眠れ良い子/floyd&jade



※もしものお話
※双子とアイスちゃんが恋仲です
※色々と捏造と願望有



 なんとなく、いつもと様子が違うとは思っていた。朝から不調そうではあったが、午後の授業中からどことなく気だるげな様子を見せ、時間が経つに連れてそれは段々と悪化したのか、放課後モストロ・ラウンジに着いた頃には酷く溜息を吐くまでに顕著になっていた。カジノテーブルでカードを切っている時、接客している時、バックヤードで新人のバイトに指示を出している時……。本人は上手く隠しているつもりらしいが、自分を含めてジェイド、アズールからしてみれば今日の彼女には違和感しかない。とはいえ、他の奴らの反応を見る限り彼女の微妙な演技はそれなりの役割を果たしているようだ。普段は反吐が出る程に彼女を褒め称えるような言葉を吐いてるくせに、アイツらの目は深海魚よりも退化が進んでいるらしい。



「フロイド、今日の掃除当番はアイスさんでしたが……流石に見るに堪えません。早く上がるように伝えたので、貴方が代わりにやっておいて下さい」

「えぇ〜、オレ嫌だ。ジェイドに言ってよ」

「ジェイドはもう戻ってしまいましたよ。嫌ならアイスさんを連れ戻してください。さっき出て行ったばかりですから、まだ間に合うんじゃありませんか?」



 此方に視線をくれることなく、アズールはソファに腰かけて今日の売り上げ集計しながらそう言い放った。



「……オレがそうしないって分かってて言ってるだろ」

「さぁ、どうでしょう?僕が知る限り、貴方達はアイスさんに甘いところがありますからね。大人しくそこのモップを手に取ってくれる事を期待しています」



 悔しいがその通りなのでぐぅの音も出ない。というか、甘いのはアズールも同じだろう。本来であれば彼女がチップと称して儲けた分の細かな清算もあるはずなのに、帳簿の該当欄が空白なとこを見るに今日はその回収をしていないようだ。守銭奴にしてはあるまじき行為である。
 結局、アズールの言われるがままにラウンジの掃除を終え、気付くと1時間近く経とうとしていた。普段ならただモップ掛けをして終わりなはずなのに、照明の交換や備品の補充、先日購入したばかりのスツールのセッティング等々、ここぞとばかりに様々な雑務を押し付けられて一行に作業が進まなかったのだ。いい加減目に見えてイライラを募らせていると、アズールは腕時計で時刻を確認して「嗚呼、もうこんな時間ですか。お疲れ様でした、もう結構ですよ」とようやく解放の言葉を告げたのだった。



「あ゛〜!!もう何もやんないからッ!何かあってもアズール自分でやれよ!?」

「もう何も無いので問題ありません。嗚呼、そうそう…」

「何ッ!?」



 次何か頼まれようものなら、いくら相手がアズールだとしても噛みついてやろうか。そう心に決めた矢先に呼び止められ、フロイドは歯をむき出しにして振り向いた。しかし、当のアズールは何も気にする様子も無く、やはり先程と同様に帳簿と睨めっこをしたまま口を開く。



「部屋に戻るなら、ついでにジェイドを呼んできてもらえますか?聞きたい事があるので」

「ヤダッ!めんどいッ!」



 フロイドはドスドスと地を鳴らしてモストロ・ラウンジから出て行く。アズールは遠ざかるその背中を見送り、小さく溜息を吐いた。





+ + +





「あ゛〜!!!疲れたッ!アズール人使い荒すぎ!!!」



 荒々しく自室の扉を足で蹴飛ばしたフロイドは、片割れのベッドが膨らんでいる事に眉を潜めた。



「ジェイドずり〜!ジェイドがとっとと帰っちゃったから、オレがグラちゃんの代わりに掃除させられたんだけど!」



 いつもならフロイドが不機嫌な声を上げれば、ジェイドは少なからず何かしらの反応を示してくる。ところが、今日は返事どころか物音一つ返ってこない。イライラの最高潮を迎えたフロイドは、ずんずんとベッドに近付くと「聞いてる?!」と横になる片割れの顔を覗き込もうと身を乗り出した。



