ヒロイック・シンドローム

顔の見えない"キセキもどき"の脱出協力を心に決めた高尾だったが、信号の度にスマフォと睨み合いながら駅に着いた頃にはもう、最初の壁にぶち当たっていた。
 何をすればいいのかわからない。
 素人が調べてわかる程度のことはPCの前に張り付いた熟練者達が調べ尽くすだろう。慣れない高尾の出る幕はない。
 霊能者にでも相談するかと思ったが、本物の霊能者がどこにいるかなど一介の高校生が知るはずもなかった。
 駐輪場に自転車を停めて、さて、これからどこへ向かう?

(そもそもこいつら、この話マジで信じて動いてんのかね……)

 中途半端な態度だとは思うが、情報を探すという協力者達に対してもどこかで少し引いてしまっていた。正直に言えばやはり、高尾には誰かの作り話を見せられているような感覚の方が強くて。

(ていうか、インドアのノリがこええ……)

 登場人物には見過ごし難い引っかかりを覚えるし、意地でも全部を否定するというほど現実主義に凝り固まってはいない。
 だけど、異次元だの幽霊だのとは無縁のまま齢16までを生きてきたのだ。そう簡単にコレを現実とは認められなかった。
 まして文字で眺めるだけの他人の深刻さなんて伝わりにくいものだ。証拠になった写真にしても、不気味だと思う反面、そんなものいくらだって合成できるじゃん、と、どこか冷めた頭で思ってしまう。

 住人達の交わす会話もそうだ。どこか作りものめいていて、演技臭く思えた。
 独特な語り口のせいかも知れない。どこまで本気でやっているのか、慣れない高尾には掴みにくい。
 この連中は事態が本物だと言い切れるほどの確信をどこで得たのだ? 自称『霊能力がある自分』には写真を見ただけで本物とわかるってことか?
 オカルト板に張り付いているようなオカルト脳保持者なら簡単にゴーストバスターズになり切る事もできるのだろうか。
 皮肉混じりに思う。
 思ったが、僅かの間考えて、それ以上ぐちゃぐちゃ考えるのをやめた。

(やべー、何かこの思考みっともねーぞ……)

 誰かに信じて手伝えと強要されたわけでもなし、ここで否定要素を連ね重ねたところで何の意味もない。
 自分でやるべきことを見つけられる相手へのやっかみみたいじゃないか? 自分が何も出来ずにいるからって。
 相手が確かに自分の知る"彼ら"であるなら、上手く心を開かせ慰めることくらいは出来るのかも知れない。こと緑間に限ってなら、その性格も扱い方もわかってきた。
 しかし励まそうにも、自分の身分を明かすことはできないし、何より当事者達が不穏な発言を残して消えたままなのだ。
 どうしろと?

「誰か動くヒントくれってのー……。てかよく見たら時間経ちすぎてんだろコレ。マジで大丈夫なのかよ……」

 眉間に皺を寄せて呟くが、当然のことながら応える声はない。
 どうしようか。自転車の脇にしゃがみこんでうじうじと悩んでいるくらいなら、自分も自宅に戻ってPCを立ち上げるべきか。
 迷いながら、数分置きに画面のリロードをくり返す。
 皆が無駄な書き込みを控えているため掲示板の流れは早くない。リロードの度に一つ増えるか増えないかの書き込みは、しかしここに来て急激に濃度を増していた。
 信じ切れないとは言っても、如何にもそれらしい情報が立て続けにもたらされればゾッとしはする。
 初めてほんの少しだけ、彼らの状況を我が身に重ねて想像してみたりもする。

 突然投げ込まれたのは、見も知らぬ学校。
 外界は闇に閉ざされ出口はない。
 安心できる場所もわからない中で、目には見えない何者かの気配がする。
 そして突然明かりが落ち━━━。

 なるほど、怖い。
 まして彼らは"キセキの世代"。もてはやされ見下ろすことにこそ馴れた、特別な人間だ。何も出来ない、全く無力である自分というものに馴染みがないだろう。
 存外『不測の事態』というものに弱かった相棒を思い出し、高尾はスマフォの画面をじっと見下ろした。
 リロードを押す。情報はなかなか増えない。ネットで拾える限界を訴える言葉が頭の中でぐるぐる回る。

