しあわせ家族計画/azul&jade&floyd
※もしものお話
※お題「監督生幼児化+母性擽られるアイスちゃん」
この日は恐ろしく朝から清々しい良い1日であった。どこかのお伽噺のように鳥のさえずりで気分良く目覚めたかと思えば、ゴーストが淹れてくれたブレックファーストティーの茶葉は封を開けたばかりだったようで非常に香り豊かだったし、2限目に返却された魔法解析学の試験結果はリドルを抜いて学年トップであったと絶賛を受けた。昼食のビュッフェにはアイスの大好きなカボチャやマロンやスイートポテトのタルトが並べられ、本日最後の授業となる動物言語学では相性の良い猫が課題に当てられた為、終盤は動物セラピーのような癒しの時間となった。2年に新学期してから早数カ月、ここまで穏やかな学園生活があったであろうか。いや、間違いなく無かっただろう。このまま何事も無く1日が終わって欲しいと強く願った。
「アイス・ルーレッドはいるか?」
だから周りの生徒数名がチラチラと此方に視線を向けているのを無視して、今教室の出入口で呼ばれている名前は自分の名では無いと強く自身に言い聞かせる。しゃがみこんでいるお陰で姿が見えない事を良い事に、アイスはゴロゴロと喉を鳴らす猫を一心不乱に撫でまわした。
「グラちゃん、イシダイせんせぇが呼んでるけど?」
隣りで膝を抱えるフロイドがツンツンと脇腹をつつくが、アイスは一向に反応を示さない。それが気に食わなかったのか、フロイドは少しむくれ顔を見せると、ピンっと右手を上げてひらひらと泳がせた。
「はいは〜い!グラちゃんはここで〜す!」
「っ!?ちょっと、何を……ッ!!」
「ほう……そこに居たか、バッドガール」
「あ、あら……ごきげんよう、クルーウェル先生…」
ヴィルに対しても思う事ではあるが、美人に見下ろされる事のなんと恐ろしい事か…。アイスは精一杯の笑顔で応対も、クルーウェル相手では特に意味を持たないらしい。隣りでしたり顔の人魚にこめかみを震わせながら、仕方ないと重い腰を上げるのであった。
「あ!クルーウェル先生、アイス先輩いました!?」
「アイス〜!!探したんだゾ!!」
「ルーレッド先輩!お疲れ様です!」
クルーウェルの後ろから続々と馴染みの集団が顔を覗かせる。何事かと大きな臙脂色をぱちくりさせていると、デュースが何かを抱えている事に気が付いた。クルーウェルやエースの影で全容は分からないが、随分と大事そうに抱えている事とソレがかなり大きくて重そうだという事は見て取れる。そういえば彼らは常に4人で行動しているはずだが、アイスやグリムと同じオンボロ寮のユウの姿が見えない。寮の違うエースやデュースと別行動する事に関しては特に不思議ではないのだが、クロウリーから2人で1人の生徒という条件でナイトレイブンカレッジでの学生生活を許可されているだけに、相方のグリムと離れて行動する事には少しばかり違和感を覚えた。
「あれ?いつもイワシの群れみたいに一緒なのに、今日は小エビちゃん一緒じゃないの?」
「私も同意見です。ユウさんが別行動なんて珍しいですね?」
2人の言葉に、クルーウェルは不愉快そうに顔を顰め、グリムとエースは気まずそうに視線を泳がせた。益々意味が分からない、とアイスとフロイドが顔を見合わせると、深刻な面持ちで前に出てきたデュースが先程から大事に抱えていた何かをずいとアイスに差し出した。
「「……赤ん坊…?」」
デュースの腕の中で、くりくりとした瞳がじぃとアイスを捉えている。生後半年から1歳になったばかりであろうか、アイスは幼い弟達の赤ん坊の時の姿を思い出してふむと顎に手を添えた。ふっくらとした頬に痛みの無い黒い髪、幼児特有の低い鼻も非常に愛らしい。しかし、学園内に赤ん坊がいるとは何とも妙な話だ。おまけに赤ん坊に誰かの面影が見えるのはきのせいだろうか。
