学生アントレプレナー



―――この度はお忙しい中、時間を割いて頂き本当に有難うございます。


アイス・ルーレッドさん(以下、敬称省略):いいえ、此方こそ。……校内とは言え、こう改まってインタビューされると緊張しますね。私なんかが校内新聞の一面を飾って良いのか、不安もありますし。


―――いやいや、学園のマドンナであるルーレッドさんに協力頂けるなんて喜ばしい限りです。早速ですが、ルーレッドさんは学生ながらにご実家のトイ・メーカーを継いで企業家として活躍されていますよね?成績も常に上位をキープされていますが、普段はどのような生活をされているんですか?


ルーレッド:あまり皆さんと変わりませんよ。部活やアルバイトがある時は授業の復習くらいしか出来ませんし……強いて言うのであれば、お休みの日は出来る限り翌週の授業の予習をするように心掛けている事くらいでしょうか?


―――アルバイトといえば、確かモストロ・ラウンジでディーラーとして働かれているんでしたよね?


ルーレッド:ええ。稼業のせいか、昔からカジノ・ゲームが得意でしたので。まさか得意を活かしてラウンジのお手伝いが出来るとは思っていませんでした。お声掛け頂いたアズールさんには、とても感謝しています。


―――以前ラウンジで拝見しましたが、普段の美しい所作とは違った凛々しさが素敵でした。ラウンジ内でカジノを楽しんでいた他の生徒からも、同様の声が上がっていましたよ。


ルーレッド:あくまでも素人なので不手際も多いでしょうに、皆さん何かと温かく接して下さって助かります。今後も御贔屓にして下さると嬉しいですわ。







―――ところでルーレッドさんと言えば、あのジャイロ・スクレットさんとは従兄妹同士だとか。若くして起業した優秀な方だと記憶していますが……会社を経営される者同士、意見交換されたりするのでしょうか?


ルーレッド:会社経営、という点では同じですが、取り扱っているモノは全く異なっているので……。私が継いだ祖父の会社はアナログゲームの開発を主軸にしていますが、ジャイロさんが立ち上げた会社の主軸はオンラインゲーム……恥ずかしい事に、私、その手の電子ゲームはさっぱりなんですよ。それに、ジャイロさんは私と違って、とてもお忙しい方ですから。従兄妹とはいえ、あまりお話しする機会も無いんです。


―――忙しいのはルーレッドさんも一緒ですよね?つい先日発売した新作ボードゲームもネットでかなり話題になっていますよ。


ルーレッド:寝不足になりながら企画した甲斐がありました。お陰で少々……ヴィル先輩に叱られてしまいましたが。


―――せっかくなので、新作ゲームについてもお話を伺えますか?


ルーレッド:今回のゲームは……



+ + +



「……イデアさん、ゲームの最中に余所見とはあまり感心できませんね」

「ヒィッ!ご、ごめん……いや、オルトが貰って来てくれた校内新聞の一面がルーレッド嬢の記事だったから、つい……」



 放課後、ボードゲーム部の部室ではアイスとイデアが机を挟んで対面し、彼女の会社が先日発売したというボードゲームを楽しんでいた。『マジカルライフゲーム』をベースに考えたそのゲームは、一企業者となって自身の会社を発展させ、最終的にその資産の多さを競うゲームとなっている。ボードの表裏で難易度を変え、表は子供でも楽しめる『お店屋さんごっこ』程度の、裏は競合他社や世界情勢等のマイナスイベントを混ぜ込み、下手すれば倒産するかもしれない不安要素を付け加えて少々頭を使う内容のものとした。『マジカルライフゲーム』の認知度の高さも手伝って、その売れ行きは上々だとアイスの耳にも会社から報告が入っていた。



「うーん……『マジカルライフゲーム』では資金を増やす要素でしかなかった『就職』という項目をそのままゲームにしてしまうとは……しかも、表面と裏面で選べる職業の数が違うのもまた面白い」

「表面は色々な人に様々な職業体験をして欲しいという目的で作りましたから。逆に裏面は少しディープな所まで突き詰めたかったので、ある程度職業を絞ってその職業ならではの好転・暗転を堪能出来るようにしてみたんです」

