迷惑モーニング
誰しもが一度は体験するのではないだろうか。これは夢だ、頭のどこかでそれを理解しながらも抜け出せない空想の世界を彷徨い続けるという事を。アイスのソレが人と少しだけ違うところは、迷い込む空想の世界がいつも同じという事だ。ハロウィンタウン、そう呼ばれているこの町には、人とは言い難いクリーチャーのような見た目の住人達が暮らしている。どこかの国の都市伝説にあるような見た目のガイコツ男、背の高いシルクハットを被った町長、麻袋ですっぽり覆われた男や継ぎ接ぎだらけの女、等々…。見た事もない町の、見た事もない住人達は、町の名前を具現化したように毎日飽きる事なくハロウィンという年に1回のイベントに向けてせっせと準備に勤しむ。ある日は魔女数人が揃って箒の手入れをしていたし、またある日は狼男が唸り声の練習をしていた。吸血鬼の集団が生肉に齧り付いて誰が1番早く干からびさせられるか競っていた事もあったし、住人が交代で大きなカボチャに水やりをしていたのを見た事もある。そうしていざハロウィンの日を盛大に祝うと、住人達は翌日から再び次のハロウィンに向けて準備を始めるのだ。
「……また、あの夢だった…」
フッと意識が浮上したと思うと、途端に眩しさを感じた。薄目を開けてみれば見慣れた自室の天井が広がっている。ゆっくりと身体を起こしたアイスは、はぁ、とため息を吐いた。何とも脈絡の無い、無意味で不思議な夢だ。今日見たのは何度目か分からない、ハロウィンの祝祭の様子だった。前回、前々回と変わっているようで、そうでは無い。変わっているのは精々住人達が催す順番と、少しずつ彼らの催しの技術が上がっている事くらいだろうか。
「当り前じゃ無いか……だって、毎年毎年やる事は同じなんだから…」
+ + +
「あら……皆さん、お揃いで…?」
談話室に降りてきたアイスが目にしたのは、ソファに腰掛けて朝食を取るユウとグリム……と、同じくソファに腰掛けているエースとデュースの姿であった。
「ルーレッド先輩!お、おはようございます!」
「おーアイス先輩……監督生、本当に同じ寮だったんだな」
ビシッとその場に起立したデュースに対し、エースは自分の寮かのような態度で呑気にティーカップを摘んでいる。
「どういうわけでお二人がココに居るのかは知りませんが……エースさんのソレ…」
アイスがスッと指差す先、エースの首元には見た事のある首輪がぶら下がっていた。赤と黒でハートを模した造形に金色の装飾、これは……。
「リドルさんの、ユニーク魔法…?」
「そう!そうなんスよ!アイス先輩、ちょっと聞いてくれます!?」
待っていました、と言わんばかりにぐいぐいと詰め寄ってきたエースに、アイスはひくりと僅かに口元を痙攣させた。これはあれだ、物凄い面倒な事に違いない。しかし、表面上はあくまでポーカーフェイスを保っている為か残念ながらエースにはこれっぽっちも彼女の心の叫びは届いていないらしい。
「昨日の夜の事なんスけどね」
「まだ聴くとは言ってないんだけど……」
仕方なく空いているソファに腰を降ろし、チラチラと此方の様子を伺っているゴーストに紅茶を持ってくるように合図をした。こうなってしまったら仕方ない、諦めて彼の語らいを聴こうじゃないか。程なくしてコト、と前に差し出されたカップとソーサーを手に取り、アイスは自信の気を沈めるべく紅茶の香りをいっぱいに吸い込んだ。
エースの話を要約すると、昨晩夕食を食べ損ねた彼は、空腹を我慢出来ずにハーツラビュル寮内のキッチンを訪れたそうだ。そこで何気なく開けた冷蔵庫の中にタルトがホールで3つも入っている事に気付く。しかし、持ち主も用途も確認せずに軽率な考えで手を伸ばしたタルトは彼の所属するハーツラビュル寮の寮長、リドル・ローズハートの所有物だった。リドルは自身の敬愛するハートの女王の法律違反に憤怒して、エースの首に罰則として魔法が一切使えなくなる首輪をはめられた、らしい。……なんと言うか、まぁ……。
「自業自得、って言葉ご存知ですか?」
「うわっ!アイス先輩までお小言かよ!」
「当り前だろ!それよりお前、ルーレッド先輩に馴れ馴れしすぎないか!?」