 スマフォを掲げ持った腕で頭を抱えて、考え込んだ。
 ネットで調べられない。新聞には大した記事がない。じゃあどこに行けば確かな情報を得られるか?
 これが本当に起きていることなら、今動かなければ絶対に後悔する。
 ……だけど。
 近い距離じゃないし、行かなければ協力できないわけでもない。
 ……だけど。
 これが誰かの描いた悪ふざけのシナリオなら、駆け回っている間に相棒が窮地に立たされているということもありうる。
 ……それでも。

「━━━行くか」

 たられば話に迷って、何もしないまま終わるほどの後悔なんて、ありえないだろう。
 高尾は、うずくまって硬くなっていた背中をぐっと伸ばし、立ち上がった。
 普通なら思いついた端からアホかと流す行動だが、今はそれしかないように思える。いや、それしかないと思いたかった、というのが正しいだろう。他に何も手が浮かばないのだから仕方ない。

 コートの中ならやるべきことははっきりしているのに。与えられたポジションで、決められた役割をこなす訓練しかして来なかった我が身を呪う。
 単純明快なゴール。くっきりとラインの引かれた勝利への道筋。どれほど汗や涙を流そうと、その努力の何と気軽だったことか。

「自分が脳筋とか悟りたくなかったわー……」

 もう何でもいい。
 動いていないとどうしても落ち着かないのだ。
 じっとしていると不安に押し潰されそうになるのだ。
 出会ってまだ一年にも満たない相棒。だけど共に勝ち取ると誓った頂を、まだ見ていない。自分のパスが確実にゴールに繋がる気持ちの良さを、まだ感じ足りない。100%の信頼を以てボールを待つあの手に、もっとパスを送りたい。
 理不尽に奪われることを考えただけで叫び出したくなるほどの執着を、高尾は自覚していた。別に変な意味じゃなくて。単純に、純粋に、一生に一度の特別な出会いだったと思っているから。
 だから。

 スレを遡り見つけた新聞記事を拡大表示する。F県。近いとは言わないが、新幹線なら1時間半、2時間もあれば着く距離だ。帰省のピークは昨晩だと言っていたから、乗れないということはないだろう。
 直接行く、と宣言すれば途端に肯定的な反応が返ってきて、腹が決まった。

(……つっても、どうすっかな……)

 警察でもなし。聞き込みなどドラマで俳優扮する刑事が写真を持って回るアレ程度のイメージしかない。
 何十年も前の事故の関係者なんてどうやって探したらいいんだろうか。道行く人全てに聞いて回るわけにもいかないし、どこからどうやって、といった具体的な発想に欠ける。
 現地まで行けばどうにかなるかとも思ったが、年末にふらりと一人で現れた子供にぺらぺらと昔話をしてくれる可能性はどの程度だろうか?

 スレを閉じて考えながら、記事の住所を地図検索する。出てこない。
 何でだ、思いながらネット検索すると、もう何十年も前に近隣の町に吸収合併されていることがわかった。山あいの小さな集落が今も残っているのか、まずそこか。
 一気に不安になってくる。何の展望もなく動き回れるほどには貯えもない。

「……あぁ、キセキ、か」

 情報収集、情報収集、と頭で唱えると不意に相棒の顔が浮かんで、同時に一人の少女を思い出した。
 いるじゃん、エキスパート。
 自分で思っている以上に切羽詰っていたのだと思う。思いついたことが全部、もうそれしかないように思えてしまう。
 あの気難しい緑間が尊敬と忌々しさを込めて口にした、情報戦に長けるという敵校のマネージャーなら、キセキ達の友人たる少女なら、きっと協力してくれるはずだと。
 財布の中を確認する。子供の頃から溜め込んだお年玉貯金も下ろせば、二人分の旅費くらいは何とかなるだろう。

(つっても、どっから連絡取るか……どこも学校は無理だよな……)

 スマフォの電話帳を開き、バスケ関係者を辿っていく。当たり前の話だが、中・高の部活関係者がほとんどだ。人懐っこい高尾のこと、対戦した相手校の選手も何人かは含まれるが、それも数にすれば微々たるものだった。
 可能性が高いのは誰だ……考えながらいくつかの名前に候補を絞る。やはりキセキのいる学校だろうか?
 だとすれば。

