放課後ファールプレイ



「しっかし、本当にいるんだなぁ〜……アイス先輩みたいなハイスペック人間って」



 オンボロ寮の談話室のソファにどっぷりと腰掛け、エースはぽつりと言葉を零した。ローテーブルの上には魔法解析学の課題がやりかけの状態で放置され、グリムは自身の課題を枕に鼻提灯を膨らましている。そもそもエースがデュースを連れてこのオンボロ寮を訪れたのは、溜まりに溜まった課題を一掃する為であった。要領は良いが真面目に課題に取り組んでこなかったエースと、真面目だが要領が悪く一向に課題が片付かないデュース。2人と比較すると課題の出来具合は幾分かマシなユウだったが、慣れない魔法世界の課題に四苦八苦していた事は事実だった為、エースの「一緒に課題をやろう」という提案に二つ返事で頷き、自身の寮を勉強の場として提供したのだった。しかし、グリムに次いで集中力を切らしたエースは、課題を投げ出すなり持参したトランプを取り出して、以前兄に教わったカードマジックの練習をし始めた。シャッフルする度にパタパタとカードが鳴り、その度にデュースがはた迷惑そうに顔を顰める。予想を裏切らない展開に小さく溜息を吐いたユウだったが、エースがクチにした『アイス』という名詞にふむと考えを巡らせた。



「……嗚呼、校内新聞の事?僕も軽く読んだけど……まさかあそこまで凄い人だとは思わなかったよ」



 ユウがアイスと知り合い、このオンボロ寮で一緒に生活をするようになってからまだ1カ月程度しか経っていない。しかし、そんな僅かな付き合いの中ででも彼女の才能を理解するには十分であった。整った容姿に加え、学年主席リドルと競える優れた学力、ドワーフ炭鉱の一件では化け物から逃げる際に(魔法で)ユウ達3人を担いでも息切れしない程の体力がある事も分かった。それだけでも十分すぎるのに、あの若さで会社の経営者というではないか。『天は二物を与えず』と聞いた事があるが、何とまあ信憑性の無いことわざなのだろう。



「『W&Bカンパニー』って言えばトイ・メーカーの中でも老舗中の老舗だろ?オレも小さい頃よく遊んだもんな〜、『マジカルライフゲーム』とか」

「それなら僕の家にもあったな……放課後、学校の友達を誘ってよく遊んだのを覚えている」



 先程から頭を掻きながら「うんうん」と唸っていたデュースがようやく頭を上げた。ユウが何となく課題の出来具合を覗いてみるも、残念ながら一向に進んでいる様子が見られない。



「『マジカルライフゲーム』……?」

「あー…ユウは知らないのか。ツイステッドワンダーランドで昔から親しまれてるボードゲームでさ、エレメンタリースクールから退職するまでの人生を疑似体験出来るゲームなんだよ」



 エースの説明を聞く限り、その『マジカルライフゲーム』とはどうやらユウが元の世界で遊んだ事のあるボードゲームに類似しているようだった。異なる点と言えば、馴染みの無い職業に重きを置かれている事と、駒を進めるアイテムとしてサイコロを使用している事ぐらいだろうか。どうやら世界は異なれど、人々に好まれる物に大きな差異は無いらしい。



「さっきマジカメで検索してみたら新作のゲームの売れ行きも好調みたいだし……。『ハートの女王の法律』を丸暗記してるウチの寮長の頭もおかしいと思ってたけど、学校に通いながら会社を運営するアイス先輩の頭も相当おかしいわ」

「それだけルーレッド先輩が凄いって事だろ?ダイヤモンド先輩も、『女生徒で唯一ナイトレイブンカレッジへの入学を正式に許された』って言ってたしな」

「……そんな凄い先輩が暮らしているのが、こんなオンボロ寮で良いのかな?」



 ユウの言葉に、エースもデュースも返す言葉が見つからなかった。3人は揃って談話室をぐるりと見回してみる。比較的使用頻度が多い談話室は割と綺麗な方に分類されるものの、室内を歩けばあちこちで床の軋む音が響くし、建具と言う建具は開閉する度に埃が宙を舞うのにももう慣れた。



「お嬢はあまり細かい事を気にしないからね」

「そうそう。雨風凌げてそこそこ広ければどこでもいい、って言っていたくらいだし」

「「「うわっ!!!」」」

「ふに゛ゃ!!!」



 どこからともなく、ユウとデュースの背後からひょっこりと現れたのはオンボロ寮に住み着いているゴースト達だった。思わず身体を飛び跳ねさせた拍子に、パチンとグリムの鼻提灯が割れる。何事かと首を右往左往させたグリムの目に映ったのは、胸に手を当てて深く深呼吸をするユウ達3人の姿だった。



