にマッサージをして、少しばかり内職をして……彼らが淹れてくれるホットミルクで心身の疲れを癒してほしい。
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