おひいさん

 一部の心無い人たちに、自分がどう映っているかはよく知っている。——元′ウ帥のお気に入り。そう言われて、贔屓を邪推されて、否定しきれないくらいに自分が優遇されている自覚もあった。……多分あの人にはそんなつもりもないし、そうしないよう努めているつもりだろうけれど。

 何にしたって、上からも下からも私のことが面白くないという声は少なからず聞こえてきた。慣れていることだ、今更、それくらいで何か揺れたりはしないが……それでも、やはり彼の口からその言葉が出てきた時は、流石に少しだけ驚いた。

「それ、どこで聞いたんですか……」
「? それ、というのは?」
「その……、海軍本部のお姫様≠チて、いうやつ……」

 そう訊ねれば、明日の天気でも答えるような気軽さで、ついこの前G3支部に立ち寄った時に、という答えが返ってくる。

「そう、ですか」

 まだそんなことを言う奴がいるのだと思うと私の肩は重かった。実力で見返してやれば良いと張り切る事もあったが、それだけでは全てを払拭できるわけではないとすでに私は理解している。なにより、そのためには私の力は到底足りていないことも。
 しかしこうして改めて陰口の存在を知ると気分は良くない、なによりその話が彼の耳に入ってしまったのが最悪だ。別にこちらに非があるわけではないけれど——後ろめたさは、あるのだ。私はこの肩書きに見合うだけの力があるのだろうか、と……。

「……あんまり聞かれたくはなかったです」
「? そうなんですかい」
「そりゃあ、そうじゃないですか」

 そんな陰口——と言いかけて、本当に不思議そうにする彼の様子に「おかしいな?」と首を傾げる。だって、部下が悪く言われてたのなら彼は怒るか悲しむかはすると思うのだ。例えこれが私以外でも。
 それなのにいつ通り、ちょっとした世間話くらいの顔で彼がいるものだから、私は恐る恐るといった面持ちで「イッショウさんは、それを聞いてどう思いました?」と聞き返してみる。

「……? あんたも結構、有名なんだな、と」
「それだけ?」
「はァ、まぁ……支部でも話題に上がるくらいだ、随分と期待されてんだねぇ。そういう若い人がいるんなら、海軍も安泰だなァ、と……」

 ほんとに、それだけ。彼がこの手の嘘をつくような人ではないことは知っているので、本当の本当に、それ以上の感想はなかったのだろう。しかし、つい呆気に取られてしまったが何も知らない彼がそう思うのもわからなくもない、その呼び名だけでは確かに、悪意の有無なんてわからない、のかも。

「あのう……——多分なんですけれど、それ、言ってた人たちは嫌味でそう呼んでいるだけで……」
「えっ」

 安全なところから、指示を出すだけ。守られるだけの飾りもの。トップである元帥のお気に入りだから、お姫様=B耳触りの良い言葉を使っているだけの、純粋な皮肉だ。……少なくとも、私はそう思っているし、それを聞いたときにしかめ面をした義父や元上官たちも、そのように取っていたと思う。

「ええと、つまるところ、なんですけど……その人達は、多分私のこと、面白くなくてそう呼んでるんだと思いますよ」
「なるほど……、そいつァ、道理で……」
「……どうりで?」
「あ、あァ、いやァ……」

 珍しく歯切れの悪い物言いに、私は彼の袖を引いた。ぎゅうとそれを強く握りしめながら「どうりで、なんですか?」ともう一度問い返すと、彼はしぶしぶ飲み込みかけた言葉を口にする。

「……お姫様≠チてんで——そりゃあ、そう言われるほど美人さんなんだねェ、と言ったら、なにやら、皆さん黙っちまったもんで……そういう事なら、納得だ、と……」
「あ、あぁ、そう……でしたか…………」

 彼が頬を赤くした分だけ、私の耳も熱くなった。しかし彼は自身の空気の読めなさに赤面しているばかりで、その発言をきいた私の照れやら恥ずかしさまでは、思い至らないようである。——なるほどどうして、天然とはこうも恐ろしいものであったかと、思い知るばかりだ。

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