「あんま迷惑かけたくねーとこなんだけどなー……」

 一人ごちながら通話を押す。
 アドレスを教えてもらったときには興奮したが、憧れの人である以前に、勝ち上がればどこかで当たるだろうライバル校の主力選手。正直ほとんど連絡を取ったことはなかった。
 コール2回ですぐにつながる回線。
 恐らく向こうもエースの失踪に振り回されていたのだろう。通り一遍の挨拶を終えるとすぐ「で?」と促してくるのに、向こうも有力な情報は得られていないのだと悟った。

「えっと、実はオレ桐皇のマネジに連絡取りたいんっすけど……連絡先とか知らないですか?」
『は? そんなの知るわけないけど……』
「ですよね! いや、桐皇の関係者に知り合いとかいないっすか。つなぎ取りたくて」
『桐皇はいないが、キセキつながりで誠凛になら連絡取れるぞ』

 言われてまた、緑間との会話を思い出す。
 黒子と青峰には因縁じみたものがあったようだし、元マネージャーならば何らかの接触を持っていてもおかしくはない。
 まして監督が女子高生、他校に比べれば連絡先を知る可能性は高いだろう。
 お願いします、と意気込めば、いいけど、とあっさり返されて。
 話が早いとほっとしたのも束の間、一段声を落として続いた先に、高尾は背筋を凍らせた。

『あいつらの行方不明の件だろ。何かわかったのか?』
「え!? い、いやぁ、その、こんなときにアレっすけど、そう、えっと、こ、告白? ていうか」
『マジで言ってんの? こんなときに?』
「マジっす。こんなときだからって言うか! ほら! 心配してるだろうし!! 支えてあげたい的な!?」

 自分で言っていて背中が痒くなる。言い出した手前押し切るしかないが、いくらなんでもこれはない。
 しかしかと言って、スレのことを話す気にはどうしてもなれなかった。
 騒ぎを大きくしたくないというのは建前で、こんな話を信じ行動を起こそうとしていることに、やはり後ろめたさや恥ずかしさを感じていたからだ。
 信じていないわけじゃない。とりあえず信じてみようと思ったから動くことにした。しかし、他人に対して信じてみてください、とは言いづらい。事はそういう内容だ。

『……まあいい、誠凛のキャプテンにそっちのアドレス送る。連絡するように伝えるから、聞いてみれば』
「! ありがとうございます!」
『それから、余計なことかも知れないんだが、なにか調べてるなら、わかった情報は交換して欲しい』
「いや、あの」
『"6人一緒にいる。助けてください。"』
「へ!?」

 強い声色で吐き出された言葉に、高尾は肩を跳ね上がらせた。一瞬相手もスレッドを見ていたのかと考えたが、すぐにそうではないと知る。

『黄瀬のブログのコメント欄に書き込まれてた、Aという人物からの投稿だ。部員が見つけて知らせてきた。何のことかはわからないし関係ないのかも知れないが、"6人"で"A"って気になるだろ……6人がキセキと透明少年のことなら、中に青峰と赤司がいる。紫原のファーストネームでも頭文字はAだ』
「匿名……ブログ……?」

 試したのか。そう言えば、色々やってみた結果名前を出してはいけないと、そういう判断をしたのだと書いていた。
 わざわざチェックされにくい、コメント数の多いブログで。管理者が行方不明なんて発表もされていないのに。
 無関係の人間の仕業ではありえないし、イタズラの裏付けにしては余りにも控えめだ。手が込みすぎている。

『警察にも伝えてはあるが、本人がいるのにわざわざ偽名でコメント欄に書き込む意味がわからない。本気で取り合ってもらえる可能性は低いかもな。まあ、参考までに』
「そっすか……」

 噛み締めるように返すとしばらく無言の間が空く。待たれていると気付きつつ言葉の出ない高尾に、小さな溜め息を零して、じゃあ伝えるから、と素っ気ない声が会話を終了させた。
 失望させただろうか。仕方がないと思いつつ、少し落ち込んだ。
 帰ってきたら緑間に八つ当たりしよう。クソ。

 券売機の前で幾つかのルートを思い描き、切符を買う。出来るだけ交通費をケチりつつ、早いルート。こんな時、小遣いでやり繰りするしかない高校生は不自由だ。
 ホームへ降りる階段の途中で電話が鳴って、すぐに通話を押した。
 試合で聞くより随分気が抜けているが、確かに知った声が『お疲れ』と告げる。そっちのほうがよっぽど疲れていそうだが……。
 どうも、と高尾も当たり障りない挨拶を返して、コンバンハ、と取ってつけたように続けた。コンバンワーと相手も返してくる。何だろう、こんなに緩かっただろうか、この人。

