第四章

「航路、天候、特に問題ありません。予定通り、明日の朝には目的の島に到着の見込みです」
「りょーかい、んじゃまぁ、なんかあったらまた声かけてよ。おれァしばらくここにいるからさ」
「……はぁ、ここに、ですか」

 晴天、やや強風。目下のところの天気変動の予測もなし、海王類の影もなし。とはいえ、次の瞬間にはどうなっているかもわからないこの偉大なる航路グランドラインを漂う中で呑気にそう言えるのは、彼の力とそれに対する自信の表れだろう。必要最低限の何人かを除く部下たちに休息を言い渡し、私は甲板の上でくつろぐ大将緑牛の側に立った。その縦にも長い身体に合う特注のデッキチェアをわざわざ持ち込んでいるあたり、彼にとっての日光浴というのは、どうやらただの昼寝以上の何かがあるのだろう。光合成でもしているのだろうか。サングラス完備で。

「先ほどの」
「あ?」
「先ほどの、真面目すぎるという発言ですが」

 私の言葉に、珍しく彼が咳き込んだ。

「嘘だろ、蒸し返す? もしかしてめちゃくちゃ気に障った?」
「ええ、とても」

 険悪な雰囲気を察してか、甲板にいる数人が心配そうに私たちの様子を伺っている、「まさか海上で何か起こしたりしないだろうか」と不安に思っているのだろう。……感情の機微を隠しきれていない自分の不甲斐無さを恥じながらも、私は能天気な彼をキッと睨みつけた。

「同じことを、サカズキさんにも言えますか」

 自惚れなく言わせて貰えば、私は彼と同じタイプだと自分でも思う。それを、真面目すぎる、潰れそう、などと……本当にそう思うのであれば言ってみろ。先ほどの評価は私のことを下に見ているから出ているのではないか、と。私はどうしてもそれを訊ねずにはいられなかった。それをまた「真面目」だとなじられるのであれば、受け止めるしかないだろう。

「言えなくはねえけど、言う必要がない」
「それはあの人が上官だから——」
「違ェよ、あの人は良いんだ、その実直さに見合うだけの力を持ってる」

 我を通すだけの力が彼にはある、私にはないのだと言外に彼は言う。知っている、わかっている、だから彼は同期の青キジと命を賭けて戦った末、元帥という立場を手にしているのだ。
 それに比べて、私は未だ、海兵としての心構えすら未熟な男の便利な秘書扱いのまま。私と彼との違いはそこだと、言外にそう言われているのだ。

「……わかってますよ、そんなことは」

 それ以上の悪態をつく前に口を引き結ぶ。結局のところ、アラマキの言葉は大抵が正論で、意地と妬みばかりの私では何を言っても太刀打ちできないことも知っていた。はじめはその不真面目さや軽い態度に苦言も出たが、なんのことはない、その表面を取っ払って素直に向き合えば、彼は存外悪いやつではないらしいのだ。嫉妬ばかりで、まともに彼を見ようとしていない私の方が、よっぱど……——

「また難しいこと考えてんのか? ずーっと眉間に皺寄せちゃってさぁ……おれアンタが笑ってんの見たことねぇよ」
「……、誰のせいでしょうね」

 また、自然と嫌味が漏れる。彼のお決まりの「らはは」という笑い声は今も不快だ。どれだけ聴き慣れようと、自身の非を理解していようと、それは私を否定する声のようだったから。
 そんな自分が、自分でも、偏屈すぎて嫌になるけれど。

「……アラマキさんは、私のどこが良くて、気に入ったんですか」
「ん〜?」

 くぁ、と彼はみっともなく大きな口であくびを漏らす。

「あなたの言う限りでは、私のような人間はまず間違いなく魅力的には映らないと思いますが」

 少なくとも、あなたから見た範囲では。と言い含めるように付け足した。別に、自分に自信がないとかそんなことではないのだ。ただ……ただ、私の普段の態度や言葉から、何を感じ取れば好意的に見られるのかと気になった、それだけだ。
 ……私だったら、きっと、こんな女はそばに置いておきたくないだろうと、そうも思う……。

「あー……ほら、アンタさ、サカズキさんのこと好きって言ってたろ」
「だっ……! いっ、言ってませんけどそんなこと!!」

 自身の鼓膜すらビリビリと震えるような大声。マストで羽を休めていたカモメたちは飛び去り、ひっそりと様子を伺っていたはずの部下たちは恐れをなして首を引っ込めた。それでも怒鳴られているはずの当人は微動だにせず、そうだっけ? などと、とぼけた顔で笑っている。

「でもまぁ、好きだろ」
「ち、ちがっ……そういうのじゃ……!」
「そういうのじゃなくてもだよ」

 かけていたサングラスをほんの少し下にずらして、彼の翠の目が私をじっと睨みつけた。いや、ただ見つめているだけだ、多分、私が思うような嫌味も悪意もなく。

「だったらおれと同じだなァと思ったら、アンタに興味が湧いた」

 そっからかな。と。
 そう言われても、こちらとしてはそこから何がなんだというのだ、と。

「でもアラマキさん言いましたよね、傾倒しすぎだって」
「まぁな、でも同じモンに憧れてるやつってのは……やっぱ気にはなるだろ?」
「はぁ」

 私にはわかりませんけど。

「それにアンタ、さっきも言ったけど全然笑わねェし」
「笑わない女が珍しいですか」
「ちげーって! 逆だよ、そこまで笑わないと、笑った顔が見たくなるってモンだろ」

 それも私には……いや、ちょっとだけわかるかも。私も、サカズキさんが笑った顔は、少し見てみたい。

「……いや、さっきから全然答えになってなくないですか? 私の何が良くてそう思うのか訊いてるんですが」
「そうか? まぁ、明確にコレってのがないこともあるだろ——人を好きになるのにさァ」
「す……——」

 ——好き?

「………………好き? あ、アラマキさんが、私を?」
「なんだよ突然、そういう話してただろ」
「い、いや、気に入ってるとは言われてましたけど、す、すき、っていうのは、今初めて聞きましたけど?」
「らはは! 悪いね、そう言ったつもりだった」

 いや、だってそんな……——私はてっきり、ちょっと気に入ったおもちゃくらいの感覚で……所有欲のような……? だ、だから、私から一方的に好意を持たれたいみたいな、そういう——……いや、まだその可能性も、ある、か? いや、ない、のか。ないのか? 少々頭がこんがらがってきている。

「言い方変えるよ、おれァアンタが好きだから、アンタにも好きになって欲しいんだって……わかるか?」

 いつのまにか上体を起こしていた彼がぐいと私に顔を近づける。思わず怯んで片足を引く私を見て、彼はおかしそうにまた笑った。

「あ、……あなたは、私のこと嫌いだと思ってましたけど」
「まぁ、はじめはな」
「はじめは、って……」

 ようやく合点がいく、それで先ほどの「そっから」の発言が出るわけだ。そうか、なるほど、なる、ほど……。……いや、もしかしてだが、気づきたくなくて私が故意に目を逸らしていただけで、本来理解していても良かったのでは? 人に好かれたい理由なんて、大抵はたった一つだということに。

「…………その、改めて聞きたいんですけど……あ、アラマキさんは、私の、……なにが、良くて……」
「だから……、あー…………やっぱ、内緒」

 彼は私の顔を真正面から覗き込んでそう微笑んだ。その顔は不思議と不快ではなかったし、離れていく時にそよいだ風が熱い頬を撫でるのも、何処か心地よくさえあった。
 それらを悪くないと思う自分の心が、この場で一番不可解だった。


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