「……はっ?」



 てっきり眠りこけているジェイドの顔があるかと思っていたフロイドだったが、思いもよらない光景に目を丸くする。フロイドと互い違いの色をした瞳は、視線が合うと目尻を下げて苦笑を見せた。ジェイドの腕の中には亜麻色が散らばっており、その持ち主は彼がぽん、ぽん、と小さく背中を叩くと「ぐずっ」と鼻を啜る音をさせながら体を縮こまらせる。いつもなら「皺がつく」と制服のままベッドに横になる事を嫌がるのに、室内を見渡せばフロイドのベッドの上にジャケットが脱いだままの状態で放置されているだけで、履いたままのスラックスには深い皺が幾つもついていた。



「ラウンジの方は任せてしまってすみません。今回は随分と深刻だったようで……泣き疲れて早々に寝てしまいました」



 そっと横顔にかかった髪を払ってやると、彼らが焦がれた臙脂色えんじいろは伏せられているが、強く擦ったのか目元は痛々しいくらい赤く腫れてしまっている。



「あ〜あ…真っ赤になっちゃってるじゃん」

「擦らないように言ったのですが……後で冷やしてあげないといけませんね」



 フロイドが目元に触れると、手の温もりが腫れに障ったのかアイスの瞼がひくりと動いた。



「……いま、なんじ…?」



 小さく掠れた声が部屋に響く。もぞり、と身動ぎをしたアイスは、起きるのを拒絶するかのようにぐりぐりとジェイドの胸に頭を押し付ける。



「まだ1時間くらいしか経っていませんよ」

「あ、そうだ……ジェイド、アズールがラウンジに来いって。聞きたい事があるって言ってた」

「嗚呼……アイスさん、今日のチップはどこに?」

「……ん、」



 のっそりとようやく起き上がったアイスは、片手で顔を抑えながら空いたもう片方の手をスッと伸ばす。ピンッと伸びた白い指の先を辿れば、フロイドのベッドを指している事が分かった。言われるがままにフロイドが脱ぎ散らかっていた彼女のジャケットを持ち上げると、右ポケットにずっしりとした重みを感じる。



「グラちゃん、右ポケットのコレ?」

「ん…そう……それ、アズールに渡して…」



 そう言い終わると、彼女は再び小さく鼻を啜りながら目元を擦り始めた。ジェイドは溜息を吐くと、顔を上げてフロイドと目配せを交わす。フロイドはジェイドに彼女のジャケットを渡し、優しく頭を撫でながら稚魚をあやすような声色で話しかけた。



「ほら、グラちゃんこっちおいで〜」

「…ぐすっ……」



 ゆっくりと両腕を広げたアイスを見て、そのまま彼女の身体を抱き上げる。いつも作り上げている淑女のアイス・ルーレッドはどこへやら。先程ジェイドがやっていたように軽く背中を叩いてやると、チカラ無かった彼女の両腕がキュッとフロイドの首に巻き付いた。



「アズールに渡してくるついでに、オンボロ寮に寄ってきますね。アイスさんの着替えも貰ってこないといけませんし」

「ん。こ〜いう時に他の寮だとめんどいよなぁ……グラちゃん、いい加減ウチオクタヴィネル寮に転寮すればいいのに」

「それは難しい悩みですねぇ……彼女がどの寮にも所属せずにオンボロ寮生である事は学園長の意向のようですから」



 「では」と足早に部屋を出て行った片割れを視線だけで見送ると、自分のベッドに腰かけ、向かい合うようにアイスをその膝に座らせた。いつもなら「子ども扱いするな」と憎まれ口が降ってくるはずなのに、こういう時の彼女はされるがままに身を預けてくれる。心配をしないわけではないが、こんなに情けない彼女の姿を知る人が一体何人いるかと考えると優越感で笑みが漏れそうになる。