「数ターンに一度、共通で『世界情勢』のイベントに左右されるのも新鮮ですな」



 そう言ってイデアが引いた『世界情勢』のカードは『某国でロイヤルベビーが誕生する』という内容であった。例えば『作家』や『建設業』のを経営しているプレイヤーには特に何の影響も無いが、『服職業』の企業家には売上向上のチャンスが与えられる。あくまでもゲームなのでかなり簡略化されてはいるが、このイベントによっては一瞬にして経営が傾く事も往々にして有り得るのだ。



「……『ネットでも話題』ねぇ……そりゃそうだろうよ。イグニハイド寮ウチの寮の寮生も挙ってこぞってレビューをマジカメに上げてたみたいだし。……一緒にやる相手が居るのか、かなり疑問ではあるけど」

「あら、嬉しい。イグニハイドの方は勿論、他の寮の方も進んでレビューをして下さっているようで。利用者の声、というのは購買意欲を刺激するのにかなりの効果があるので、皆さんが協力して下さって本当に助かりました」

「ルーレッド嬢のそういうとこ、本当にアズール氏と似たモノを感じるよ……マジカメアップした寮生の呟き見てみたら『さっきルーレッドさんにお礼言われちゃった!キャハッ☆」だってさ。いやぁ、学園カースト上位者の一言って凄いっスわ」

「……何の事だか。良い評価をして頂いたのだから、お礼を申し上げるのは当然じゃありません?それと、アズールさんと似ているだなんてとんでもない。私、あの方のように頭の回転は良く無いですから」



 ボードゲーム部、通称ボドゲ部はマジフト部やサイエンス部等の活動的な部活とは異なり、部員の気まぐれで活動している日陰者の集まりのようなところだ。部員はたったの数名、それも同好会ではなく部活動として認められる為に集めたメンバーなので、殆どが幽霊部員と言っても過言ではない。尤も、人の多い場所を嫌うイデアは部員を増やす事を酷く嫌い、今年も継続して新入部員の入部は頑なにお断りしている。比較的よく部活に参加するメンバーと言えば、稼業としてトイ・メーカーを営むアイスと、頭を使ったゲームを得意とするオクタヴィネル寮のアズール、それと彼らとは1学年上の3年生、イグニハイド寮寮長のイデア・シュラウドぐらいであった。本日もたまたまアイスとイデアの予定が合っただけで、特に予定調和をしたわけではない。故に、アズールがこの場に居ない事も彼らにとっては別に珍しい事では無かった。彼は連日モストロ・ラウンジの新規顧客獲得に注力しているらしく、恐らく暫くの間は部活に顔を出す気は無いのだろう。



「まぁ、アズール氏は自分がインフルエンサーになる事は無いだろうから、ルーレッド嬢の方が上手うわてというべきか…」

上手うわてかどうかは置いておいて、私もインフルエンサーになんてなれませんよ。ナイトレイブンカレッジでそれが適うのはヴィル先輩くらいじゃありません?」

「いやいやいや!コレ!この記事!!」



 イデアが興奮気味に指差したのは、インタビュー終盤でのアイスのコメントであった。



―――この記事が新聞として校内に配布されるのは10月の上旬になる予定なのですが、確かルーレッドさんのお誕生日もその頃でしたね。


ルーレッド:ええ、10月15日です。


―――昨年のお誕生日にはちょっとしたパニックになったと記憶していますが…。


ルーレッド:皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。まさかあんなにお祝いして頂けるだなんて……。


―――我が校では誕生日の生徒がその日限りの衣装を身に纏うという文化がありますから。ルーレッドさんも例外なくジャケットを羽織われていましたね。


ルーレッド:朝、学園長先生直々に渡されました。少し、恥ずかしかったですが……それでも、皆さんお祝いの言葉は嬉しく思いました。


―――これは単なる興味なのですが、やはり学園のマドンナの誕生日ともなれば、プレゼントの数も相当だったのではありませんか?


