時間は少し巻き戻る。
その日は大会最終日だったものの、年末年始の学校は原則出入り禁止で、移動のバスを降ろされると部員達にはもう居場所がなかった。
全国規模での好成績に簡易の凱旋式が予定されていたが、試合後の騒動でそれも中止になっている。
何の連絡もなく突然いなくなったチームメイトを全員総出で散々探し回り、見つけられずに監督判断で警察へ通報し、通り一遍の事情を聞かれて解放される頃には、出場選手に限らず全員がすっかり疲れ果てていた。
解散後、レギュラー陣が向かい合ったファミリーレストランの一角は、重々しい沈黙が立ち込めている。
「見つかったら警察から連絡来るんだよな?」
「監督にな。連絡があればすぐにこちらにも伝えてくるだろう。ただ、真剣に探してるのかどうか、正直どこまで期待していいのかわからんな……。聴取も、自主的な失踪に持っていこうと証言を誘導されている感じだった」
「そりゃー、190cm前後もあるでけー男がまとめて消えりゃあな。しかも全員旧知の仲じゃ、みんなでどっか行ってんだろって思いたくもなるっしょ」
警察に行ってしばらく事情を聞かれているうち、いなくなったのが彼一人ではないことを知った。
同じ会場にいた者なら誰もが畏敬の念を持って心に刻んだだろう、旧知の天才達が全員、一遍に。
「でも、真ちゃんは黙ってどっか行くとか絶対しないっすよ!」
「わぁってるよ。だからこうやって疲れた体で雁首揃えてんだろーが」
「探すって言ってもな……警察でさえ目撃情報の一つも掴めてないんじゃ、手の打ちようがないだろ」
「てか、それおかしくないっすか!? あんなでかい目立つのがゾロゾロ歩いてたら、それこそ目につきそうじゃん。一人なんか芸能人っすよ!? しかもWC会場でキセキの世代が集まってて誰も注目してないなんて、ありえないって!」
「だからわぁってるっつってんだろ! あんま店で騒ぐと永遠に黙らせっぞ」
凄まれて、浮かせかけた腰を荒々しく椅子に戻す。
目立つジャージ姿の大柄な高校生。その集団の剣呑な様子にウエイトレス達がこそこそと話し合っているのが目について、黙り込むしかなかった。
「警察なんかアテにならないっすよ。オレらが探してやらなきゃ……」
「そうは言っても、高校生のできることなんかたかが知れている。ビラ配って地道に目撃情報を求めるくらいしかできることもないだろう。これから準備するとして、夜が明けてから動くしかない」
「まあさ、何か変なことに巻き込まれてるにしたって、あいつが早々どうにかされるタマかって」
気休めのような楽観論にも、感じるのは焦りと不安だけだ。
簡単にどうにかされる奴じゃない。そんなことはわかっている。一人じゃない可能性が高い。確かに旧友達と一緒にいるのかも知れない。
しかし、それなのに何の連絡もなく、それなのに見つからないのだ。
何でもないはずがない。
出会ってすぐならばまだしも、この状況で大丈夫だと自分に言い聞かせるは、彼には信用がありすぎる。
「……明日までとか待ってらんねえよ……。大会終わって、明日になったらもう人なんかいないっしょ。オレ、もっかい会場周辺で話聞いてきます」
「あ、おい!」
一人分のドリンクバーにはお釣りが来る金額をテーブルに叩きつけ、呼び止める声は無視して、ファミレスを飛び出した。
自転車のカゴにバッグを放り込み駅へ向かおうとして、すぐに思い直すと逆方向へ向かう。
このままの格好では何時間もせずに補導対象だ。堂々と学校名を背負って動き回るわけにはいかない。
乗り手もいないため、かさばるリヤカーは学校に置いてきた。久々の軽いペダルに心許ないような気持ちになった。
高尾、と。
呼びかける声に他人には見えにくい親しみを滲ませて、勝ち誇った顔で早く漕げと急かす、こ憎たらしい声が懐かしい。最後に聞いてからまだ一日も経っていないなんて思えない。
全力疾走で自宅へ帰り着くと、心配していた家族への挨拶もそこそこに風呂場へ駆け込み、10分でシャワーを済ませ、通帳や携帯の充電器、何枚かの着替えをバッグに詰め込んで、また家を飛び出した。
幸いにも冬休み中だ。漫喫でも何でもいい、せめてヒントを得られるまでは会場近辺で聞き込みを続けようと。
悲壮な決意で無計画な聞き込みに向かおうとした無謀な高校生は、しかし一漕ぎする前に、情けなく前へつんのめる。
高尾!と焦った声は遅れて届いた。
振り向けば、さほど親しいわけでもないが家がほどほど近いためたまに遊ぶ、という程度の付き合いの、つまりただのクラスメイトが、息を切らして自転車の荷台を押さえつけていた。
「高尾、出かけるとこ? ラッキー、会えて良かった! 携帯出ねえしさぁ、ちょっといいか?」
「何だよ、オレ急いでんだけど」
「なあ、今日大会だったよな。緑間出てた? てか、あいつ今、いなくなってたりする?」
「……何で知ってんの」
「え、やっぱマジ!? オレ、いやオレってか妹がなんだけど、年末家族でダラダラしてたら何か騒ぎだして、すげー気になってとにかくお前に言わなきゃって思って」
「だから何なんだよ。ハッキリ言ってくんねー? 急いでんだって」
不機嫌を隠そうともせず促すと、突然ソワソワし始めたクラスメイトは、何かを伺うように周囲を見回してから、ぐっと高尾に顔を寄せ、潜めた声でそれを吐き出した。
