観賞魚専用チョーカー
魔法史は教科書を読み進めるだけの授業なので退屈だ、と誰かが言っていたが、アイスはそうは思わない。確かに史実だけなら教科書を読むだけで事足りるが、堅物な顔に似合わず余談を交えて講義をしてくれるトレイン先生の授業は非常に魅力的だった。ただ一つ頂けない点があるとすれば、必ずアイスの右隣の席を陣取る人物の存在だろうか。
「ね〜グラちゃんオレ飽きた〜」
トレインの厳しい視線を浴びながらも悠々と机に寝そべり、アイスのたっぷりとしたサイドポニーを弄ぶのは同じクラスのフロイド・リーチだ。ちなみに『グラちゃん』とは彼がその独特なセンスでアイスに付けたあだ名である。名付けられてすぐに由縁を聞いたところ、正式名称は『ゴールデンハニーレッド・ドワーフグラミー』というらしい。フロイド曰く「小さくて色も腹びれも似てるしピッタリじゃね?」との事だが、図鑑をこれ見よがしに見させられても「よくわからなかった」というのが本音である。
「飽きたって……まだ10分も経ってませんよ」
「だって砂漠の国の王様の歴史なんて、オレ興味ないもん」
なら何故魔法史を選択したのだ、と頭が痛くなる。ナイトレイブンカレッジでは進学に必要な授業の種類とコマ数は指定されているが、いつどの授業を受けるかは個人の選択に任されている。期初に渡される時間割を見てコマの取り方を考えるので、スケジュール管理出来ない生徒が留年するなんて事も珍しくない。その為か、1年時に振り分けられたクラスは学年が上がっても変わる事無く卒業まで引き継がれていくのだ(勿論、留年すればこの限りではないが)。
昨年彼と同じクラスになったが最後、どういう理由か知らないが早々に目を付けられ、以降は全ての座学を彼の隣で受けなければならないという苦行を強いられる事となった。彼の双子の片割れであるジェイド・リーチはまだ話の分かる人物だが、フロイドは気分屋で飽きっぽく自由気ままな性格の持ち主で、その思考が全くと言って良い程読めない。
「ね〜ね〜」と駄々っ子の様にアイスの気を引こうとするフロイドと、ポーカーフェイスを決め込みトレインの言葉に集中するアイス。同学年の学友らに至っては、見慣れてしまった光景にただただ憐みの目を向けるしかない。今日はC組との合同授業だった様だ。ジャミルの気の毒そうな視線と、アズールの何とも言えない表情がまた腹立たしい。
「……アレ?グラちゃん、香水変えた〜?」
「この学園の男性陣の洞察力の高さには恐れ入りますね……ええ、今朝ヴィル先輩に頂いたので」
「ベタちゃん先輩に?」
フロイドは一瞬不満そうな表情を浮かべ、その次に「あ〜、そ〜ゆ〜ことかぁ…」と言葉を漏らした。
フロイド達の出身地である『珊瑚の海』は文字通り海底に存在している。ミドルスクールに通っていた時から色々な魚や人魚に接していた彼だったが、海水ではなく淡水で暮らす人魚達と接する機会は無かった。当たり前だ、だって淡水魚とは住む世界が違うのだから。だからだろうか、ナイトレイブンカレッジに入学してから、図鑑でしか見た事のない淡水魚に似た人物ら(あくまでも彼の主観の内である)に高揚感を覚えたのは。小柄で真っ赤な髪の彼は金魚、やたらとキラキラとしていて顔面も鮮やかな先輩はベタ。その中でも最も彼の目を惹いたのは、亜麻色の髪を靡かせ、臙脂色の大きな瞳が特徴の彼女。男子校に異例の女生徒……という事よりも、図鑑でしか見た事の無い観賞魚にとても似ている事が何より興味をそそった。
観賞魚みたく箱入り娘かと思えばそうでもない。ミドルスクールで同級生だった女生徒の様に煩くもない。雄からアプローチをかけられても、下品な言葉を吐かれても表情一つ崩さない。かと思えば、たまに見せるギラっと光る強気な瞳が美しかった。アズールもジェイドも彼女には何かと声を掛けているし、美しい観賞魚に見物人が集るのは当たり前だ。だって、観賞魚は見る者を楽しませる為に作り出された存在なのだから。
「……フロイドさん、いい加減に私の髪を揺さぶるの、止めて頂けません?」
入学当初から綺麗な容姿をしているとは思っていたが、自分に適した飼育師を見つけたのか、あっという間にハニーレッドの頭にゴールデンが付くまでの品種改良を遂げてしまった。その変貌を間近で見れた事が嬉しくもあり、関与しているのが自分以外の雄という事が腹立たしくもある。
「ね〜グラちゃん、後でベタちゃん先輩に言っておいてよ。グラちゃんはオレが見てるから大丈夫〜って」
「何ですか、急に……ヴィル先輩といい、自分の身は自分で守れるのでご心配な……い゛!!!」
遠くでガタンッ、と椅子が倒れる音がした。多分アズールだ。あ〜……後で説教食らうのかな?めんどくせ〜。教壇からトレインの怒号も聞こえるが、とりあえずは無視するに限る。目の前で首元を抑え、らしくもなくポーカーフェイスを崩してわなわなと震える可愛い観賞魚の姿に、フロイドはにんまりと口角を上げた。
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