「もしかしてイシダイせんせぇの子供?……いってぇ!!」
容赦なくクルーウェル愛用の躾棒の先がフロイドの腕を弾いた。しかし、まさかとは思ったがクルーウェルの子供でないとすると、この赤ん坊は一体誰の親族なのだろう。グリムはさて置いて、エースもデュースも下に兄弟が生まれたとは聞いていない。そこでようやく、アイスは赤ん坊に感じていた既視感の正体に気が付いた。
「あ……ユウ、さん?」
口から零れ出た名前にアイス自身もハッとした。そういえば、髪の色も、目の色も、見れば見る程ユウにそっくりなのだ。慌ててクルーウェルに視線を移すと、彼は何とも言えない表情で静かに首を縦って肯定の意を示す。次いで、デュースが神妙な面持ちで口を開いた。
「先程の魔法薬学の授業で僕と監督生、グリム、エースでグループワークをしてたんですけど、課題の途中でエースとグリムが口論を始めて……」
「あまりにも騒々しいので躾に向かったが、その時は既にバッドボーイ共が放った魔法が魔法薬の入った大窯をひっくり返し、中身の魔法薬を被った仔犬が赤ん坊の姿で転がっていたというわけだ」
「うわぁ……小エビちゃんってホントについてないね」
シャンデリアの件然り、イソギンチャク事件然り、どうしてこうも彼らは面倒事ばかり起こせるのだろうか。アイスの言わんとする事を視線で感じ取ったグリムとエースは、慌ててピシッと姿勢を正した。
「凄く聞きたくありませんが……クルーウェル先生、私に用事とは?」
「やはり察しがいいなルーレッド、お前の想像通りだ。俺様は今から会議があるし、そこのバッドボーイ共には今から罰として魔法薬学室の清掃と備品整理を命じた」
「僕は今週大切な大会があって、部活を休めないんです」
何とも予想通りの展開にアイスは頭を抱えた。つまり、彼らは彼女に赤ん坊……基、ユウの面倒を見るように協力を仰いでいるのだ。
「えぇと……可愛い後輩の面倒を見たい気持ちは山々なのですが、私も今からモストロ・ラウンジでバイトがありまして……」
「え〜?いいじゃん、小エビちゃん連れてっちゃえば」
ギョッと目を見開いたアイスに対して、フロイドは何とも呑気だった。信じられないものを見るかのような瞳を自身に向けるアイスにニヤリとした笑みを返し、彼は尚も言葉を続ける。
「アズールも多分良いって言うよ?でも、小エビちゃんの面倒見ながらじゃグラちゃん、今日のノルマ達成出来ないかもね……。まぁ、その分は今度カニちゃんとアザラシちゃんがモストロ・ラウンジを手伝いに来てくれるなら問題無いんじゃね?」
「に゛ゃ!?」
「え゛!?フロイド先輩、それはマジで勘弁……!!」
この言葉に目をひん剥いて驚いたのはグリムとエースだ。これからクルーウェルによる長い長い罰則が待っているというのに、まだ肉体労働を課せるというのか。モストロ・ラウンジでの労働に関しては、その過酷さについてイソギンチャク事件の時に身をもって体感済みである。しかし、慌てふためく2人を他所に、フロイドは不思議そうに首を捻るのだ。
「は?何言ってんの?ウチの主戦力の時間譲ってやるんだから当たり前だろ。それとも何?グラちゃんの売り上げ分、現金で支払ってくれるわけ?」
「「う゛ぅ……」」
「……いや、そもそも私、まだ良いって言ってませんけど……」
勝手に話を進める3人に白い目を向けつつ、アイスは盛大に溜息を吐きながらデュースの腕の中からユウを引き取った。面倒臭い事この上無いのだが、こんな状態のユウを放置するわけにもいかず、かといって見ず知らずの誰かに預けるのも気が引ける。かつて弟達にそうしてきたように、足の間に腕を差し込み、反対の腕に頭を乗せてぽんぽんと身体を軽く叩いてやると、じぃと興味深そうにアイスに向けられていたつぶらな瞳がたちまちふにゃりととろけた。大きくなった弟達もそれはそれは可愛いのだが、やはり赤ん坊の可愛さは別物である。次第にキャッキャッと声をあげるユウの姿に、知らず知らずの内にアイスの口元も緩まっていく。