ルーレッド:うーん……一般的なプレゼントの数がどの程度か分かりませんが、確かにかなりの数を頂きました。高価な物も幾つか頂いてしまって……。もしこの場をお借り出来るのであれば、今年は是非気を使わないで下さいと載せて頂けますか?お気持ちだけで十分です、と。



 一連の活字を目で追って、アイスは「嗚呼…」と言葉を漏らした。思い返せば昨年、誕生日の早朝に突然の来訪者によって叩き起こされたかと思えば、有無を言う間もなく「誕生日の方の衣装です」と真っ白なジャケットとロゼットを渡され、半強制的にこっ恥ずかしい服装のまま登校する事を強要されたのだ。まさか文武両道で有名な魔法士育成学校で『学園全体でお誕生日を祝おう』という、何とも子供じみた文化が根付いると誰が予想出来ようか。その日、ジャケットを羽織ったアイスの姿を目撃した生徒は我先にと購買部へ乗り込み、彼女は行く先々で沢山の贈り物を受け取る事となった。勿論祝われる事が全く嬉しくないわけではないが、初対面の相手に「おめでとう」とプレゼントを渡されても対処に困ってしまう。食べ物には賞味期限があるし、例え高価な物であっても趣味に合わない物は一生日の目を見ずに箱の中でその生涯を終えるだろう。



「本当にこんな事あるんだね。学園ラブコメ漫画の世界だけかと思ってましたわ」

「ら、ラブコメ…?よく分かりませんが、私はただ、今年の誕生日は穏やかに過ごせると良いと思っただけですよ」

「それ分かる……。誕生日だからって突然四方を陽キャに囲まれて、頼んでも無いのに祝いの言葉をかけられるだなんてどんな罰ゲームだよ。むしろ誕生日くらい授業のオンライン参加を許してほしいよ。ゆっくり自室でお菓子食べながら、スマホゲーム片手に授業受ける事こそ最高の誕生日プレゼントッスわ」

「うーん……少し違う気もしますが…」



 と、そこでアイスはイデアの言葉の中にあったある単語にハッとした。



「そういえば、イデアさんもオンラインゲームに詳しかったですね」

「え?オンラインゲーム?うん、まぁ……え、何?ルーレッド嬢も興味あるの?」



 バンッと机に両手を付き、勢いよく身を乗り出したイデアに苦笑する。この先輩、決して悪い人では無いのだが、起伏のON・OFFが非常に激しく、その振りの巾にたまに付いていけなくなるのが難点だ。



「興味と言うか……インタビューの時も発言したように、私その手のゲームをした事が全く無いんですよ。ただ、今後も新しいアナログゲームを企画するのに今の流行りを知る事も大切かと思いまして」

「うんうん、それは良い事ですな。アナログゲームも非常に奥が深いですが、かと言ってそれに固執し続けるのはナンセンス!ゲームは日々進化し続けているのですよ!」

「理解いただけて嬉しいです。……ただ、既にリリースしているゲームにはどうも手が出しづらくて」

「成程……確かに、オンラインゲーム初心者が既に盛り上がってるゲームに新規参入するのは勇気がいるかも……」



 イデアは腕を組み、ふむと頷いて見せた。オンラインゲームもRPGや育成系、恋愛モノ、リズミック、パズルゲーム等様々だが、凡そ全てに共通して多かれ少なかれ他プレイヤーとのコミュニケーションが必須となってくる。個人プレイメインのゲームであればフレンド枠等で強者を仲間にする事でストーリーを円滑に進める事が出来るし、対戦物であれば尚の事他社よりも優れたデッキを揃える事が求められるだろう。アイスはカバンから、先日リリアに借りたゲーム雑誌を取り出した。その手の人間にとっては『バイブル』と称される月刊誌の終盤には、今月リリースされるゲームが日付順にズラッと記載されている。手渡された雑誌を広げたイデアは、何とも彼女らしく付箋を打っているページを開き、中身を興味深そうに読み始めた。



「せっかくだから今月リリースされるゲームを始めようと思って知り合いからゲーム雑誌を借りたのですが、思っていたより数が多くてどれを始めようか迷っていたんです」

「フムフム……因みに、どんなゲームを御所望で?」

「あまり時間を割く事も出来ないでしょうから、RPGやストーリー性のあるものはちょっと……。空いた時間に簡単にできるゲームが理想ですね」

「じゃあ……コレとかは?」



 彼が指示したゲームに、僅かにアイスの表情が強張る。



「リリース前から結構話題になってるんだよね。パズルゲームをベースに敵を倒していくって内容らしいけど、CMに若手人気俳優を起用していたりして企業側もかなりチカラ入れてるのが分かる」