エースはブーブーと唇を尖らせ此方を非難しているが、そもそも誰の物か分からない食べ物を盗む気が知れない。後々面倒な事になるのは分かり切っているではないか。リドルもリドルで少々やりすぎな所は否めないが、これは彼の寮長としてのやり方なのだろうから特段口を出すつもりもない。他寮の揉め事など知ったことか。首を突っ込んで良い試しなんて無い。
「それで、エースさんの一件を耳にしたデュースさんは彼の様子を見にわざわざオンボロ寮まで……」
「え、あ、はい…まぁ……」
突然綺麗な笑みを向けられたデュースはサッと視線を地面に逸らした。ふぅむ、昨日から薄々感じていたが、デュースは随分と初な性格の持ち主らしい。そのままじぃ、と様子を観察していると、彼は次第にそわそわと視線を右往左往させ始めた。エースはムッと顔を顰め、ビシッとデュースを指差し声を上げる。
「ぜってぇ嘘だろ!アイス先輩に会いたくて来ただろ、お前!」
「んなッ!?違、僕はお前がどこに行ったか気になって……」
ぎゃあぎゃあと口喧嘩し始めた2人に、アイスは「はぁ」と溜息を吐いた。
「それで、ユウさんはエースさんがリドルさんに謝罪出来るよう、これからハーツラビュル寮まで付き添うと…」
「あはは、はい。流れでそうなっちゃって……」
此方は此方で昨日に引き続きお人好しが過ぎるのではないだろうか。幾ら眠りを妨げられたとは言え、そう簡単に面倒事を安請け合いしてしまうなんて。……まぁ、自分の知った事では無いが。
「ユウさんとグリムさんにとっては初登校になるわけですし…ハーツラビュル寮へ行くのでであれば、遅刻しないようにもう出た方が良いのでは?」
「えぇ!!アイス先輩、一緒に来てくれないのかよー!?」
……なんで僕が。声に出さなかったのは流石だと褒めて欲しい。
「ルーレッド先輩を巻き込むな!そもそも、お前が寮長のタルトを食べたのが原因だろう」
「…何でお前に説教されなきゃいけねーんだよ。ムカつくなぁ」
「まぁまぁ、アイスさんの言う通り僕も初日から遅刻なんて流石に嫌だし、早いところ寮長さんに謝りに行こう」
ね?とユウに窘められ、2人は互いを睨みながらも渋々言い争う口を閉じる。成る程、先日クロウリーが『猛獣使い』と称したユウの技術は本物なのかもしれない。ササッと荷物をまとめて「先に出ます」と声を掛けてきたユウを笑みで見送ったアイスは、パタン…と扉が閉まり一同の姿が見えなくなると大きく息を吐いてソファにどっぷりと身体を沈めた。
「お嬢、朝から随分とお疲れの様子だねぇ」
「お代わりにもう1杯淹れようか?」
「いえ、結構……ありがとうございます、どうも昨日の疲れが取れていないみたいで」
ひらり、と手を振って見せればゴーストらはホッと胸を撫で下ろす。どれだけ過保護なんだ、と苦笑するが決して悪い気はしない。昨年度までは寮生の居ないこのオンボロ寮で、アイスの話を常に聞いてくれるのは彼らだけだったのだ。彼らにしてみればアイスは孫やひ孫、ひょっとしたら玄孫にあたる年齢なのかもしれないが、彼女にしてみれば貴重な友人達に代わりない。
「……さて、私も行くとしますか」
「おや?いつもに増して随分と早いようだけど…」
大柄なゴーストの問い掛けにアイスは眉尻を下げた。
「実は昨日あまりにも疲れてしまって、宿題が終わっていないんです。早めに登校して片付けてしまおうと思いまして」
そして、「そうだ、忘れるところでした」と彼女はカバンの中から手紙の束を取り出した。
「コレ、いつも通りお願いしますね」
「はいよ、任せておきな」
痩せこけたゴーストは差し出された手紙を魔法でふわりと浮かべて見せると、そのままふよふよと宙を浮遊してオンボロ寮から出て行ってしまった。
「それでは、今日も後はお願いしますね」
「今日は早く帰って来るんだよ」
「お嬢、いってらっしゃい」
いつもと変わらない朝。いつもと変わらない会話。お願いだ、今日こそは何事もなく1日が平和に終わりますようように…。
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