「お前ら、一体何やってんだゾ?」

「び……びっくりした…」

「急に出てくんなよなッ!!」

「いやぁ、悪い悪い。お嬢の話をしているようだったから、ついつい気になってねぇ」



 クチではそう言って謝罪の言葉を吐いているが、ふよふよと浮くゴースト達は期待以上の反応を示したユウ達の姿にすこぶるご満悦の様子である。



「お嬢はとても忙しいから、部屋の設えどうこうにはあまり興味が無いんだとさ」

「ポムフィオーレのヴィル・シェーンハイトに言われてから睡眠時間を増やしたようだけど、仕事が繁忙期の時は夜通しで机に向かっている事も少なくないからね」

「うへぇ……オレなら絶対無理だわ」



 手元でカードシャッフルをしながら、エースはわざとらしく舌を出して首を横に振った。



「おや、ハートの坊やも中々にカード捌きが上手いんだねぇ?」

「お嬢もトランプの扱いが凄く上手いんだよ。オクタヴィネル寮のラウンジでは、それを活かしてアルバイトをしているくらいだ」



 ゴーストの言葉に、ユウはある事を思い出した。



「そういえばアイスさんのアルバイトの事、校内新聞にも書いてあったね」

「確かに、ディーラーをやってるって言ってたな」

「お嬢のディーラー姿は、それはそれはカッコいいんだよ」

「わしらが遊びに行くと他の寮生が驚いちまうから中々その姿を見る事は出来ないんだが……」



 先程からアイスの事を語るゴースト達は、揃って自分の事のように誇らしげな表情をしている。何とも楽しそうなその姿に、ユウはフッと口元を緩めた。



「ゴースト達は本当にアイスさんが大好きなんだね」



 ゴースト達は一瞬目を丸くしたが、すぐににっこりと満面の笑みを浮かべて点頭する。



「このオンボロ寮に住み着いて何十年も経つが、俺達の姿を見て悲鳴一つ上げなかったのはお嬢が初めてだったんだ」

「そうそう。どんなにガタイの良い男だったとしても、俺達がちょっと声を掛けただけで腰を抜かす奴らばかりだったのに」

「わしらからすると、ゴーストであっても対等に接してくれるお嬢は孫や娘みたいな存在なんじゃよ」



 すると、ゴーストの1体がある事に気が付いて「あっ!」と声を上げた。



「いかんいかん、お嬢に頼まれていた事をすっかり忘れとった!」

「そうだ、いけない。夜が更けるまでに配るように言われていたんだった」



 そう言い残すと、ゴースト達は蜘蛛の子を散らすように跡形もなくいなくなってしまった。一同、呆気に取られて暫く身動きを出来ないでいたが、エースは一番に我に返ると手にしていたトランプに視線を向けてニヤリと笑みを浮かべた。



「なぁ、デュースやユウってカジノゲームやった事あんの?」

「カジノゲームって……ポーカーとか、ブラックジャックとか?」



 ユウの質問に、エースは「そうそう」と笑顔で頷いた。



「根を詰めすぎても良く無いっていうし、息抜きがてらカードゲームでもしねぇ?」

「「「カードゲーム?」」」



 揃って首を捻るユウ、グリム、デュースに、エースは再び大きく首を縦に振った。



「ブラックジャックだとディーラー対プレイヤーの1体1になる必要があるから、全員で出来るとするとポーカーかな?」

「うーん……まだ課題の殆ど手付かずの状態なのに、遊んでいていいのかな?」

「僕も反対だ。せっかくユウが場所を貸してくれてるっていうのに、何の成果も無いんじゃ申訳なさすぎる」

「けっ!良い子ちゃんはこれだから……おいグリム、お前はどうする?」

「どうするも何も、オレ様ポーカーってやつのルールを知らねぇんだゾ?」



 確かに、とユウは苦笑した。自分とは違い、グリムは元々ツイステッドワンダーランドの住人だったらしいが、人間社会に対する知識……例えば年中行事や、この世界の歴史、他国の事についてはごそっと知識が欠如していた。以前にオンボロ寮でババ抜きをした時も、一からゲームのルールを教えてやったくらいだ。そんな彼が、ポーカーやブラックジャックといったゲームを知っている筈も無い。勿論、グリムに声を掛けた張本人も、そんな事など百も承知の上だった。