「『モンスターバブルショット』…」

「あ、コレってルーレッド嬢の従兄妹の会社が企画してるのでは?」



 その通り、『モンスターバブルショット』はアイスの従兄妹であり、上場企業の若き経営者であるジャイロ・スクレットが自ら企画を立案したという点でも注目されている新作ゲームのタイトルだ。



「……そのようですね」

「何度かゲーム雑誌のインタビュー記事を読んだ事があるけど、流石はルーレッド嬢の親族……非常に整った御顔立ちで。ハァ、従兄妹揃ってハイスペックとか何?生まれながらに勝ち組っていうだけでも腹立つのに、企画するゲームが悔しいくらい面白いから余計にムカつくんだよなぁ……」



 ジャイロ・スクレットは元々フリーのゲームクリエイターであった。無名ながらに公開するタイトルが悉くことごとくコンピューターゲームの配信プラットホームで話題となり、4年生の冬に突如ロイヤルソードアカデミーを中退したと思えば、周囲が止めるのも聞かずに今の会社『シトルイユ』を立ち上げたのだ。



「……すみません、せっかくですがこのゲームはちょっと…。身内の開発したゲームをしていると周囲に公言するのも気が引けてしまって。何かある度に、公私混同を疑われてしまうかもしれませんし」

「あー……確かにルーレッド嬢とスクレット氏の関係は調べれば分かっちゃうもんね。SNSで拡散されたら面倒かも……」

「私にも会社がありますし、なるべく騒ぎになるような事は起こしたくないんです」

「うーん……そうなると、コレなんかは?」



 次にイデアが指したのは、つい先日リリースされたばかりのチェスがベースとなったゲームだった。



「ボードゲームが元ネタだから、ルーレッド嬢も取っつきやすいんじゃない?僕はやってないけど、ウチの寮生がマジカメに上げてたレビューを見る限り中々面白いみたいだよ」

「チェス……ですか」



 イデアの言う通り、ベースとなるゲームが馴染み深いのはアイスにとっても有難かった。彼に勧められるがままにイグニハイド寮生が動画サイトに上げたというゲーム実況を見たが、基本となるルールはチェスそのものなのでオンラインゲームに疎いアイスでも明快なゲームシステムである。



「確かに、コレなら私でも始められそうです。流石はイデアさん、相談した甲斐がありました」

「い、いやぁ……ま、拙者が期待に応えられる事なんてコレくらいなんだけどね…」



 どうやら急に彼の起伏スイッチがOFFになってしまったらしい。日頃から酷い猫背なのだが、今はそれ以上に背中が丸まってしまっている。そのまま流れでゲームアプリをスマートホンにダウンロードしたアイスは、テーブルに広げたボードゲームの存在等すっかり忘れ、初のオンラインゲームについてイデアにレクチャーを受ける事となった。



「さ、流石はルーレッド嬢……アズール氏との対戦でその腕前の高さは知っていましたが……初期デッキでステージ1のラスボスまで勝ててしまうとは…」

「ふふ、チェスの自体の難易度はあまり高くないようで安心しました」



 アイスが手にするスマホ画面では、彼女の駒であるクィーンのキャラクターが誇らしそうに此方を見つめている。チェス、といっても短時間で決着が付くようにゲームボード等か簡略化されてはいるが、キャラクターが強くなくとも作戦次第では容易にステージをクリア出来るという点に於いてはチェス本来の楽しみも味わえるようだ。



「本当に助かりました、有難うございます。……その動画を上げていらっしゃる方にも、よろしくお伝えください。とても参考になりました、と」



 笑顔でイデアと別れてから数時間後、就寝前に何の気なくゲームアプリを開いたアイスは、ある通知欄に2桁にもなる数字が付いている事に気付いて口角を上げた。



「……センターを取れるマイナーピースはどれか…早いところ見定めなきゃね」


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