「あのさ、キセキの世代? っていうの? まとめていなくなってんなら、ちょっと見てもらいたいんだよ。お前なら他の奴らも知ってるだろ!?」
「━━━何を」
思いもよらない言葉に目を丸くする。
クラスメイトとは言え、部活は違う。緑間や高尾がスカウトで入学した部の主力選手であることは周知の事実だが、バスケに興味がなければ『キセキの世代』なんて肩書きは何の意味も持たないし、さしたる興味もないだろう。
同じ教室で学んでいようと、緑間がそんな風に呼ばれているなんて知らない奴も少なくないに違いない。
特に目の前のクラスメイトはバリバリの文系で、スポーツにはほとんど興味を示さないし、全国大会の全校応援も面倒くさがって渋るようなタイプだった。
「くろちゃん。確証ないんだけど、そいつらじゃないかって書き込みがあって。妹が中学でバスケやっててさ、何かキセキっぽいとか言い出して、有名人みたいだし釣りってか愉快犯? みたいな可能性もあんだけど、変なことに巻き込まれてるかも知んないんだって……」
「くろちゃん? ってあの、ドラマ化とかされたくろちゃん? 何それ、真ちゃんそんなの絶対興味ないけど」
「だから確証はないんだって。俺ePad持ってきたからどっか入ろうぜ。とりあえずスレ全部読んでくれ。それで違うなら違うでいいから。あ、途中まで見ればわかると思うけど、本人に身元確認NGっぽいんで気をつけてな」
冗談とは思えない必死さで腕を引かれ、飲食スペースのあるコンビニへ足を向ける。何も買わず椅子替わりのバーへ腰掛ける高校生2人に店員がチラリと視線を向けたが、気づかないフリをして"ソレ"を覗き込んだ。
素っ気ない掲示板の画面を見たことがないとは言わないし、流行に乗り遅れない程度の知識はあるが、正直興味を持って特定のスレッドを頭から追ったことはない。
「……オカ板?」
「だから変なことなんだって。正直オレも半信半疑なんだけど、知り合いかもしれないと思ったら落ち着かなくてさ……緑間ってこういう冗談絶対やらなそうだし、何かほんとヤベーんだよ。写真とか上がってるし、丸っきり嘘とも思えなくてさ」
言いながら、またそわそわと周囲を見回す。秘密の話をしているからというよりは単純に、心霊番組を見た後のような落ち着かなさを感じているのだろう。存外小心者だったようだ。
生真面目に1から全文を追った高尾は、スペックのところでしばらく視線を留めた。
僅かに考え込んで、先へ進み、またそこまで戻る。
確かにこれは、知る者が見ればキセキの世代のスペックでしかありえない。
身長や通り一遍のデータは誰でも手に入れられるだろう。しかしこの、愛嬌とでも言うべきくだけた部分は、どこまで赤の他人が知り得る姿だろうか。
━━━いやでも、当人達じゃなくても。
彼らをよく知る人物……例えば帝光中の関係者による悪ふざけという可能性は捨てきれない。
そしてそうであるなら、今彼らが巻き込まれている事態と無関係ではありえまい。
彼らは『奇跡』だ。これから先、この国のバスケ界の歴史をも塗り変えるだろう人材だ。それ故にやっかみも多い。危害を加えようという輩がいてもおかしくはないし、名を貶めようと過ぎた悪戯を実行するバカもいるかも知れない。
しかしただの愉快犯と思うには、どうしても引っ掛かりが残るのだ。
何より、この『1』だった。ほとんど知られてもいない『幻の六人目』をあえて主人公に据える、その意図は何なのだ。
考え込みつつ先へ進む。
文字に乗る感情の揺らぎやその饒舌さが、相棒の元チームメイトといまいち繋がらず困惑したが、電子機器を通すと印象の変わる人間は少なくない。
「……これ、他の誰かに言った?」
「まさか! 内容が内容だから変な噂立てられねーし、バスケ部にお前以外のダチなんかいねーし」
「わかった。悪い、この件はオレに任して忘れて。いや忘れんでもいいけど、スレは傍観してて。特定まずいんっしょ」
「やっぱ緑間達なの?」
「まあ、条件には合うけど、何せあいつら中・高でバスケやってりゃ誰でも知ってるってレベルの有名人だし、スレ主以外ほとんど喋ってないから確信は持てない」
「やっぱそうかー」
「オレの方で他の奴らの知り合い当たってみるから、とりあえず黙っておいて」
「了解了解」
「わざわざありがとな」
「おお。何かわかったら教えてよ。妹がキセリョの大ファンなんだー。心配してっからさ」
「ん」
頷きを返すと、安心したようにはにかみ、少し迷う素振りを見せながらそろそろとePadを差し出して来るので、笑いながらそれを断った。
スマフォからでも見れるし、と言うと、ハッとしたふうに「そうか!」と言う。失念していたのか、本当に慌ててここまで来たらしい。
緑間が付き合いも浅いクラスメイトに心配されていることが何だか無性に嬉しくて、嬉しいと感じる自分が少し気恥ずかしかった。
仲間で、友人で、身内なのだ。今ではもう。WCで絆は深まったと、きっと緑間だって思ってくれている。
「必ず助けてやる」
店を出て自転車に跨りながら呟く。
そうだ、こんな馬鹿げた非現実だって何だって、信じてやっていい。他に何の手がかりもないなら、一つずつ可能性を潰していくしかないのだ。
必ず助けてやるから。
「━━━無事でいてよ、真ちゃん」