「グリムはユウと二人で一つなんだろ?ほらほら監督生、可愛い寮生を助けてやらなくちゃ」

「それとこれとは違うでしょ……」

「いいじゃんか、少しくらい。そうだ、負けたヤツは購買部にお菓子買いに行くってのはどうよ?小腹も空いてきたしさ」

「確かに、ちょっと腹は減ったが…」

「な?な?5回勝負で、総合して役が一番弱かったヤツの負け。これならそんな時間取らないだろ?」



 エースの言う通り、筆が進まないにしてもぶっ続けで課題に向き合っていたユウもデュースも集中力に限界がきていた。おまけに少ない脳を酷使したせいか、身体がこの上無く甘いものを欲している。ユウとデュースは無言で顔を見合わせ、渋々エースの提案を飲むことにしたのだった。





+ + +





「納得出来ない!!!!!」



 数十分後、自分の手札をバンッとテーブルに叩きつけ、デュースはキ゚ッとエースを睨みつけた。



「何でこうもお前に手札にばかり強いカードが渡るんだ?何かイカサマしてるだろ!」

「変な言いがかりはやめろよ。たまたまだろ、たまたま。それに、オレだって最初はノーペアだったんだ。それに比べて、お前役は弱くても役無しになった事が無いだろうが」



 そう言うエースの前には、3のカードが3枚と、9のカードが2枚……つまりフルハウスの役が出来上がっている。4回目の勝負が終わり、ここまでの結果はエースとユウ・グリムチームがそれぞれ1敗、デュースが2敗となっていた。



「連続してツーペア、スリーカード、フルハウスが来るだなんて出来過ぎている!」

「気持ちは分かるけど……僕もデュースもカードを配るエースの手元から目を離さなかったし、イカサマする素振りなんて無かったけど」

「ほらな!デュース、負けっぱなしだからって僻むなよ」

「〜っ!!!!!」



 デュースは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。確かに、ユウやエースの言う通りに確固たる証拠は掴めていない。次こそはエースが怪しい動きをしたら真っ先に指摘してやろうと意気込んで一連の流れに目を光らせたものの、悔しいくらいにエースの動作は自然であった。カードを切り、裏返ったカードの1番上から順次カードが3つの山に配られていく。山の枚数が3枚、4枚、5枚と重なったところで、余った37枚のカードが伏せられる。デュースの手札には既に6のワンペアが出来上がっている。確実に勝つ為には6のカードをもう1枚引くか、新たにペアの役を作る外ない。まんじりともせず、デュースが手札に睨みをきかせていると、ぽんっと軽く何かがその肩に触れた。



「え……?」

「アイスさん!?」

「ふふ、ご機嫌よう。随分と楽しそうな事をしていらっしゃいますね?」



 肩に手を添えられ、ふわりと花のような笑みを向けられたデュースは再び顔を赤らめた。



「アイス先輩……いつからそこに?」

「つい先程。エースさんがカードを配り始める少し前くらいからでしょうか」



 ひくり、と口元を痙攣させるエースに向かって、アイスはゆっくりと臙脂色えんじいろを向けた。



「ゲームが終わるまで手は出さまいと思っていたのですが、どうも職業柄この手の事は気になってしまうようで」



 ご勘弁くださいね、と口元を手で覆い、アイスは視線をユウへと移した。



「ユウさん、どれかカードを3枚捨てて、新しいカードと交換してもらってください」

「え……はい」



 デュース同様にワンペアだったユウは、役にならないカードを適当に捨てて新たなカードをエースから受け取る。



「そうしたらデュースさん、手持ちのカードを全て新しいカードと交換してもらってください」

「え゛!!全部……ですか?」

「ええ、全部」



 せっかくワンペア出来ているのに訳が分からない、とデュースは戸惑いを隠しきれない。しかしそんなデュースを他所に、アイスは更に笑みを深めて尚も全てのカードを交換するように指示を出す。



「大丈夫。デュースさんに不利益なようにはならない筈ですから」

「うーん……ルーレッド先輩が、そこまで言うのであれば…」



 デュースが言われるがままに全てのカードを交換し終えると、ランダムである筈の手札にはキングのカードが3枚含まれていた。



「うわっ!!え、スリーカード!?」

「どういう事なんだゾ!?」

「どういう事も何も、エースさんはマジックがとてもお上手だ、という事でしょうか…?」



 エースはアイスの言葉から逃れるように、ふいっと明後日の方へと視線を反らした。



「つまり……」

「やっぱりイカサマしてたんだな!!!」

「だぁ〜〜〜!!アイス先輩、何で邪魔するかなぁっ!!!」



 頭を抱えて机に伏せるエースに、グリムとデュースは文句を吐きながら詰め寄っていく。見慣れた光景に乾いた笑いを浮かべつつ、ユウは不思議そうな面持ちでアイスに話しかけた。