「グラちゃん、今日はどうしたの〜?」

「……ぐすっ…」

「ほらほら、擦っちゃダメってジェイドにも言われたんでしょ?」



 乱暴に涙を拭う両手を拘束すると、ふるふると震える臙脂色えんじいろがフロイドの姿を捉える。



「……今日の体力育成…」

「体力育成……午前最後の授業?」



 小さな頭がこくりと頷く。



「…朝から頭痛が酷くてバルガス先生に相談したら、落ち着くまで休んでいいって言われて……」



 確かに、3時間目の体力育成の授業では、度々木陰に腰を降ろして休むアイスの姿があった。フロイド自身としては午前中から体調が芳しくなかった事を感じ取っていただけに特に何も思わなかったが、一部の生徒にとってはそうで無かったらしい。



「直接言われたわけじゃないけど…女だからいいよな、だってさ…僕だって、好きで女に生まれたんじゃないのに…」



 成程、これがトリガーとなったわけだ。前にアズールに聞いたが、人間の雌の身体には『生理』とかいう子孫繁栄に必要な現象が定期的に起こるらしい。症状は人によって異なるとの事だが、彼女の場合は特に頭痛と精神的不調が酷いようだ。前者に関しては前に本人アイスがそれらしい事を口にしていたし、後者に関しては『生理』になる前は決まって苛立っている姿を目にするので恐らく間違いないだろう。そもそも、彼女は自分が『女』である事に対して酷くコンプレックスを抱いている。ジェイドと揃って少しずつ克服させてはいるがその根は深く、今までも何度か今日のように精神的不調から幼児退行に似た症状が現れた事があった。



「ん〜…オレはグラちゃんが雌で良かったと思うけど?」



 張り付いた髪を拭いながら額に唇を落とす。アイスは一瞬驚いたように身体を跳ねさせたが、特に文句を言うわけでもなく受け入れるかのように瞳を閉じた。お咎めが無い事を良い事に、瞼、耳、頬、鼻の先、と順々に辿っていく。いよいよ最後に残ったふっくらとした唇にかぷりと甘噛みすれば、彼女にいつもの調子が戻ってきたのか白い指先でキュッと頬を摘まれた。



「……調子に乗りすぎ」

「え〜、今日1日頑張ったグラちゃんへのご褒美だったんだけど?」

「…そうだよ、僕……頑張ったんだから…」

「うんうん、よく頑張りました〜」



 むくれる頬を両手で掬い上げ、こつん、と額を合わせる。



「グラちゃん、オレにもご褒美頂戴?」

「…フロイドに?」



 眉を潜めたアイスに笑顔で頷き、フロイドはふにふにと柔らかい頬の感触を楽しみながら言葉を続けた。



「アズールに言われて、オレ今日グラちゃんの掃除当番代わってあげたんだぁ」

「掃除当番?……あ…」



 まだ上手く頭が回らないのか、アイスは暫く時間を置いてハッと目を見開かせた。どうやら『掃除当番』4文字は彼女の頭からすっかり抜け落ちてしまっていたらしい。今にして思えば、彼女の『仕事』を二分するという意味で、アズールの采配は見事なものだった。掃除当番にチップの清算、どちらかを自分達フロイドとジェイドで担わなければならないとすると、後者はジェイドの方が合っているに違いない。



「……あんだけ色々とオレに雑務押し付けてたのは、ジェイドの時間を作るためだったって事か」

「は?雑務?ジェイドの時間?」



 何のことやら。再び彼女の眉間に皺が寄る。あ〜あ、そんなに何度もやるとベタちゃん先輩に怒られそ〜…。



「ん〜ん、こっちの話。で、グラちゃん、オレも頑張ったんだからご褒美くれるでしょぉ?」

「……フロイドに貸しを作る事になるなんて…」



 ニヤニヤとした笑みを浮かべるフロイドに対して些か不満そうに顔を顰めながらも、アイスは半ば諦めたように息を吐いた。自身が頼んだわけではないとはいえ、仕事を肩代わりしてもらった事に違いは無いのだから。