『何、桃井ちゃんに用があるって?』
「そうなんです。すいません、バタバタしてる時にいきなり」
『ほんとにな。何なんだろうな。アイツらコート以外でも厄介者なのか。やってらんねーよな。いや、でもうちの子は可愛いけどな。うっすいけど素直でなー、無自覚トラブルメイカーだしなー、おかげで過保護なチームメイトが誰も帰らなくて解散出来ん。何、そっちはもう解散したの』
「いやまあ……オレだけ抜けてきたって言いますか」
『あっそ。ちょい待ち、うちの監督に代わるわ』

 わざとなのか何なのか、会話のテンポが掴みにくい。いや、これは相手に合わせようという気力もなくなっているだけか。
 うすらでかい緑間ですらこれだけ心配なのだ。平均サイズかつ平均より薄い黒子では、心配もいや増すのかも知れない。それにしては何かあったのかの一言もなかったが。
 首を傾げた高尾は、しかしすぐに悟る。単に役者が違っただけなのだと。
 しかも代わった相手は。

『交換条件よ。何かわかったんなら教えてもらえるかしら。は? 告白? バカなの? そんな切羽詰った声で告白とか納得するわけないでしょ。ほんとにバカなの? いいから吐け』

 大層辛辣だった。
 合宿の際には遠くから眺めるばかりだったが、なるほど、血気盛んな男子高生達をまとめ上げるだけのことはある。怒鳴っているわけでもないのに、声が、逆らわせない。
 適当な嘘を押し通すだけの気合も根性も足りなくて、高尾はがしがしと頭を掻くと、溜め息ごと泣き言を吐き出した。

「なにもわかんないから連絡取りたいんですって。頼みますよ……」
『そんな適当な理由で女の子のアドレス勝手に教えられるわけがないでしょ』
「別に教えてくれなくてもいいんです! オレの連絡先言うんで! 連絡くれって伝えてもらえませんか。急いでるんです、マジで、頼みます」

 懇願に、沈黙が降りる。折れる気はまるでないと、硬い間から悟る。

『……ねえ、主力選手が消えてるって状況はどこも一緒よ。みんな必死に探してる。簡単に頷けないのよ。何があったのか教えて。未確認情報でも何でもいいの。お願い』
「急がないとまずいんですって。俺これからF県向かうから、新幹線の時間あるし」
『F県? あいつらF県にいるの? 何でそんなとこまで』
「だからわかんないんですって! 真ちゃんが情報収集なら桃井さんに敵う奴早々いないとか言うから、俺だって藁にもすがる思いなんだよ! いいから連絡取ってくれって!!」

 尋問に応じる様な精神的余裕がない。自分でも驚くような勢いで脳が沸騰した。
 声を荒げると、息を呑む気配がする。女の子を怒鳴りつけたことなんか一度だってなかったのに。ほんと覚えてろよ、と相棒への八つ当たりリストに一行を加える。

『……わかった。合流してすぐに行くわ。いい? 私たちも行くからね』

 それでも折れない声に、諭すように言い含められて、反論を投げ捨てた。
 別に押し切られてまだ突っ跳ねるほどの理由がある沈黙じゃない。事を信じて一緒に動けるというのなら、手は多い方がいいくらいだ。言い争うのは面倒だし、急いでいるし。

「……できるだけ少人数でお願いします。信用できて自由に動ける人、何人かだけで。移動するから金も結構かかります」
『了解』
「もし移動中時間があるなら、今から送る掲示板URL開いて読みながら来て下さい。絶対書き込みしないで、頼みます。あと人数わかったら教えて下さい。切符買っておくから」
『URL? わかったわ。私のアドレス教えるから、送って』

 諾と返せば話は早い。
 桃井から連絡させる。とりあえず合流するため動く。会場からそう遠くない部員宅に泊まり込んで捜索する予定だったから準備に時間はいらない。すぐ行く。
 必要最低限の事だけを早口に伝えて電話を叩き切られ、余りの頼もしさに項垂れた。
 終話を待っていたかのように滑り込んできた電車は混んでいて、でもいつもとは違う空気だ。年末なんだよな、と実感が湧いて、何やってんだろ、と少し虚しくなる。

 何やってんですか。

 何となく相棒に向けて送ってみたメールは、何度か試したのと同じように、どこにも届かないままエラーメッセージに変換され返って来ただけだった。