被食者レディ



「いやー、魔法薬学でアイスと組めるなんて、今日はツイてるッスね」

「あら、褒めても何も出ませんよ?」



 午後一番の授業はクルーウェルの魔法薬学だった。今日の合同授業のクラスはB組だった様で、アイスの隣にはご機嫌な様子のラギー・ブッチがいる。それもそのはずだ、アイスはこの授業が得意中の大得意なのだから。
 どの教科も総じて個々の能力のみが成績にカウントされるが、魔法薬学や錬金術に関しては2人1組になって1つの課題に取り組む事が多い。つまり、例え自分が不得意であっても、組む相手バディが優秀であれば自身の成績も約束されるのだ。ペアの作り方は生徒の間で自由に決めて問題ないのだが、アイスがいるクラスはその限りではなかった。学園唯一の女性、それも魔法薬学に長けた彼女とペアを組もうとする輩は少なくない。1年の時なんて、彼女と組む相手を決めるのに授業1コマ分の時間を使い果たしてしまい、激怒したクルーウェルに本来作るべきであった魔法薬を独学で作り、その日の内に提出しろという無理難題を与えられた事もあった。それ以来、アイスがいるクラスでは誰が彼女とペアになるか、公平にクジで決める様になったのだ。



「しっかし、やっぱり2年にもなると授業のやり方も変わるんッスね〜……材料から自分達で調べて取ってこいだなんて」

「去年は丁寧に材料が机に並べられていましたからね。今年から魔法薬学が2コマになったのは、こういう事だったんですね」



 彼らが向かっているのは、魔法薬学室に隣接して建てられている植物園だ。ここでは市場に良く出回るお手軽な種から普段はお目にかかれない希少種まで、世界各地の様々な魔法植物が育てられている。生息環境に合わせて温度や湿度、気候、天候を細かく再現された幾つかのブースが用意されているのだから、名門魔法士養成学校の肩書は伊達でない事が分かる。



「ところで……ずっと気になってたんスけど、その首元……保健室行かなくていいんスか?」



 ラギーが指したのは、昼食時にリドルにも指摘された右の首筋にくっきりと付けられた赤黒い歯型の事である。幸いにも彼女のたっぷりとしたサイドテールで影にはなっているが、ふとした瞬間に露になる痕は何とも痛々しい。犬歯がある自分達獣人のそれとは異なり、彼女に付けられた痕は鋭い牙の様な歯が綺麗に弧を描いて出来ていた。



「そんなに目立ちますか?一応髪で隠れるかと思ったのですが……」

「いやいや、無理があるでしょ。どんだけガブっと食われたらそんなになるんだか……」



 それに、何より他のオスの臭い生臭さが何ともムカムカする。更に言えば、何故それを付けられたのか見当もついていないアイスにもイライラする。大方、彼女から香るキツめのメンズ物の香水マーキングに腹を立てたフロイドが、本能のままに行動に移したのだろう。自分の容姿の高さは理解しているくせに、彼女は危機管理能力が足りていないのだ。



「この授業が終わったら保健室に行こうと思うので、そんなに睨まないでくださいよ」

「人聞きの悪い言い方しないでくれるかな……心配してるんスよ」



 植物園の入り口に着くと、アイスは魔法薬学室で書いたメモをラギーに渡した。



「今回の課題の魔法薬は煮詰めるのに少し時間がかかりそうですし、材料集めは二手に分かれて効率良く収穫した方が良いと思います。私は向こうの温帯ゾーンで採取してきますので、ラギーさんは乾燥帯ゾーンの採取をお願い出来ますか?」

「うわ…けっこーあるんッスね……了解、こっちは任せて欲しいッス」

「ありがとうございます。此方の採取が早く終わればすぐ合流しますね」



 では、とアイスは自分用に控えたメモを片手に温帯ゾーンへ入っていく。暫くすると、効率の良い回り方を順序立てているのか各ゾーンの入り口に立てられた案内図を熱心に見つめ始めた。そんな彼女の様子を見て、ラギーは盛大な溜息を吐く。多分、いや絶対、間違いなく彼女は此方の採取の手伝いになんか来れないだろう。今日は天気も良いし、植物園内はより一層昼寝に適した環境になっているはずだ。おまけに先程昼食の買い出しを届けてから、まだそう時間も経っていない。申し訳程度に小言はこぼしてきたが、あの人は小言の1つで動いてくれる聞き分けの良い飼い猫ではないのだ。それなら毎日こんなにも苦労するはずがない。



「こりゃあ、こっちを早く終わらせて手伝いに行った方が得策ッスね」



 下手したらあの人の機嫌をさらに損なう事にもなるが、此方も成績がかかっているのだからこればかりは譲れない。それにハイエナは元来貪欲な動物なのだ。おこぼれにも与れないのに、そうやすやすと獲物を引き渡すわけもないだろう。まぁせめて、自分が行くまでに大方の材料の採取は終えておいてくれたら良しとするか。ラギーは尊い犠牲に対して心中で合掌した。


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