「グラちゃんが『生理』ってやつじゃなければ色々してもらえたのになぁ〜」

「…ちょっと待て、何で、僕が生理だって……」

「え〜?そんなのすぐ分かるに決まってんじゃん。グラちゃん、『生理』前になると随分積極的だもん」



 はた、と動きを止めたアイスに対して、フロイドは「ジェイドも言ってたし」と悪びれも無く続けた。たちまちアイスの顔はどこぞの寮長に並ぶ程に真っ赤に染まり、わなわなと身体を震えさせ始める。



「グラちゃんが許してくれれば、オレらは気にしないよ?『生理』中の交……」

「黙れバカッ!」

「いってぇ!」



 アイスは顎目掛けて頭突きを食らわせると、痛がるフロイドを他所にキーキーと喚き声をあげる。



「君にはデリカシーってものが無さすぎる!それとも、海の中には『デリカシー』って言葉が存在しないのか!?」

「あはは、グラちゃん真っ赤〜。サンセット・ドワーフグラミーに品種改良した?」

「煩いッ!」



 ぐずぐず期は抜けたようだが、それでもまだ情緒不安定には代わりないようだ。確かに素の彼女は悪態を吐く事も多いが、常に沈着冷静を心掛けているはずの彼女がここまで感情的に声を荒げる事は至極稀である。



「……って、まさかアズールにもバレてるって事じゃ…僕、ラウンジに戻…ッ」



 赤くなったり、青くなったり、今日の彼女は本当に忙しい。先程から継続して身動ぎするも、対格差がありすぎるせいでフロイドにしてみれば抵抗と呼ぶには酷くお粗末なものであった。腕の中で無意味に藻掻く様子は可愛らしくもあるが、暫く抑え込んでいるうちに段々と煩わしくなってきた。今更ラウンジに戻ったところで、恐らくアズールも自室へ戻ってしまっているだろうに。フロイドがベッドに倒れこむと、バランスを崩したアイスも釣られてその身体に雪崩れ込んでくる。慌てて身体を起こそうとする後頭部を抑え、再び喚こうとする唇を塞いでしまえば、アイスにはもう成す術は無かった。



「……あは、何度しても息継ぎ下手すぎじゃね?」



 散々に口内を好きに貪られ、薄ら涙を浮かべながら肩で息をするアイスの姿は何とも艶めかしい。数日前に美味しく頂いたとはいえ、これでは蛇の生殺しならぬウツボの生殺しだ。



「はぁ…美味そうなのに何コレ?我慢してやるオレ優しくない?」

「……ぁ…っ……お、覚えてろよ……っ」

「い〜よぉ?その代わり、グラちゃん次の日立てなくなっても知らね〜から」



 恨めしそうな声を上げる彼女の身体を拘束したままぐるん、と身体を横に回転させる。すっぽりと腕の中に納まった事に満足すると、フロイドは亜麻色のてっぺんに唇を落としてギュッと腕の力を強めた。



「…ちょ、フロイド……苦しい…」

「ん〜?聞こえなぁい」

「………ありがと…」



 フン、と鼻を鳴らして聞こえた小さな謝辞。キュッと摘ままれたシャツは恐らく皺になってしまうだろうが、そんな事フロイドの知る所ではない。ジェイドが先程そうしていたように背中を叩いてやると、次第に彼女がシャツを摘む力は弱まり、更にあやし続けると小さな寝息が聞こえ始めた。とりあえず、心配しているであろう片割れに報告してやるか…。フロイドはスラックスのポケットからスマホを取り出すと、すっかり安心しきった様子の寝顔を何枚か撮影して無料通話アプリ上にあげてやる。



「……心配しなくていいよぉ?グラちゃんを泣かせたヤツらには、ちゃあんとお礼してやるからさ」



 可愛い可愛い自分達だけの観賞魚。せっかく綺麗なアクアリウムを用意したのに、混泳に相応しくない害魚のせいで傷がついてしまった。先程の話をジェイドに伝えたら、片割れはどんな反応を見せるのだろう。まぁ、いざとなったらアズールに上手い事誤魔化してもらえばいい。数分も経たずに小さく『既読』の文字が付いたのを確認したフロイドは、ポイっとスマホをベッドに投げ捨て、自分もひと眠りしようと亜麻色に覆われた首元に顔を埋めた。


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