「でも、アイスさんは何で分かったんですか?エースがイカサマしてるって」

「最初から見ていたわけでは無いので経緯は存じ上げませんが、デュースさんがおっしゃっていたエースさんのこれまでの役を聞いて凡そ確信が持てました」

「エースのこれまでの役…?」



 アイスは小さく頷くと、更に言葉を続ける。



「ツーペア、スリーカード、フルハウス……全てペアを組み合わせる事で作れる役でしょう?ユウさんはご存じないかもしれませんが、フルハウスはノーペアを含めた全10の役の中で4番目に確率の低い役なんです。マークはバラバラだけど数字が並ぶストレートや、数字はバラバラだけどマークが一律されるフラッシュの方が確立が高いくらいですから」



 それでも、1%にも満たない確率ではありますが、とアイスは笑った。



「ツーペアを出す確率は5%未満、スリーカードになると2%ちょっと……つまり、同じ数字のカードを3枚揃える事は然う有り得る事ではありません。だとすれば、故意に作られたと考える方が自然でしょう?他のプレイヤーが交換するであろう枚数を見越したうえでスリーカードのネタをこっそりと手札に仕掛ける。お遊び程度のポーカーで全ての手札を交換する事など殆どありませんから、良くてスリーカード、最悪でもペアのカードを引ければ良いと考えたのでしょう。これくらいの仕掛けであれば、マジックの基本となるフォールスシャッフルさえ出来れば簡単に出来てしまいますから」

「は、はぁ……」

「まぁ、本当に初歩的なトリックなので、イカサマのアタリを付けるのもそう難しくは無いと思いますが」

「「「う゛………」」」



 悪意の無いアイスの一言にユウ、グリム、デュースは撃沈した。一方で、見事なまでにイカサマを見破られてしまったエースはすっかり臍を曲げてしまったらしい。アイス達に背中を向けたまま一向に此方を向こうとしない。



「エース、イカサマしたんだからお前が購買部にお菓子買いに行ってくるんだゾ!」

「何でオレが!それに、イカサマを見破ったのはお前らじゃなくてアイス先輩だろ?」

「何だとッ!」

「アイス先輩も言ってたじゃん、初歩的なトリックだって。それを見抜けないのもどうかと思うね」



 売り言葉に買い言葉。このままでは最悪の場合、あの忌々しいシャンデリア事件が再来してしまう……。ユウはあわあわと慌てて3人を仲裁しようと立ち上がる。そんなユウの頭を一撫でして、アイスは任せろと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。



「購買部に行く予定だったのなら丁度良かった。皆さんが課題を頑張っているとゴースト達に聞いたもので、差し入れに気持ち程度ですがお菓子を買ってきたんです」

「にゃに!!」



 現金なグリムは真っ先にアイスの手にする紙袋に飛びつく。くんくん、とその匂いを嗅ぎ、中から仄かに香る美味しそうな匂いにじゅるりと涎を啜った。



「甘くて良い匂いがするんだゾ〜♪」

「サムさんにお願いをして、色んなフレーバーのワッフルを取り寄せしてもらったんです」

「ワッフル!!やった〜!オレ様が1番に選ぶんだゾ〜♪」



 グリムはくりくりとした目玉をキラキラと光らせ、早く早くとせがむように紙袋を抱えるアイスの腕を揺さぶり始める。



「コラっ!グリム、お行儀が悪いよ!」

「ホント意地汚いなぁ、お前は」



 ユウとエースの御咎めも、すっかりワッフルの事で頭がいっぱいになったグリムには何も響かない。一体どんな味があるのだろうか?定番のプレーンも良いし、チョコレートも捨てがたい。季節柄カボチャやサツマイモを練りこんだものもあるかもしれない。アイスは何個買ってきてくれたのだろう?1人何個食べられるだろう?ふんふんと鼻歌を歌い出すグリムに、アイスはふふっと意地悪く口角を上げた。



「本当は普通に差し入れようと思っていたのですが……エースさんが面白い事をしていたので私も遊びたくなってしまいました。よろしければ、私ともゲームをして下さいませんか?」



 鈴の音が鳴るように優し気な声色で、淑女はあざとくも首を傾げて微笑んだ。


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