「「「「…………」」」」
「……何ですか、その目は」
アイスはユウをあやす手を止める事なく、ぽかんと自分を凝視する周囲に対して怪訝そうに目を座らせた。
「いやぁ、アイス先輩、赤ん坊あやすの上手すぎません?」
「デュースなんか、最初おっかなびっくりにユウをつっついてたんだゾ?」
「仕方ないだろ!?赤ん坊と接する事なんて無かったんだ!」
「嗚呼……私の家、幼い弟が3人いるんですよ。両親は忙しい人達でしたから、家に居る時は出来るだけ面倒を見るようにしていたんです。そのお陰かもしれませんね」
確かに、接した事の無い人間が初めて赤ん坊に対峙するとその扱いに戸惑うのは仕方の無い事だ。アイスも初めから赤ん坊の扱いに長けていたわけではない。ただ、忙しいながらに弟を寝かしつける母親の姿を見て、見様見真似で始めた事だった。
「それで、ユウさんはいつ元に戻るんですか?」
「今日の課題は『若返り薬』だったが……未完のまま被ったらしく、戻るのに時間がかかるらしい。ここまでの経過で分かる事は、どうやら1時間で1歳元に戻るみたいだな」
現在の時刻は17時前。クルーウェルの仮説が合っているとするなら、ユウが元に戻るのは明日の朝8時頃という事になる。気が滅入りそうだが、ここまで踏み込んでしまったのだから腹を括るしかない。
「そういえば、前にトレイ先輩に紹介して頂いたパティスリーのパンプキンタルト……あまりにも人気すぎてまだ食べられていないんですよ」
「「げっ……」」
「タルトに合いそうな茶葉も用意したと言うのに……残念ですねぇ…」
アイスは親指の付け根でユウのぷにぷにとした頬をつつきながら、愁いを帯びた表情を浮かべた。明らかに演技なのだが、それを分かっていたとしても見惚れてしまうのだから美人は恐ろしい。
「グラちゃん良かったね。カニちゃんとアザラシちゃんが休日返上で買いに行ってくれるってさ」
「ちょっと待つんだゾ!!」
「魔法薬学室の掃除にモストロ・ラウンジの手伝い、それに加えて有名パティスリーのタルト買ってくるなんて、幾ら何でも多くねぇ!?」
「あら、勘違いなさらないで。私はただ、食べたいタルトがあると言っただけですよ。……はぁ、さぞ美味しいんでしょうね…数量限定のパンプキンタルト……」
「「…………」」
ほぅ、と息を吐く姿すら美しい。たちまちクルーウェル、デュース、フロイドを筆頭に、教室に残っていた生徒からの非難の目がグリムとエースに集まっていく。わざとらしく「グラちゃん泣かないで〜」と茶々を入れるフロイドが憎たらしい。しかし、悲しい事に表情を強張らせた2人に加勢する者は現れなかった。
「「…………喜んで用意させてもらいます」」
「まぁ、本当ですか?嬉しい!」
がっくしと肩を落とす2人とは対照的に、アイスの花のような笑顔を見せた。鼻歌混じりにユウをあやす姿も相まって、すっかり周囲の空気はほんわかと穏やかなものへと変わっている。グリムとエースは意気消沈したまま、まるで収容所へ連行されるかのような面持ちでクルーウェルに続いて教室から出て行った。面倒事には変わりないが、気になっていたタルトが手に入るとなれば割の良い仕事である。アイスが笑顔なのが嬉しいのか、ユウもご機嫌な様子で手足をばたつかせた。彼が元に戻ったら、リドル達を誘ってお茶会でも開こうか……勿論、あのお騒がせな1年生4人組も招待するとして。
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