第四章

01

 ——イッショウさんは真面目な人だ。
 日に三度の愛情表現。そんな私が無理矢理に取り付けた約束に、あれからずっと律儀に付き合ってくれている。その真摯さが何より嬉しいから、私も必ず、日に三度以上何かしようとは思わなかった。可能ならば三度、もちろん、そんな暇もなければ一度、または何もなし。そうして数ヶ月過ごしているうちに、それにはどんどん詳細なルール≠ェ定められていった。

「イッショウさん、今日の一度目のお願い=Aなんですけど」

 彼は「ああ」と言ってから私に現在の時刻とこの後の予定を尋ね返す。招集されている会議まではまだ数刻の余裕があることを告げると、彼はゆっくり息を吐いてから、それならどうぞ、と私の方へと身体を向けた。

「では、イッショウさん……頭を撫でてもらっても、良いですか」
「そうですねェ——それくらいなら」
「! やった……」

 それでは誰か来る前に。と、私は頭を差し出すように顎を引く。彼はまだぎこちない手つきで数度私の髪をくしゃりと掻き乱してから、これでいいですかい、とちょいとペンを貸してくれたような気やすさで言ってのけた。

「はい、満足です」
「そいつァよかった」

 そう言って微塵の心残りすら感じさせず彼は手を引っ込める。私ばかりがその手を惜しみ、「もう一度」と願ってしまおうかどうかと、わずかに唇を震わせた。

「……どうぞ、お望みならもう一度でも」
「い……いいえ! そうしたら、今日のあと二回≠焉A使い切ってしまいそうですから……」

 日に三回の愛情表現——または、それに準ずるお願い=B合わせて一日三度までと、何日目かに二人で決めた。

「これくらいなら可愛いもんでさァ……たまに、突拍子もないこともいいやすから」
「えへへ、でもその時は断られるじゃないですか」
「そりゃァ、そうでしょう。断ってもいいと決めやした」

 そう、決めた。
 告白か、お願いか。そのどちらだとしてもイッショウさんはそれを断って良い。言葉通りただ聞くだけで良い、とお互い納得の上でそう約束した。受け入れられることがなくとも受け止めてもらえるのであれば、私はそれを不毛とは思えなかった。

「——イッショウさん、好きです。今夜お部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
「光栄でございやす、が、却下でさァ。……じゃあ、これで今日の分は終わりだ、お疲れさんでござんす」
「んん……残念です、ではそれについてはまた明日。……ではここからは仕事の話なんですが——」

 それはそれ、これはこれ。今までの話をさらりと流して仕事についての話をはじめる私を、彼も当然のものとして受け入れる。そういうことまで含めて、これが私たちの間で決められた毎日三度のルール≠セった。
 


「お前の良いところと悪いところが全部出ている」

 正面で白髪のアフロが揺れる。彼の、必要以上にばりばりと音を立てながらものを食べる癖が何年経とうと治る気配がないことに半ば呆れながら、私は半笑いのセンゴクさんを睨みつけた。

「良いところって?」
「決断が早く自分を曲げない、自分ができる限りで最善を尽くすところ」
「じゃあ悪いところは?」
「できる限りを本当に全部やるところ、人の話もきかずにな」
「ああ……それって同じことじゃないですか?」

 そうか? と彼が笑う。呑気なものだ、彼からすれば私がこのように力戦奮闘している様も、イッショウさんがそれを固辞する様も、等しく子供の言葉遊びにでも見えているのだろう。私はいたって本気だというのに。
 しかし父代わりの彼からすれば私はもちろん子供でしかなく、二十そこそこ離れているイッショウさんですら子供に見えていてもおかしくはないのだろう。……私からすれば、二人とも、見上げるほどに縮まらない年の差のある人で、それがどうにももどかしく感じているところなのに……。

(考えてみれば、断られているのってきっと歳の差そこが大きい気がする)

 自信過剰と言われても否定はしないが、こんなことに付き合ってくれている時点で私のことを気に入っていないわけはないのだ。そう思えばやはり、この差が十でも二十でも縮まれば、あるいは彼も同じような気持ちを返してくれるのかもしれない。

「……歳をとる悪魔の実、ないかな」
「あるにはあるだろうが……やめとけ、利がなさすぎる」
「じゃあ、若返る能力」
「あー……あるな。まぁそっちなら試すのもありかもしれんな」

 ははは、と何処までも他人事。前に一度、気になって、娘はやらんとは言ってくれないのか? と尋ねてみたところ、これまた心底おかしそうに笑いながら「子供の幸せを願わん親はいない」と言われてしまった。……彼を好きでいることが私の幸せなら、それでいいと、見守ってくれているのだろう。

「まぁ、頑張ると決めたなら、頑張れ。……お前は得意だからな、そういうのが」

 彼が私の頭を優しく撫でる。慣れたように髪の間を滑るその指の温かさも、私は本当に好きだった。
 

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